1、アヤ=コバヤシ



 蒼い風が吹いた。

 すれ違う人間にそのような錯覚を感じさせる程颯爽とした足取りで、歩く青年がいる。年齢は未だ若く、彼の階級と入隊時期からすれば栄達と言えるだろうが、それは全て彼の才能の結果である。

目立つ容姿をしている身長190cmの居丈夫が真っ直ぐ歩く姿は、自室に帰るだけでも威風堂々とした風格がある。

 エレベーターの前で、彼は急に歩く速度を落した。見知った顔を見つけたからだ。

「あら、イングラム」

 柔らかい曲線を描く髪を軽く揺らして振り向くと、彼女は近づいてきたイングラムに微笑みを向けた。心優しい性格だけでも彼女を際立たせるものだが、それ以上に美しい容貌や長身の均整が取れた肢体の魅力を引き出す衣服に身を包んでいる姿は、基地内でも特に目立つ存在だった。ただ、今日だけは胸に抱えたバインダーと何冊かの本の為に、その魅力は半減していた。

「どうしたんだ、一体」

イングラムはアヤの胸の本を見つめながら尋ねた。

「情報部の仕事よ。雑用みたいなものだけど」

アヤはくすっと微笑んで片手でバインダーを捲った。イングラムが覗くと、そこには共に仕事をする同僚達の名前が書かれている。

「図書の貸し出し票か?」

「ええ、それも返却期限切れのね」

緊急事態が多い以上、頻繁に町の図書館に通いつめるわけにはいかない。そういう事情を汲んで、情報部の資料の一部は軍務にあまり関係のない書物となっており、貸し出し可能となっている。尤も、折角本を借りても、緊急出動になれば読む暇も無い。そのまま忘れてしまうこともままある。呼出や伝言では本人が不在の可能性もある為、直接本人に照合した方が話は早い。本来ならアヤの階級で行う仕事でもないのだが、その疑問を口にする前にアヤは軽く肩を竦めて苦笑を浮かべた。

「人手不足なのよ」

会話を交わしている間に、エレベーターが到着した。このまま自室に戻ってもいいのだが、特に幼児も無い以上、ここまで話を聞いたイングラムが手伝おうと申し出たのは当然と言える。

ありがとう、と笑顔を残して、アヤはリストの半分を手渡してエレベーターに乗った。



「まずは烈か」

2Fのボタンを押そうとしたが、先程アヤが上っていった為にエレベーターは上昇している。待つよりも歩いた方が早いので、イングラムは烈の部屋へと向かった。

「あ、悪ぃ」

口調からして悪びれず、烈は散らかった部屋の中をバタバタとひっくり返した。暫く見ていたが、耐えかねてイングラムも手伝い、10分ほどして漸く数冊の本を取り出した。



「次は長官か・・・」

5Fのボタンを押したが、エレベーターは中々やってこない。仕方なくイングラムは烈の本を抱えて5Fまで階段を上った。

長官も在室中で、こちらは本棚に整頓されていた本を手早く渡してくれた。

「ライディース参謀次官は不在ですか?」

イングラムはきょろきょろと室内を見渡して尋ねた。彼は仕事の都合上、よく長官室にいる。

「ああ、彼なら機体のチェックに行っている。『作戦を立てる為には、機体の能力を把握していなければなりません』と言ってな。自分の目で確かめなければ気がすまないそうだ」

イングラムは長官に一礼をし、ライのいるドッグに向かった。本は何冊か抱えていたが、薄い上に軽いので、同じ階の情報部には寄らずにそのまま進んだ。



「ライディース参謀次官」

比較的多国籍な極東支部の中でも、ライの流麗な金髪とその落ちついた風格は目立つ。イングラムは手早く用件を伝えた。

「ああ、分かった。だが少し待っていてくれ」

ライは整備兵と何やら話し込むと、各自の機体の特性を書類……おそらく、情報部の資料のコピーに書き込んだ。

「そうだ、イングラム。ついでに君の機体の調査もしたい。君にしか扱えない部分もあるそうだからな」

「ええ、構いませんが…」

……・数十分後。

「あの、ライディース参謀次官。本は・・・・・・」

喉下まで出かけた言葉は、ライの睨みつけるような気迫に押し潰された。



「次は独房か………」

予想以上に手間取ったアールガンの調整の後、『軍人たるもの身体を鍛えないでどうする』というライの視線の圧力に耐えかねて、イングラムは分厚い本を抱えたまま1Fの独房で何故かゲーム雑誌を受け取った。

そのまま次のユーゼス博士を探しに行ったが、こちらは自室にはいなかった。

「ユーゼス博士?会議室の前で見かけたよ。そうだ、ついでに俺の本も頼むよ」

5F。

「早速試したいことがあるから工作室に行くって。私の本も頼めるかしら?」

3F

「博士なら動力室に行くって。動力室のエンジンを調べに行ったみたい。あ、僕の本も持っていってよ」

1F。

「さっきまでいたんだけど、コンピュータで分析をするって。そうだ、情報部に行くならこの資料も頼むよ」

3F。

「調べたいことがあるから情報室部…待って、このソフトも返しておいて」

5F。

「今丁度すれ違ったよ。武器開発室に用があるそうだ。走れば追いつけるんじゃないかな」

3F。

「博士?来てないよ。ドッグに向かったみたいだけど………そうだ、この本も頼むよ」

3Fドッグ(武器開発室の反対側)。

「漸く・・・見つけた…」

疲労困憊しつつ、イングラムはドッグで調査をするユーゼスに追いついた。

「どうしたんだ、一体……」

怪訝そうなユーゼスを無視し、イングラムは用件だけ述べて彼を自室まで引っ張った。



「最後は……アンヌ…隊員………」

ユーゼスを追いかけることは手間ではなかったが、彼を追う途中で“ついで”とばかりに他の返却期限切れの隊員から手渡された本がずっしりと彼の腕に負荷をかける。軽く20kgは超えているだろう。だが、それもアンヌ隊員で終わりだ。

彼女は自室にいなかったが、普段は医務室で看護の仕事をしているので見つけやすかった。

「あら、ごめんなさいね。最近忙しかったから……大丈夫?」

イングラムの抱える本と、彼の疲弊した姿を見て、アンヌが尋ねた。

「ああ、大丈夫だ」

本当ならば限界に近いが、彼女で終わるのならばそれも我慢できる。

「そう……?」

どさ。

不安げな表情をしながら彼女が差し出した本は、イングラムの想像以上だった。

「ごめんなさいね、医学書って重いでしょう……」

二の腕に過重な負荷がかかるのを自覚しつつ、イングラムは奇跡的に階段を上って情報部に戻った。

アヤは既に仕事を終えた後らしく、別の作業に取り掛かっていたが、イングラムを見つけると不安そうに首を傾げた。

「どうしたの?随分遅いから心配してたんだけど……」

「いろいろ……あってな」

燃え尽きる寸前の表情で、イングラムは弱弱しい笑みを浮かべた。アヤはふらふらしながら本の置き場を探すイングラムからひょいと本を受け取ると、3分もしない間に全て本棚に収めてしまった。

「やっぱり慣れないと大変なのかしら。これからはもっと頻繁に手伝ってくれる?」

冗談めかしたアヤの笑顔だったが、イングラムはこれ以降、軽はずみに彼女に接しないと心に誓った。



2、ライディース=フジワラ=ブランシュタイン

 ウルトラマンが地球上から姿を消して暫しの時が流れた。ガイアセイバーズのメンバーでないとはいえ、戦闘の度に彼らを助けてくれた光の巨人が存在しないことは、チームに不安を感じさせる。だが、正体不明の敵の猛攻は止む事はない。それどころか、日増しに激しくなっていく。そんな中、年齢は若いながらもPT操縦の腕で天才と呼ばれ、また参謀本部でも頭角を示していたライディースは、よく隊長代理の役割をこなしている、とイングラムは思った。

 実際、個性の強いメンバーを纏め上げ、自身もPTを駆って前線で闘い、更に作戦立案も兼ねることは並々ならない苦労だろう。だが、行方不明だった同僚のリュウセイ=ダテ少尉が加わり、参謀次官という地位も捨てた彼、ライは以前よりも生き生きしていた。



 そんなある日、イングラムは作戦の都合上、ライと2人で行動することになった。緊急事態に備える為に、主力の殆どは基地に残っている。

「……囲まれたか」

 微かな舌打ちをして、イングラムは辺りを見渡した。人間サイズの戦闘員に囲まれたのならば隙を見て脱出することも可能だが、周りを取り囲んでいるのは運悪く怪獣だった。ウルトラマンの不在を知って、最近活発に活動を始めたのだが、これほど多くの怪獣に出会うとは予想外だ。

回線を通じてライの様子を伺うと、イングラムの予想に反して彼は不敵な笑みを浮かべて前方の敵を見つめていた。

「10体か……相手にとって不足はない。行くぞ、イングラム」

 その言葉を合図に、R-2が動いた。同時に怪獣達もこちらへの攻撃を開始する。

「待て。いくらなんでもここは撤退を・・・・」

 怪獣一体でも、その能力は未知数である。全てを敵にするよりは、一旦退いて応援を呼ぶべきだ。そして、過去のライならばそういう作戦を立てるだろう。

「ここで逃がせば、再捕獲は不可能だ」

叫ぶように言うと、ライは次々と怪獣に攻撃を仕掛けていった。ここで彼らを取り逃がせば、被害はさらに拡大する。応援を要請しても、それまで持ち堪えられるかどうかわからない。結局は闘うしかないのだ。意を決して、イングラムもR-GUNを駆り立てた。



勝敗は案外早くついた。辛い闘いではあったが、ライが見る間に敵を撃破していったのだ。見た目にはかなり無茶な闘い方ではあったが、自分の力量を踏まえていて、殆どダメージは受けていないようだ。だが、モニターでライを見た時には、流石にイングラムも我が目を疑った。ライは汗一つ掻かずにいる上、何事もなかったかのように倒した怪獣達の調査を開始している。

「…………」

絶句するイングラムに気付いたのか気付かなかったのか、ライはぽつりと呟いた。

「実戦から離れて久しいからな……いいリハビリになる」

『貴方のリハビリに巻き込まないでください』と喉下まで出掛かったが、敢えて口には出さなかった。アルブレード一機でパンドンと戦闘をこなしたり、生身でクールギンと互角以上の勝負をする段階でリハビリなのだ。

(天才に常識人の物差しを充てがうことが間違っていた……)

ユーゼスとの出会いで感じた疑問を、イングラムは今はっきりと教訓として胸に刻みつけた。

そして後日、R-2で大気圏に突入して重傷を負った後、僅か一ヶ月で修理中のR-2と共に再び大気圏に突入した彼の武勇伝をイングラムは耳にしたのだった。



3、リュウセイ=ダテ

 『リュウセイ』という名を初めて聞いたのは、剣流星がガイアセイバーズに入隊した時だった。同じ名の彼を見て、ライとアヤが複雑そうな表情を浮かべたのが忘れられない。

そして、実際にリュウセイ=ダテに会ってみた時は、少し意表を付かれたと言っても良い。どこか陰を感じさせるライとアヤが暗い表情を浮かべたこともあり、2人にとってかけがえのない存在だとは察したが、

2人と同じ雰囲気・・・・・・・・・・・もう少し大人びた人物だと想像していたのだ。

 大人びているどころか、年齢よりも幼さを感じさせる性格だったことは予想外だが、ともすれば暗くなりがちなガイアセイバーズの中で、彼の明るさが皆の支えになったことも納得できた。写真を撮るまでは。



「なぁ、イングラム。R-GUNの写真を撮ってもいいか?」

 ミーティングの終了が待ちきれないらしく、リュウセイは僅か3メートルの距離を走ってイングラムに駆け寄った。手にはどこに隠し持っていたのか、彼自慢の一眼レフが握られている。

「こら、リュウ。起動実験なんだぞ。遊びじゃないんだ」

ライに軽く注意されるが、リュウセイはお構いなしにイングラムを見上げた。今回はR-GUNの銃形態の変形テストだけなので、他のチームメイトは不要である。それに、SRXに合体してしまっては、R-1のカメラからR-GUNを撮影できない。だからこそ、リュウセイは撮影の機会を逃したくないのだろう。そして、それを知っているライもアヤも、本気で彼を止める気はないらしい。

「いいぞ、だが、迷惑にはならないようにな」

「やったぜ!」

文字通り飛びあがらんばかりに歓んで、リュウセイはイングラムを引っ張るようにドッグへと走っていった。



「なぁ、リュウセイ……そろそろ勘弁してくれ」

起動・変形実験と銃形態の撮影はすんなりと終わった。だが、その後リュウセイは、PT形態のR-GUNとイングラムの撮影を頼んできたのだ。断る理由もなく付き合っていると、今度はR-1とリュウセイの写真を取って欲しいとねだる。ライに頼むと厭味を言われるから………と淋しげに呟くリュウセイに同情したのがまずかった。彼の勢いに流されるまま、ビートルやドルギラン、そしてその乗組員とまで写真を撮る羽目になってしまった。

「サンキュー、イングラム。お前っていい奴だな」

ぐったりするイングラムとは対照的に、リュウセイは元気が有り余っているようだ。

「疲れさせちまったみたいだな。そうだ、お礼に俺のとっておきのコレクションを見せてやるよ」

「いや、いい・・・」

「遠慮するなって。さ、行こうぜ♪」

引きずるようにイングラムの手を引っ張ると、リュウセイはそのまま自室へと連れて行った。

その後、いつの間に買い集めたのか、コレクションのフィギュアや写真をうんざりするほど見せられた上、知っているゲームがあるという理由だけで、深夜まで対戦相手として解放されなかった。



4、SRXチーム

 イングラムがSRXチームに編入されて随分と時間が経ち、メンバーと仲良くなり、そして、彼らとの付き合い方も漸く覚えてきた……かに見えた。

 リュウセイの誘いも程ほどにあしらえるようになった。ライの人間離れした面も把握することが出来た。アヤから怒られるようなことは普段からしない。そういう意味では、平穏だといえる。

「リュウ、なんだあの闘い方は!訓練じゃなければ死んでいるところだぞ」

 訓練終了後、ライが大声で怒鳴り始めた。いつもの光景だ。

「うるせぇ、あれが俺のやり方なんだよ。イングラムは分かってくれるよな?」

 リュウセイも悪態をつくが、どちらに組するでもなく、イングラムは暫く眺めていた。彼らなりのコミュニケーションなのだと、どこかで納得しつつある。

「2人とも、こんなところで言い争ったら迷惑でしょ!」

アヤの怒声も………そろそろ慣れた。そして、一瞬静かになったところで、アヤがイングラムに振りかえった。

「イングラムもイングラムよ。チームメイトでしょ。間に入って止めなさい。いいわね!」

 急に話を振られて途惑うイングラムの隙を突く様に、リュウセイが口を挟んだ。

「そうだぜ、イングラムが俺の味方をしてくれたら、ライも過ちを認めたのに」

「待て、聞き捨てならないな。お前が正しくて俺が間違っていると言いたいのか?」

「そうだよ。ライは・・・・・」

「リュウもライも静かにしなさーい!!」



「どうして俺まで……」

 何故かイングラムまでアヤの前に立たされて、ずっとお説教を聞かねばならなかった。

「アヤも口うるさいんだよな……老けるぜ」

 いい加減うんざりしたリュウセイが悪態をつく。しかし、囁くようなリュウセイの呟きを聞きのがすアヤでもなく、彼女は無言で拳を振りかざした。アヤの鉄拳はリュウセイに真っ直ぐ向かったかに見えたが、幾度かかわすうちに、偶然イングラムを直撃した。意識までは失わなかったが、あまりの痛みに蹲る。

 そんなイングラムを心配するより先に、彼の頭上で論争が始まった。

「今のはアヤの仕業だよな」

「リ、リュウが逃げるからいけないんでしょ!」

「でも、やったのはアヤだぜ」

「リュウ、そもそもの原因はお前が…」

「なんだよ〜アヤの肩を持つのか?」



 だが、あの頃の彼らとならば、どんな『敵』にも勝てる自信があった。信頼の絆だけでなく、純粋な実力の面においても。あの頃の彼らとならば・・・・・・・・・・・・



 一瞬の既視感を感じて、イングラム=プリスケン少佐は資料から目を上げた。

彼の指揮するSRX計画の主要メンバーとなる人員は、ほぼ決定している。

地球人の持つ特殊な能力、念動力の研究者コバヤシ博士の娘、アヤ=コバヤシ。

事故をきっかけに退役したが、天才パイロットとして名高いライディース=F=ブランシュタイン。

極秘裏に選出された、類稀なサイコドライバーの資質を持つリュウセイ=ダテ。

そして、念動力を持つパイロット候補生……偶然にも、異次元でイングラムに好意を抱いた見習隊員だった。



彼らならば、彼の創造主の野望を打ち砕くことが出来るだろう。そう信じて、イングラムは彼らを実際にその目で見た。

しかし、アヤは想像していたよりも脆く、ライは心を閉ざしている。リュウセイは素人同然。

奇妙な表現だが、過去に出会った彼らは2年間も第一戦で戦った実力者であり、イングラムは知識と能力は高いものの、実戦経験が浅かった。

逆に現在で出会った彼らは経験不足で、イングラムの足元にも及ばない。

「彼らを鍛えねばならない、か……」

おそらく半年程度で、彼らを鍛え上げねばならないのだ。この先に見える苦労を思い、イングラムは大きく溜息をついた。

天野の一言お礼