鏡
・・・あの時、私の名を呼んだのは・・・誰だったのだろう・・・
時折、夢を見る。眠りの底でふと目を閉じた瞬間・・・繰り返し襲う悪夢、繰り返される痛み・・・
そして声。
押し潰された四肢の激痛が和らぎ、視界が闇に転じ・・・思考に靄がかかっていく。
『視力が利かないのは失血症と外的ショックのせいだし、痛みを感じなくなってきたのは意識が途切れがちになってきたからだ』
まだ冷静な自分が分析している。確かに今の状態では、意識を保っていられるだけでも奇跡に等しい。
瓦礫に埋もれ、外界から完全に遮断され、世界が刻一刻と遠ざかっていく。
・・・・・・私は、ここで死ぬ。
あきらめに似た想いが全身を支配した。思い残すことも、思い出すこともなにもない。全ての感覚を手放そうとした瞬間、声が聞こえた。
『私』の名を呼ぶ声。
幻聴かも知れぬあの声が『私』が『私』として持ち得る、最期の記憶となった。
身体の大半と、顔と、誇りを失ったあの日。TDF極東支部が壊滅したあの日の夢。50年以上経た今でも私の前に現れる。
全ての終わりであり、全ての始まりであるあの日・・・死ぬべき瞬間に逝くことができなかった、最初はその事実を憎んだ。次に私にこの『現実』を与えた運命を憎んだ。運命を紡ぐ時の流れを、時の流れに浮く世界という舞台そのものを憎悪するまでにさして時間はかからなかった。
「我が意にそぐわぬ世界ならば、消してしまえばいい」
行き着いた思いが呟きとなって現出した時、恐らく私は笑っていたのだろう。
以来、仮面を被り、私のそれだけの為に生き、それだけのために行動してきた。計画は最終段階に移り、後は力を満たす器の核を用意するだけ・・・生体コアとなる、人間を用意するだけとなった。万全を期す為生体コアには意思なきホムルンクスを使うことにした。世に滅びを齎す、全生命にとって忌むべき存在、生体コアには私の最も憎むべき者の姿を与える・・・・即ち、私の偽りの姿を。
培養層に浮く生体コアは『鏡』だった。仮面の下の偽りの顔を映し出す、鏡。こやつは鏡であればいい。我が意を忠実に映し、行動する鏡であれば・・・・
鏡に映りし『私』が薄く目を開く。鏡が最初に目にする者は・・・鏡に映った自分の姿。
瞬間、声が聞こえた。
あの日、私が私として最期に聞いた、私を呼ぶ声。
過去から私を止めようとしたのかも知れない。だが・・・・・
歯車は動き出した。もう、何人たりとも止めることは・・・・・適わない。
2001 6 2 END
ユーゼスの話です。分かりにくいですが・・・
じつはこっそり、隣の『GEAR OF・・・』と連作だったりします。
天野 蒼星