「・・・・・あのー」
不意に誰の声でもない涼やかな第三者の声が響く。
「そろそろ来ていただけないと、私としても非常に暇で困るのですが・・・・」
「っ!誰だっ!?」
ああ、噂の魔王さんですヨ。
「そう、私が噂の魔王・・・シュウ=シラカワ、と申します。以後お見知りおきを」
いつの間にか気配もなく、四人の前に男が立っていた。紫の髪の青年は礼儀正しく一礼するとにっこり微笑む。
一瞬、間。
「・・・・んだとぉおお!?こんなのって有りか、オイ!?」
有りなんです。ページの都合、というものもありますから。のんびり君達に迷っていてもらう暇はないんですよマサキ君。
「そういうことだそうです。まあ・・・この小さな城で三日も迷うパーティは私も初めて見ましたが」
くすりと声を立てて笑うと、シュウは四人を見やった。
「でも・・・あんなにワープのトラップや無限ループが仕掛けてあるのに・・・迷わないはずなんてないわ!」
「アヤの言う通りだぜ!確かにマサキはどうしようもない方向音痴だけどな!」
魔王、と名乗った青年に対し、警戒するように剣の柄に手を掛けつつアヤが問うた。続けたリュウはアヤをフォローしたつもりなのだろうが、あまりフォローになっていない。
「・・・正面玄関から入ってすぐの廊下の先に大きな扉がありましたよね?」
軽くこめかみを押さえつつシュウは確認をとる。ライやアヤが頷くのを確かめてから、魔王は衝撃の事実を告げた。
「私はあの扉の部屋にいたんですが」
彼の一言で水泡と帰した彷徨の三日間。
「だ、だっらなんであんなトラップ仕掛けるのよ?!」
なんとかフォローをいれるアヤ。
「ああ、あれですか」
ぽふ、とシュウは手を叩き小首を傾げてにっこり微笑んだ。
「便利だったでしょう?」
「は?」
「ワープの法陣や無限ループです」
シュウの言葉に四人は顔を見合わせた。
「城としてさほど広くないとは言え、いちいち歩いて移動するには面倒な作りになっていますからね。あれらは全て近道になっているんですよ。適当に飛んでいてもそのうち入り口に戻ってくるはずですが・・・」
そこまで言うと、こらえ切れなくなったように小さく声を立てて笑いだす。
「ここで三日も迷えるとは・・・ある意味天才ですね」
ぐさり。
「あー、言っちゃったわねぇ」
「言ってしまったようですねぇ。誰も触れないようにしていたっていうのに・・・」
「・・・よかったなー、褒められたぞ、マサキ~」
慰めるようにぽふ、とリュウはマサキの肩を叩く。
「う・る・せ・えッッ!!」
「・・・マサキを先頭にしてはいけない、ということがよくわかったな・・・・」
「そうね・・・これからは誰か別の人を先頭にしましょう・・・」
「でも最後尾でも迷子になるといけねーからマサキは真ん中な」
「だからうるせえっ言ってんだろッッ!!」
上からライ、アヤ、リュウの順にそれぞれ意見を述べつつ、ライは仲間のサポートに徹するために後退し、そのライを庇いつつシュウとの間合いを十分取った位置にリュウが、最前列ではアヤが剣を抜き放つ。
「マサキ!」
「あ、おうっ!」
アヤの声にマサキも腰に佩いた剣を抜く。アヤの剣が片刃で軽量化、切れ味を重視しているのに対しマサキの剣は両刃でやや大振りだ。僅かに青味がかった刀身にはなにやら文字のようなものが彫り込んである。
「ほう・・・精霊に認められその加護を受けた『勇者』ですか・・・これはおもしろいですね・・・」
マサキの剣を見るなり、シュウの口許に楽し気な笑みが宿った。
「ヘッ、確かに『魔王』を名乗るだけはあるな・・・この剣は風の精霊サイフィスの加護を受けたシロモンだ!そんじょそこらの剣とはワケが違うぜっ!」
「そーだぞ!マサキは腕は一流だ!致命的方向音痴だけどなッッ!」
「・・・リュ~ウ~・・・さっきから何度も何度も・・・フォローになってね~ぞ~」
「な、なんでこっちに刃を向けるんだよっマサキっっ」
魔王に向けるはずの剣をリュウに向けるマサキ。まさに一触即発の状況である。と、その時!
ッごす、ごすぅ。
「多分ラスボスの眼前で仲間割れを起こすなっ!みっともないっっ」
今日二度目のライの聖杖ツッコミが情け容赦なく炸裂した!
「すまないがこの二人を無視して話を続けてくれ。重要なところになったら勝手に復活してくるから」
ぱたぱた手を振りながらシュウに言い放つライ。アヤもうんうん頷いている。
「いいんですか?それで・・・」
「いいのよ、これで。さっ、ナレーションとかからツッコミが入る前にさくっと話を進めてちょうだい!」
ばったり倒れ伏したマサキとリュウにちらりと視線を泳がしたあと、シュウはごそごそと胸の隠しからなにやら紙切れを取り出した。
「っ!」
アヤとライが身構えた。ただの紙切れに見えても、それが符であれば十分すぎる脅威となるからだ。
「・・・・・『ふははははは、勇者よ、よくぞここまでたどり着いた』・・・・と、勇者は寝ていますか。では、以下省略しますね」
瞬間脱力。
「何百人と冒険者の相手をしていると魔王らしいセリフもバリエーションが尽きてしまいましてね。途中からこうやって使い回しているんですよ。まあ、私などよりあなた方のほうが余程極悪なような気もしますし・・・では、いきますよ」
最後の方の言葉が何気に引っ掛かったが、どうやら本気で攻撃してくるようだ。仮にも相手は『魔王』を名乗る相手である。気を引き締めいかなければならない。
「・・・・!炎術が来ます!避けてください!!」
シュウの姿がふわりと陽炎に包まれる。刹那、熱風と同時に視界が真紅に染まった。詠唱無し、印をきることもなく術を発動させることが出来るのは高位魔術師の証である。しかもこの術は周囲一帯を猛炎で焼きつくす術だ。避けろと咄嗟に叫びながら、準備しておいた防護の術を解き放つがそれで防ぎ切れるかどうか・・・だがそれでもライから不敵な笑みが消えることはなかった。何故ならば、炎の中で動く仲間の気配を察していたのだから。
「・・・・・・させるかよっ!!」
思いを形にしたように、ライの思考のすぐ後に聞き慣れた声が響いた。続いて、闇夜に輝く弓月のように炎紅の中にすらりと青い光が浮かび上がる。
「風の勇者をなめるんじゃねぇっ!い・・・っけぇええッッ!!」
残光を残して力強く薙いだ一閃が炎を切り裂き、烈風を巻き起こした。駆け巡る風が術の炎を飲み込んでいく・・・その余波を軽くいなしたシュウの視界の端に別の煌きが写り込む。認めた瞬間には肉薄し、一瞬後煌きは右腕に細い痛みとなって現れた。すんでのところで後ろに飛び、腕で庇わなければ確実に首筋をとらえたであろう一撃。もう一歩踏み込もうとした相手を牽制しようと放った炎は、庇うように発動した氷術に相殺される。
「・・・貴方の相手はマサキだけじゃないのよ、魔王さん」
「そうそう!勇者だけが魔王をやっつけれる訳じゃねぇからな。俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
やや間合いをおいて剣を構えたアヤが艶笑を浮かべ、次なる隙を伺っていた。その後ろでリュウがにやりと笑う。
ライが防護の術を発動させ最初の炎を防いだ後、復活したマサキは剣に宿った風の精霊の力を解き放ち炎を完全に消滅させた。時を同じくして風と炎を隠れ蓑としたアヤがシュウにむかって斬りかかっていたのだ。リュウは復活後アヤの動きを読み、援護に徹した。
マサキが叫んだ『行け』という一言は、気合を言葉にしただけでなく、アヤと、彼女の援護ができるリュウに対する合図でもあった。
「・・・なるほど・・・ただの漫才パーティかと思いましたが・・・どうやらそうではなさそうですね・・・」
相変わらず口許に薄く笑みを浮かべたまま、腕に浮いた紅の滴をぺろりと嘗める。自分の体に傷を付けられたのは随分と久しぶりのことだ。少なくとも、ここ最近訪れた褒賞金目当ての冒険者達は自分の体に触れることもなく消えている。血の味は、彼の体に傷をつけた最後の者を想起させた。常に不敵な冷笑を湛えた、青金石(ラピス・ラズリ)色の髪と瞳の符術士・・・
「嫌な相手を思い出しましたねぇ・・・」
独り言のように呟き、目の前で臨戦態勢をとる冒険者達を見据える。強さを持った者にはそれ相応の強さで答える、それがシュウの信念でもあった。
「・・・強き力を持った者にはそれ相応の強さで応えます・・・それが礼儀というものでしょうからね・・・」
す、とシュウの手が虚空に走る。指先の軌跡は黒光の筋を生み出し、中空に線を描き出す・・・
「・・・法陣・・・?あの形は・・・っ!みんなっ!」
最後列のライが声を上げた。
「法陣と詠唱が完成する前にヤツを叩け!あの法陣・・・黒星魔術(こくせいまじゅつ)ものだ!」
「黒星魔術!?禁呪じゃねぇか、ソレっ!あ、でも魔王なんだし、禁呪くらい使うか・・・っ」
ライの言葉に答え、リュウが叫ぶ。詠唱も印を切ることも無く強い魔術を発動させれる程の魔術師が法陣を描いているのだ。発動するのは禁呪でも相当高位な、つまり強力な術だということになる。ライの言葉と同時にシュウに攻撃を加えたマサキとアヤの刃は、術の副産物である魔力の壁に阻まれて弾き返されていた。
「ちっ・・・俺の剣でも破れねぇ・・・ッ!おいライ!黒星魔術ってどんなだ!?」
「・・・空間に干渉し、対象の存在を術者の作り出した大質量・超高密度の疑似空間に閉じ込める術だ」
「?????」
「簡単に言えば、対象を疑似空間・・・黒星(こくせい)に閉じ込めて二度と脱出させない術だ。どんな物質も光すらも・・・黒星から逃げ出すすべはない」
もっとも、閉じ込められた事が無いので断言はできないが、そう付け加えてからライはマサキの問いに冷静に答えた。
「やべえじゃねえか、それって・・・!」
忌ま忌まし気に魔力壁を見つめてマサキは舌打ちした。障壁を打ち破るには相手の魔力以上の力をぶつけなければならない。風の聖剣を用いても、かなりの力を上乗せしなければならないだろう。それに壁を破るにはそれなりの時間を食う。この隙に相手は攻撃を防ぐ手段を講じるだろう。
『・・・・・どうする?』
マサキだけでなく、全員の思考が目まぐるしく回転していた。と、血の浮いたシュウの腕がマサキの目に入る。先程アヤが斬りつけた傷だ。
「・・・・そうだ・・・・っ!リュウ、ライ!アレやるぞ!!」
「マサキ!?」
「効かなくてもいい、アヤはぎりぎりまで攻撃を仕掛けてヤツの気を逸らしてくれ。二人とも、いけるな?」
有無を言わさなぬマサキの言葉に腹を括ったようにリュウが息を吐き出した。ライもやや遅れて頷く。アヤは答えのかわりに愛剣を構え、動いていた。
「よっしゃ!いくぜ、マサキ!」
言葉と同時に宙を走ったリュウの指先が金色の光跡を残しながら魔法陣を綴っていく。同時にライが防護の術の中でも最高位に近い呪文の詠唱を始めた。その二人の中央でマサキは息を整え、剣を構える。低く漏れる呪文の詠唱の狭間で、アヤの剣が障壁に阻まれる高い金属音が響いていた。
「・・・我が盾となり刃となりて、彼の者を焼き尽くす神鳥と化せ・・・!マサキッ!!」
リュウの指先が魔法陣を描ききる。描き出されたのは六芒星を中心とした魔法陣だ。同時にマサキの体が淡い光に包まれた。ライが紡いでいた防護の術が完成したのだ。
「召喚・ディシュナス!!」
リュウが最後の言霊を解き放つと同時にマサキは剣を突きの構えに持ちかえ、描き出された魔法陣へと突っ込んだ。
本来、リュウの編み上げた術はディシュナスという神鳥の姿と力を借りた炎系の魔術である。魔法陣にマサキが突っ込むことにより、敵に真っすぐ羽ばたいていくはずの炎の鳥をマサキ自身が身に纏うことになる。リュウの魔術の威力をそのまま身に受け、風の精霊の力を解き放ちながら二つの力を同時に叩きこむ。それが・・・
「よぉし、いくぜ!アァァカシック!バスタァァァッッ!!」
マサキが仲間の強力を得て完成させた技、『アカシック・バスター』である。無論、魔術を一発食らうことになる訳だから、事前に防護の術をかけてもらわなければ自分が燃えてしまう。ライとリュウ、そして詠唱中の二人と精神集中に入ったマサキを庇ってくれるアヤがいてこそ初めて可能となった技である。仲間の力を受けて、深紅の神鳥を身に纏い剣を構えマサキは地を蹴った。剣の切っ先はすぐさまシュウの生み出した魔力壁にぶつかり、激しくせめぎ合う。
「・・・なるほど、考えましたね・・・」
瞑想状態に入り、瞳を閉じていたシュウが薄く目を開く。障壁越しにも感じられる神鳥の羽ばたきと、風の刃。ずるりと切っ先が魔力壁に食い込んでくるのが視認できる。いくら強力とはいえ所詮は魔術発動の副産物、防ぎ切れはしない。一旦こちらの相手をしたほうが良いだろう・・・急所を外したとしても精霊の加護を受けた剣の一撃は危険である。
「っ!」
ふ、とマサキの剣にかかっていた負荷が軽くなる。シュウの注意が魔術ではなく、自分に逸れた証拠だ。
「アヤッ!今だ!!」
「・・・なっ!?」
マサキの声とシュウの驚きの声が重なった。と、同時に右肩に激痛が走る。
「言ったはずよ!魔王と戦えるのは『勇者』だけじゃないってね!」
肩口に突き刺さるアヤの剣。シュウの意識が魔術から逸れれば当然魔力壁は弱まる。マサキの合図を待ちながら間合いを見計らっていたアヤが投げ付けたのだ。
「くッ・・・・!!」
初めてシュウの顔が歪んだ。こうなれば右腕を盾にして刃を受け止め、時間を稼いで術を完成させるまでだ。
きんっ、と高い音がして魔力壁が破られる。力一杯握り締めた風の聖剣がシュウの右腕に薄く食い込む。術の完成まではのこり二つ、言霊を紡げばいいだけ・・・
「・・・・ばーかっ・・・!」
マサキがニヤリと笑みを浮かべるのが見えた。
「てめぇは・・・『勇者』に気をとられ過ぎなんだよっ!」
「・・・・!」
マサキは先程まで確かに『右手』で剣をふるっていた。だが、今彼が風の聖剣を握るのは『左手』である。
「最初から・・・聖剣はオトリっ・・・!」
素早く空けておいた右手で抜き身のまま背中に隠すように佩いておいた短剣を手に取り、注意が逸れていたシュウの左胸にたたき込む。肉に刃が食い込む鈍い感覚が刃を介して伝わってくる。
「これで・・・・終わりだッッ!!」
呆気ないまでに簡単に風の精霊の加護を受けた剣を手放すと両手で短剣を握り、渾身の力を込める。確実に急所は捕らえている。後はシュウに魔術を完成させなければ自分たちの『勝ち』だ。
「・・・マサキっ!どっ・・・けぇぇぇぇぇっ!!」
「リュウ!?」
ほとんど反射的に短剣から手を放しマサキは飛びすさる。彼の背後ではリュウが魔術によって生み出した光の刃をシュウに向かい、放った瞬間だった。
・・・・防ぎきれない。
右腕は使い物にならない。左胸の心臓付近には短剣が突き立っている・・・・放たれた光の刃を、防ぐ手段はシュウにはない。
「・・・・・ふふ・・・・ですが・・・・これで・・・・・」
刃に貫かれる瞬間、シュウの口許には不敵な笑みが昇った・・・・・
「・・・・・彼の者の魂が、永遠の安らぎの中にあらんことを・・・休息(やすらぎ)の後、再び故郷たる大地に、生を受け、その恩恵にあずからんことを・・・」
低く、だがはっきりとライの声が響く。紡ぐは鎮魂の言霊・・・弔いの言葉である。
『神』の名も無く、ただ鎮魂と来世への転生を祈る弔詞。冒険者が好んで使用するものだ。
魔物であれ、人間であれ、相手の素性も知らぬまま刃を交える。だから、相手がどのような神を信じているのかも、無論わからない。ひょっとしたら、『神』という存在そのものを否定しているのかもしれない。だがそれを確かめるすべは存在しない。相手と落ち着いて対峙できる時には、大抵相手は・・・息絶えている。
だから、冒険者は宗教色のない弔詞を使うのだ。倒した相手に無礼がないように・・・・
一行の前に麻布を被せた遺体がある。
ライが最後の弔詞を唱え終え、そっと手持ちの短剣を捧げた。十字架のかわりである。
「よし・・・これで終わりだ。行こう」
一連の弔いの儀式を終わらせたライが振り返り、控えていた仲間を見やる。
「そうね、いきましょう・・・」
ライの言葉を受けてアヤが頷いた。軽く遺体に一礼し、踵を返す。
「行くぞ、マサキ。遅れたらまた迷うからな」
「ん、ああ」
リュウに声を掛けられ、マサキも頷く。そこで思い出したように彼は鞘に収めておいた風の聖剣を抜き放ち、片手で顔の前に捧げると瞳を閉じた。剣士独特の弔意を表す行為である。アヤの剣はシュウと一緒に燃えてしまったので彼女はこの行為を行わなかっただけだ。
「いいか、次に生まれ変わったら魔王なんか名乗るんじゃねぇぞ・・・魔王なんて名乗っても、こうやって俺達みたいなのに倒されちまう・・・・魔王なんて、損な職業なんだからな・・・」
祈るように呟いてマサキは剣を鞘に収めた。
「マサキ、行こう。お前最後尾にすると危ないから。俺があとからついてってやる」
「リューウー・・・お前は最後まで・・・」
城を覆っていた魔力の供給源が断たれたので天窓からの脱出も可能だろう。王城に報告すれば直ぐさま監査が入り、魔王がいなくなったことが確認されるだろう。
こうすることで生活の糧を得、そして自らを高め成長して行くのが『冒険者』という職業に就く者の常である。だが、自分達がどのような相手であれ、生命を奪い、その未来を断ったことにかわりはない。冒険者と呼ばれる者達が倒した・・・殺した相手に弔いの儀式をかかさないのは、相手の為でもあり、そして自分のためでもあるからだ。
これが生きる道だと割り切ればいい、わかってはいても、こういう仕事を終えた後、一行の口数は少なかった。
マサキ達が立ち去って、どれくらいの時がたったのだろう。十字架のかわりにそっと短剣が捧げられていたシュウの遺体がゆらりと立ちのぼった紫煙に包まれた。煙は被せた麻布と体全体から立ちのぼり、やがてそさらさらと塵と化して風に溶けていく・・・後には一枚、焼け焦げた短剣の突き刺さった紙切れが残された。長方形の紙には紅い文字で紋様が描かれている。
『符』だ。
「・・・・これで満足か?シュウ=シラカワ」
こつ、と靴音が響く。天窓からの星の光の差し込まぬ回廊の闇に男が一人、立っていた。青金石(ラピス・ラズリ)色の髪と瞳の男だ。口許には不敵な冷笑が湛えられ、射貫くような視線は星明かりがくっきりと天窓の形を刳り貫いた廊下に向けられている。
「随分時間がかかりましたが、ね」
光の中に姿が浮かび上がった。それは間違いなく・・・・
「貴方の符術で生み出された私の『影』とは言え・・・打ち倒したことに違いはありません。彼らに『殺された』ことにしておきます」
星明かりの中でにこりとシュウが微笑んだ。足元の先程彼が倒れていた場所には、焼け焦げた短剣が突き刺さった『符』が落ちている。
「しかし、手の込んだことをしたな・・・依頼料は貰っている。文句はないが」
青い髪の符術士は呆れたような表情を浮かべ腕を組んだ。
「そろそろ行動を開始しようと思っていましたが・・・私は少し有名になりすぎましたからね。殺されておけば他人の空似で通せます。もっとも・・・私自身、何処の馬の骨とも知れぬ烏合の衆に倒されるつもりはありませんでしたが」
「・・・成る程」
「ま、貴方が私を『殺した』ことにしてくれていれば、一番手っ取り早かったのですが・・・イングラム」
名を呼ばれて青い髪の符術士は肩を窄めた。
「茶番に付き合うつもりはない・・・依頼は終了したはずだ。これで二度と会うことも無かろう・・・」
「私も、そうだと嬉しいのですがね」
軽い嘲笑を残して、青い髪の符術士は回廊の向こうの闇の中へと消えて行った。足音が遠ざかって行く。
「さて、私も行きましょうか。これで自由の身、ですし」
踵を返そうとして、シュウは足を止めた。膝を折り、床に転がっていた短剣を拾い上げる。『彼』にとどめを刺した短剣ではなく弔いとして捧げられていた短剣だ。
「・・・一応、貰っておきましょう・・・いつかまた、何処かで出会うことがあるでしょうからね・・・」
自分を打ち倒した冒険者達の姿を一瞬思い浮かべると、踵を返しシュウ=シラカワは星明かりのもとをあとにした・・・・・
END
2001 6 1 天野 蒼星 拝