これは・・・壮大なる『もしも』の物語・・・
空の高みより羽音が舞い降り、一羽の鷹が彼の肩にとまった。羽ばたきは微風を起こし青金石(ラピス・ラズリ)の髪を軽く揺らす。
「ここ、か・・・?」
目の前には古城がある。呟きに答えるように鷹が一声鳴いた。
「そうか・・・ご苦労だった」
声が終わらぬうちに肩に止まった鷹の姿が霞み、一枚の紙切れへと変化する。ひらりと舞落ちた紙を掴み、懐にしまうと目的地と定めた城を眺めやった。
「なるほど『魔王』か・・・少しは手応えがありそうだな」
口許に一瞬怜悧な笑みが宿り、彼は懐から紙切れを一枚取り出した。先程鷹が変化したものとは別の模様が描かれている。手にした紙を顔の高さに持ち、彼は軽く瞳を閉じる。と、同時に紙切れが淡い光を放ち、瞬間、彼の目の前の古城の尖塔が爆発した。尖塔は真っ二つに折れ、崩れて行く。
「さて、これで中から城の主とやらが出てくるだろう・・・これで死んでいたら、俺が相手をする価値のない者だった、ということだ・・・そのようなことはなさそうだが」
冷笑を絶やさず、彼は土煙の向こうに現れた人影を見つめていた・・・
・・・・明かりとりの高窓からのぞく空が暮れなずんでいくのが見えた。ここに入り込んでから、三回目の夜が訪れようとしているのだ。
「三日目、か」
ぽそり、と呟く。
「・・・・・・・・・・・・・・チキショーっっっ!!ここはどこだぁぁあああ!?魔王の部屋は何処なんだぁぁあああ!?それより何より・・・・・
出口はどっちだぁぁあああああ〜〜〜〜!!!」
っごすぅ。
絶叫から間髪入れずに鈍い音が響く。
「・・・叫ぶな、マサキ・・・」
「おお!?久しぶりに出たなっ!ライの聖杖ツッコミ!!」
「いつも通り、見事なツッコミぶりねv」
ぱちぱち拍手と共に杖を持った青年を褒めたたえる二人。それぞれ剣とワンドを手にしている。
殴られた一名を加え、四人は冒険者御一行様であった。俗に言う『パーティ』というヤツである。
「やれやれ、一応リーダーだから、と体面を慮って最初に扉を開けさせたのがマズかったか・・・」
先程見事なツッコミを見せた金髪の青年、僧侶ライが髪を掻き上げて大きく息をついた。僧侶という役割上、治癒の術を得意としているのだが、一番の特技は勿論、仲間に治癒術をかける為に依代として必要な聖杖を使った、極悪非道なツッコミである。聖なる加護を受けた神聖な杖が仲間の血で染まることも珍しくない。
「まさかいきなり無限ループにハマるとは思わなかったぜ・・・さすがマサキ!」
腕を組みうんうん頷くのは、一応魔法使いのリュウ。秘めたる魔力は一級品だが、呪文の詠唱を記憶するおつむの方はからっきしだよ三級品v特技は術の暴発と詠唱のド忘れ。
「そのあと連続でワープの魔法陣の罠にひっかかっちゃってもう現在地がわからないものね。そんなに広いお城じゃないのに・・・」
ふう、と溜め息をつきながらごそごそ野宿の準備を始めるパーティの紅一点、剣士アヤ。一見華奢な体つきだが物理の法則を無視したライの強力ツッコミの軌道を瞬時に計算し、回避したり受け止めたりできる実力者である。面倒見がよく、他の三人から強い信頼を得ている。
そして。
「・・・・ぃってえ・・・・なー、ライ。できればツッコむ前に口で止めてほしいぞ」
最後の一人が頭をさすりさすり仲間を見やりながら、悪態をつく緑の髪の少年。とりあえずパーティのリーダーで『勇者』の称号を持つマサキである。『勇者』と呼ばれるほどの実力を持ちながら『天性の方向オンチ』という、重大且つ致命的な欠点を持つため決して先頭を歩かせて貰えない非運のリーダーだ。
「今日も野宿ね・・・あ、城の中だから野宿とは言わないのかしら?でもとにかく、今日も魔王がいるっていう部屋にたどり着けなかったことは確かだわ・・・」
日が暮れて来たので野宿の準備を始めたアヤは天窓を見つめた。天窓からの脱出も試みたのだが、何か結界が張ってあるらしく断念。確かめる為に窓までよじ登ったリュウが落っこちて脳震盪を起こす、という悲惨な結果に終わっていた。
「食料も残り少なくなってきたし、迷っていられるのもあと・・・二日が限度よ」
「二日、ですか・・・厳しいですね」
恨めしそうに天窓を見つめながらライが答えた。小さな城で三日間も路頭に迷うとは思っても見なかったので、さほど食料を用意してこなかったのである。それでも一週間分の食料の準備をしてきたのは・・・一重にマサキが方向音痴だったからだ。一行は今までの経験から、重量による体力のロスを承知で常に行程の二倍の食料を背負って歩いている。
「水だけは俺が魔術で出せるし、生き延びるだけなら一週間はイけると思う」
「三回に一回の割合で失敗するけどな」
リュウの言葉にすかさずツッコむマサキ。以前にバケツ一杯の水を出すはずが津波を呼んでしまい、パーティ全員を溺死させかけたことがあるのだ。忘れてはいけない。リュウの特技は魔術の暴発、そして秘めたる魔力は一級品である。当たればでかい。但し当たるのは大抵味方なのだが・・・・
「はあ・・・こんなことになるならあの符術士の話なんて聞き流しときゃよかったぜ・・・」
マサキが小さくぼやいた。四人がこんな所で迷子になっているのにはちゃんと経緯があるのだ。
・・・・事は、一カ月程前に溯る。街道の宿屋兼食堂で休憩をとっていたマサキ達に一人の符術士が声をかけてきた。旅装束を身につけた、若い符術士だった。
符術士、とは長方形の紙切れに特殊な墨で紋様を描いた『符』を作ることが出来る者のことである。符術士が作った『符』は魔術に似た現象を起こすことができる。魔術と違って符という媒体を必要としなければならないが、逆に大量の符さえ用意しておけば魔力切れの心配はない。符は魔力のない者でも使用することができるが、符を作り出す符術士にはそれ相応の魔力が必要となる。強力な符を作ることが出来る符術士ほど、強力な魔力を持っていることになるのだ。
その符術士が一体どれほどの力を有していたのかはわからない。重要なのは符術士がもたらした情報だった。
『この街道のずっと先の国にある古城に〃魔王〃を名乗る者がいる。どうやらこの魔王とやらがその国を脅かしているようだ』
と、そう符術士は四人に話してくれた。それほど通信網が発達していないこの世界において、旅人が話してくれる噂話や土産話は重要な情報源となる。この時、特に目的もなかった四人は符術士の話を確かめに遥々話にでた国までやってきた。
そして・・・噂通りに『魔王』はいた。四人がやってくる前までに何人もの冒険者を返り討ちにしているという『魔王』が。
国からの褒賞金もかかっていたので早速魔王退治に乗り出した四人。
だが!!!!!
「迷ったんだよなぁ。城内で」
迷ったのである。城内で。
「もう三日も迷ってんだよなあ・・・城内で・・・」
もう三日も迷っているのである。城内で。
「・・・・ナレーション、うるさい・・・・」
ナレーションにツッコみは不可、です。
「うるさいもんはうるせぇんだよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・ほぉう。マサキ君、ナレーションにケンカを売りますか?
「だからどーしたってんだ?」
そんな事すると、こんな事しちゃいますよv