「なあ、鳳。俺たちは友達だろ?」
「ああ。鶴見、お前はいい友達”だった”」
他には人の気配もない夜の公園で、若い男が二人対峙していた。歳の頃は二人とも二十歳前後だろう。一人は何か細長い物を左手にもっている以外は学生風の装い、もう一人は革ジャンに鎖をジャラジャラぶら下げているという対照的な組み合わせだ。その二人の間には何ともいえない雰囲気が漂っている。友情と、殺意とが入り交じった奇妙な感覚。
「・・・鶴見。こうなることはわかっていたはずだぜ」
「”識”を抜けようと思った時から覚悟はしていた。が、鳳。まさかお前が追っ手とはな」
「俺は”識”であることは捨てられない・・・。命じられたからには友人であったお前でも斬るしかねぇ」
そう言いつつ、鳳は数日前のことを思い返す。彼が追っ手となった日のことを。
一見ただの地味な酒場の入り口。準備中の札がかかったその扉を鳳が静かにノックする。1回、1回、そして4回。すると扉はすぐに開かれ、鳳は中へと迎え入れられる。壮年の案内人に従って酒場を通り抜け、奥の扉をくぐるとそこは意外にも和風の造りとなっていた。案内人はある部屋を示すと、そのまま下がっていく。鳳はそこから一人で進む。
「鳳保法、参りました」
鳳がその姿に似合わない口調で告げる。
「入れ」
中から短い返事。鳳が応じて襖を開けると、そこには二人の人物がいた。どちらも知った顔である。上座にいる初老の男は楠門のこのあたりでの最有力者。向き合って座っているもう一人は同じ楠門の剣者である少女だ。無言で促され、鳳も少女の隣に座る。
「単刀直入に言おう。鶴見栄司が”識”を抜けると言って姿を消した」
老人から告げられた友人の名前にハッとする鳳。隣の少女はと見ると、既に知っていたのか思い詰めたような表情をしている。老人は二人の様子を気にせずに話しを続ける。
「惜しい才能ではあるが、異生の者にたぶらかされたか。仲間であるはずの剣者に刀を向けたのだ」
そこでいったん言葉を切り、並んでいる二人を見る。
「”門”ではあやつを処分することを決定した。そこであやつをよく知るおぬしらを呼んだのじゃが・・・」
「俺が、やります」
最後まで聞かずに鳳が志願した。
今や二人とも自分の得物を抜いている。鶴見の持つのはやや小振りの日本刀。対する鳳はというと、先ほどまで体につけていた鎖を外して振り回している。
「なぜ、異生の者をかばって仲間に刀を向けた?」
鎖の先の分銅で牽制しつつ鳳が訊ねる。
「あいつは、既に戦闘意欲を失って、脅えていた。それに集団で斬りかかろうとしているのを見て・・・黙っていられなかった」
刀を中段に構えつつ応える鶴見。
「だが、異生の者は倒さにゃならん。そいつはわかってるはずだ」
「もちろん、わかっているさ。だが、目の前で脅えている子供のような姿を見たら、頭でわかっていても体が動いてしまった」
「・・・お前は優しいヤツだよ。だが、仲間に剣を向けちまったのは問題だったな。残念だが、俺にはもうどうにもできねぇことだ」
「どうして、お前が?」
「俺が断っても、どうせ誰かがやらされるんだ」
あの時隣りに座っていた少女を思い出しつつ続けて言う。
「だったら、せめて俺の手で引導を渡す・・・俺にはそれしかできねぇのさ」
そして二人は攻防に入った。
鳳が分銅の軌跡を鶴見に向ける。それを不用意に刀で受けたりはせず、鶴見は身を躱す。戻っていく分銅にあわせて踏み込もうとするのを、鳳は体をひねることで分銅の動きを変化させて牽制する。再び守りに入った鳳の周りを、隙をうかがうようにじりじりと回る鶴見。鳳も立つ位置を変えつつ相手から目を離さない。
そして、分銅の軌跡が変化した。その動きが自分から微妙に外れているのを見て取った鶴見は素早く踏み込んだ。だが鶴見は派手な砂煙を横から浴びる。分銅が打ったのは公園の砂場であったらしい。一瞬注意が逸れた鶴見の刀に鎖が巻き付く。そして彼の後ろから回り込むように鎖のもう一端、するどい鎌が襲い掛かった。
「・・・舞チャン、済まない」
鳳が頭を下げているのはあの時隣りにいた少女である。この事件の後、鳳は地元を離れて東京へ向かうこととなる。若者が東京を目指すというのはさほど珍しいことでもなく、特に気にするものもなかった。駅に見送りに来たのは彼の家族の他に、一人の少女がいたという。