雨音の向こうがわ          
 
 不意に耳についた音にひかれ、目を通していた書類から顔を上げるとそのまま視線を
窓へと移す。
 はっきりと見て取れる程大粒の雨滴が視界に入り、消えていった。幾つも連なって落
ちていく雨。無意識の内にしばらく窓の外の雨を眺めていたが、特に考えもなく立ち上
がり、締め切っていたガラス戸を開けてみた。窓枠に四角く切り取られた空に広がる低
く垂れ込めた雲と、重い空気。じっとりと湿気を含んだ風が空調の効いた室内に流れ込
み、肌に絡み付いた。
「・・・宇宙に雨は降らない、か」
 客観的に見ても自分のやって来た漆黒の世界に比べこの星の表情は豊かで変化に富む。
今日のように思考に埋没している最中でさえ、一瞬意識を奪われるほどに。
 今、南アタリア島は雨季の真っ最中だ。ここ数日はこんな天気が続いている。やまな
いこともないが、青空が覗くこともない。灰色の空を映したかのように南太平洋特有の
海の青さでさえくすんで見える中、樹木の緑だけが輝いていた。
 ・・・この星に降りて随分になる。無論、自然環境、風物、習慣などこの星で支障な
く暮らせるよう予備知識は持っていた。だが、初めて『雨』を目にした時、少なからず
衝撃を受けたのを覚えている。特に珍しいものでもないだろうに、そう感じた自分が意
外だった。
「・・・・・・」
 この星を護ろうとする者、その想いを利用する自分。想いの強さだけ彼らは強くなる
だろう。そして彼らが成長すればするほど、自分の目的が達成される確率も高くなる。
「・・・・・・」
 この世に限りなきものなど存在していないと知っていても、天より絶え間無く降りし
きる雨は『永遠』を連想させた。雨の間を縫うように一瞬訪れた思考の狭間、窓縁を叩
く雨音に紛れて、不意に身の内で誰かが小さく囁く。
『これでいいのか』、と。
「また、か・・・・」
『本当に、これでいいのか?』
 記憶の彼方で囁き続ける、自分であって自分でない誰かの声。部屋に吹き込むこの雨
風のように心に纏わり付く、覚えのない衝動。
 この星を〃護らなければならない〃・・・そんな想い。
「俺の邪魔を・・・するな・・・」
『本当に・・・・』
「これでいい」
 記憶という水面に映る『誰か』の姿を否定するように『もう一人の自分』、本来の自
分が頭を擡げる。
「これでいい・・・このままで・・・目的のためならば・・・こんな辺境の星など・・・
どうなろうと構わん・・・」
 そう、この星がどうなろうと、俺の知ったことではない。俺はただ、自分の『目的』
を遂行するためだけに動けばいい。
 水面に映った『誰かの姿』を生じた波紋がかき消す。
「・・・・・・・・」
 視線はまだ窓の外の風景にあった。相変わらず雨が降っている。ただ、それだけだ。
「無駄な時間を使ったな」
 どうかしていた。ぼんやりと外を眺めている時間はない。軽く息を吐いて開け放した
窓を閉める。途端に雨音が遠くなる。
「俺の邪魔をするな・・・」
 身に覚えの無い感情も、囁きも、関係はない。今俺が抱えるこの願いだけがすべての
真実だ。だから・・・・
「だから、消えてしまえ。我が道を惑わすものなど・・・すべて・・・」
 すべて、この雨音の向こう側に・・・・

                                                        END
 

 

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