目の前には何も盛られていない真っ白な皿、両の手にはナイフとフォーク。
 どうしてこんなことになったんだろう。フォークとナイフを握り締め、リュウセイは必死に考えた。
 そう、今日は呼び出しがかかったとかで教官に連れられてSRXチーム三人、DC極東支部まで出向いたんだ。
 で、そこで会ったシラカワ博士とかいう人が、まずSRXのスペックを遠回しにバカにした。
 それにかちん、ときたらしいイングラム教官が婉曲にグランゾンって名前のマシンのデザインをバカにした。
 そしたら、今度ははっきり、シラカワ博士がSRXの顔をバカにした。 
 続いて、イングラム教官がキッパリ、グランゾンのカラーリングにケチつけた。

「・・・・・・・・・」
 部屋に漂うのは、そこはかとなく、酢酸の香り。
「・・・・それで・・・・」
 ぐつぐつと煮えたぎるナゾの液体が入った鍋。
「どうして・・・どぉして料理勝負なんだぁぁぁぁ!?」

どっちの料理ショー! 〜勝者と敗者に祝福を、編〜

 ナイフとフォークを振りかざして絶叫するリュウセイをちらりと見やり、当事者その
1シュウ=シラカワは軽く息をついた。
「リュウセイ少尉、静かにしてください」
 口調は丁寧だがはっきりと刺がある。
「それにしても・・・躾が行き届いていないのではないですか?イングラム少佐」
 そして矛先は・・・当事者その2イングラム=プリスケンへと向けられた。
「・・・・シラカワ博士」
 肩先まであるウェーブがかったラピス=ラズリ色の髪を軽く揺らしながら、イングラ
ムはつ、とリュウセイに視線を流した。
「猿山から拾って来た猿に芸を仕込むまでに一体どれくらいの時間を有すると思う?ま
して猿から人間だ。時間もかかる・・・・」
「・・・なるほど」
 その答えで納得できたのかシュウ=シラカワ?
「教官・・・さらっと酷いな・・・真実だが」
「ライ、貴方もフォローする気は全然ないのね・・・」
 ここはDC極東支部の一室。何故か設えられた特設厨房の真ん中、審査員席と書かれ
た場所にリュウセイ、ライディース、アヤは座らされていた。何故こんなことになって
しまったのか、三人には全くわかっていない。分かっている事実はただ一つ。
『現在、シュウとイングラムが料理勝負の真っ最中でその審査員が自分達』
 ということだけだ。
「・・・きっと本人達も何故料理勝負なのか、わかっていないだろうな」
 ぽそりと呟いたライの言葉にアヤも深く頷く。
「でもそれより気になるのは・・・」
 頷きながらもアヤは疑問を口にした。そう、三人あえてツッこまなかった事実を。
「どうして少佐とシラカワ博士は・・・料理勝負なのに白衣を着ているの・・・?」
「俺は鍋に交じって時々置かれているビーカーが気になるぜ」
 確かに用意された調理台のあちこちにぽこぽこと怪しい煙を発しているビーカーが置
いてあった。訝しむ三人の目の前で、その中の一つの液体をためらいもせずシュウは何
かを煮ている鍋に注いだ。と、途端に湯気が紫色に染まる。
「・・・・いい反応ですね」
 湯気の色ににっこり満足気に微笑むシュウ。対照的に笑顔の凍りつくリュウ、ライ、
アヤ。
「・・・・・・」
 固まった部下には構いもせず、イングラムは黙々と作業を進めていた。まず鍋で何か
の動物の、決して牛乳なんて生易しいモノではないミルクをぐつぐつ煮立て、そこに均
等に切ったなにやら香草らしき草を突っ込む。しばらく煮詰めるととろみがでてきたよ
うだ。
「教官の方は料理らしいモノを作ってる・・・って・・・ああっ」
「リュウ、ライっ!今、少佐の入れてたもの・・・見た?」
「ええ・・・あれははっきりと・・・藁、でした」
 涼しい顔でどこかから取り出したをざくざく切って鍋にブチ込むイングラム。
「少佐、何作ってるんですか・・・?」
 そっと、アヤが尋ねる。知らずにいれば幸せな事実でもやはり聞いてしまうのが人間
である。
「ああ、モンゴルの菓子だ」
 意外にもあっさりイングラムは答え、そして付け加えた。
不味いと評判の」
 ・・・・・・・・しばし間。
「ま、まずいって・・・・教官!?」
「だからうるさいですよ、リュウセイ少尉」
 再び叫んだリュウをびしりとおたまで指し示し、シュウが突っ込む。その間にもシュ
ウ側のナベには怪しい煙を放つ色水が投入されて行くのがアヤとライにはしっかり見て
取れた。
「あのぉ、料理勝負、なんですよね?」
 アヤは引きつった笑顔を浮かべながら主旨を確認する。そう、確か料理勝負だったは
ずだ。『確か』
「ええ、料理勝負ですよ」
 何を今更、そんな表情でシュウは答える。
「その割にはちっとも料理が美味しそうじゃないんですが」
 アヤの問いを受け継ぐようにライが尋ねた。その先に待っているであろう答えを想像
しながらも。
「いつ、誰が、『美味しい料理』を作る、といいました?」
 やっぱり。
「・・・それなりの材料からそれなりの料理を作ることは誰でもできる。だがそれなり
の材料から匙加減一つでそれなり以下の料理を作り出すことは、非常に難しい」
「どうせ勝負するのなら、困難な方に挑戦すべきでしょう?」
 三角フラスコの中の原色青色の液体をどぼとぼ注ぎながらシュウはイングラムの言葉
を受けるように続ける。そんなところだけ気を合わせて欲しくない、心の叫びはあっさ
り虚空にかき消えた。
「・・・・さて、私の方は完成のようです。そちらはどうですか?」
 そら恐ろしい『仮定形』。
「・・・・概ね完成・・・・だろう。本当は固形になるはずなのだが・・・・まあいい」
 レシピを見やりながら鍋の火を止める。作り出されたモノはなんとなくシチューのよ
うに見えた・・・・外見だけは。
 料理は完成した。だとすればその後に待っているモノは・・・・


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