冬の落日は早い。それでも冬至を過ぎた今時分は、大分日も長くなってきた感がある。
暮れなずむ藍と橙の空を窓から眺めやりながら、執務室の机に向かうカイは一枚の書面を手にしながら幾度目かの溜め息をついた。

『退職願』

紙面に記された文面は何度読み返しても変わることはない。
聖戦中からずっと一緒に働いてきた部下・・・仲間の突然の辞意にカイも随分と驚いた。
何か不満でもあるのかと呼び出した部下は、予想に反して明るい表情をしていた。
いや、予想通り・・・と言うべきなのかもしれない。

『故郷に戻り、大地と共に生きます』
希望と熱意に満ちた口調で部下は語ってくれた。
自分の祖父母や両親の記憶にだけ残る実り豊かな故郷の大地。
今は戦乱で荒れ果てた荒れ野だが、いつの日か黄金の穂が揺れる大地を、故郷をこども達に見せてやりたい。
『それが、今の私の夢です』


・・・あの頃。
聖戦が終わった頃、カイや仲間達が抱いた夢は皆同じだった。
幾年かが流れゆき、一人、また一人と、仲間達は新たな夢を抱いて去っていった。
皆、笑顔で、手を振りながら。
そして・・・また一人、あの頃を共に過ごした戦友が去っていく。
「夢の数は・・・沢山ある方が良いですよね・・・」
溜め息にも似た呟きの後、一瞬間をおいてカイは書類にペンを走らせた。

ふと、何気なしに見やった窓に映る自分を見て、カイは自分がほろ苦い笑みを浮かべていることに気がつく。
硝子に映りこんだ自分はひどく複雑そうな・・・泣き笑いのような顔でこちらを見返していた。

自分は今の目的を果たしたら、一体どこに向かうのだろう。

ずっと胸中にある不安に似た疑問は、時折前触れもなく顔を見せては困惑させる。

仲間達が新たな目的へと向かっていけるのはあとを託せる仲間がいるからであり、残る者として、その期待に応えることは当然の責務だとカイは思う。
今のカイや仲間達の目的はとても大きくて、一生を費やしても成し遂げれるのかすら定かではない。
心にいつも棘のような不安を抱えているのも確かだ。
しかし、不安を抱え、自分の中の何かを犠牲にしてでも叶えたい価値のある『夢』だとも自負している。

「大丈夫です・・・いつか必ず、叶いますから」
窓に映るは、自らの不安。否定するほど弱くもないし、抱え込めるほど強くもない。
だから、言い聞かせる。

いつか・・・
いつか、この大きな夢を叶えることができたなら・・・
「私も、私の目的を追いかけましょう・・・」

『だから、貴方も負けないで下さい』

星の煌きはじめた冬の夜空に願いを預け、旅立つ戦友と星空の下に散らばった戦友達に祈りを捧げる。

『いつか・・・必ず』

願わくば、荒野を往く旅人の道を穏やかな風が照らしてくれるように、
この広がりゆく星空を、四角い窓からではなく、広がる大地から見上げる日がくることを、祈って。


小さく、カイは瞳を伏せた。


END

2004年2月18日   天野 蒼星

 

あとがき

そっと隠しページとして存在していた一本・・・気付かれていた方は何人いたのでしょう・・・
そして更に、この話が BEGINの「オジィ自慢のオリオンビール」が元ネタになっているって、一体誰が気付くのでしょう・・・
ソレは、天野にだって分かりません・・・

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