『願わくば、花の下で』


 花見をしよう、と言い出したのは確か電だったはずだ。
森林警備隊に勤務していた頃に見つけたほとんど人の来ない良い場所があるという。
自分達ガイアセイバーズを取り巻く状況を考えると、花見などと悠長に構えているヒマは
ないのだが、珍しく隊長のハヤタがこの話に乗ってきた。日々戦いの中に身をおいていた
ので周囲の景色を見渡す余裕など無かったが、季節は既に春爛漫。新緑の眩しい季節である。

「・・・まさか本当にお花見ができるとは思わなかったわねぇ」
 感慨深気に呟きアヤは頭上を見上げた。刻一刻と表情を変えていく
暮れなずむ春霞の空を覆うように、白い桜の花が咲き誇っている。
「この辺りに咲くのは山桜ですからね。一般的な桜・・・ソメイヨシノよりも開花が遅いんです。
桜の季節から少しずれていますけど、ここなら今が見ごろだろうと思って」
 バビロスから拝借したビニールシートをいそいそと桜の木のしたに引きながら
今回の提案者、電が答えた。
「でも急だったからお花見らしい物、何にも用意できなかったのが寂しいわね。
まあ・・・あっちの人達は十分楽しんでいるみたいだけど」
「・・・・そうですね」
 呆れた笑顔を浮かべて二人で見やるその先には、どこからか取り出した缶ビールやら
ワンカップの日本酒やらで既にできあがっているハヤタやダン、それに烈達がいた。
ガイアセイバーズは一応軍属なので母艦への酒類の持ち込みは御法度なのだが、
どうやら烈はこっそり持ち込んでいたらしい。
「あーっ!リュウってばちゃっかりお酒飲んでる!もう、ライもじゃない・・・」
 酔っ払いの関心がまだシラフの大に注がれているのを見計らい、先に設置された
花見・・・というよりは宴会会場から酒を嗜まない面々がこちらに続々と避難してきている。
そんな最中にも、リュウとライは着実に杯を重ねていくのが見てとれた。
「こらーっ!そこの未成年どもっっ!お酒は二十歳になってからよっっ!」
 SRXチームの良心、アヤ出動。
「お、アヤも飲むかぁ?」
「・・・日本酒とビールしかないが」
 一番酒量の多い烈の言葉を受けるように、ダンが場の中央におかれた酒類を指し示した。
「・・・・・・・・」
 十分後。
「なによぉ、ライ、あたしの晩酌じゃ飲めないっていうの?!」
 SRXチームの良心、アヤ撃墜。
「・・・アヤって、意外と酒癖悪いんだな・・・」
 びしばしライに絡むアヤをやや遠巻きに見ながらリュウが呟き、烈も相槌を打つ。
「ハヤタ隊長やダン達は『ウルトラマンはいかにして味方に悟られずに変身するか』
について熱く語り合ってるし・・・大は潰れたし・・・かといって向こうのシラフの連中とこ行くのもなぁ」
「ライが何とかしろ、って目でこっち見てるけど、見ないふり」
 さりげなく視線を周囲に動かしたリュウセイはふと気が付き、隣に座っていた烈に声をかけた。
「・・・なあ、イングラムは?いないみたいだけど・・・」
「イングラム?そういえば・・・あいつこういう雰囲気苦手だからな。どっかその辺にいるだろうが
・・・しょうがない、捜しにいくか」
「あ、じゃあ俺も行くよ」
 ライは見捨てることにしたらしい。
 春の陽は山の端を掠め、辺りはもう薄暗い。少し離れただけなのに仲間たちの
ざわめきが急に遠ざかった。かわりに柔らかな静けさが辺りを支配していく。
「山桜って面白いよな。花と葉が同時に芽吹くんだ。普通の桜は花が散ってから葉が出るのに」
 リュウの言葉に烈は山桜を見上げた。
「本当だ・・・花と葉が一緒に出てる・・・」
 感心したようにしきりに頷いて、彼はリュウに視線を移した。
「俺はずっと地球にいたわけじゃないからな。何気ないことでも新しい『発見』があるとすごく
嬉しく感じるんだ。だから、あいつも同じなんじゃないかな」
 すいっ、と烈が指さした先には山桜の樹下に立ち、花と、そして白い花の上に広がる夕闇を
ぼんやり見上げている捜し人の姿があった。
「・・・烈、それにリュウセイ・・・どうした?」
 気配に気づいたらしく、リュウと烈の姿を認め先に声をかけてきたのは捜し人の方だ。
不意をつかれたような表情を一瞬浮かべるが、直ぐ様いつもの落ち着いた顔を取り戻す。
「どうした、じゃないだろ、イングラム。お前がいなかったから捜しにきたんだよ」
 殊更憮然とした表情を作ってみせるものの、リュウはすぐに相好を崩した。
「・・・そうか・・・悪かったな、手間をかけさせて・・・」
 困ったような笑みを浮かべ、思いついたようにイングラムは山桜の一枝に手を伸ばした。
「リュウセイ、この花はなんというんだ?」
 尋ねるイングラムの手は白い花の間に芽吹いたばかりの若葉を忍ばせる
山桜の枝に触れていた。
「山桜だよ。今じゃソメイヨシノって種類が主流だけど、昔は『桜』といったら
この山桜のことを指したんだ」
 高校時代に古典の授業で習った知識を記憶の片隅から掘り起こしてリュウは説明する。
イングラムはずっと宇宙にいたし、何より記憶がない。烈が言うように地球の風物は珍しく
写るのだろう。それに珍しさを取り払っても、満開の桜は美しい。
「やっぱり、綺麗だよな、うん」
 同じように花を見上げて烈も納得したように頷いた。
「・・・『願わくば 花の下にて 春しなむ その如月のもちづきのころ』・・・
確か、西行って人の短歌だと思ったんだけど・・・」
 自信なさげに和歌を暗唱し、リュウは続けた。毎年桜を見ていても、
やはり毎年綺麗だと感じる。だから初めて桜を見上げるであろう烈とイングラムに
『桜』がどれだけ多くの人間の心をとらえてきたのか伝えたかった。
「桜の花は昔からいろんな人に愛されてきた花なんだ。この花の下で一生を終えたい、
って思うくらいに・・・それで・・・」
 自分の持てる知識を総動員して話しているリュウの言葉を聞きながら、烈とイングラムは顔を見合わせ、
「・・・意外と博識なんだな、リュウセイは」
「ホント。意外だな」
 二人で確認するかの如く頷きあった。
「・・・・・・・・・・・・・酷いぞ、さりげなく」
 一瞬顔を引きつらせたリュウの肩をばしばし叩き、烈は笑い飛ばす。
「冗談だ、気にするなって・・・ありがとよ、いろいろ教えてくれて」
「・・・ホントにそう思ってるのか?」
「ホントだって。な、イングラム」
 烈の言葉を受けるようにイングラムも頷いた。リュウも二人の言葉を信じたらしく笑顔を取り戻す。
「イングラム、行こう。向こうで皆待ってる・・・何人かできあがってると思うけどな」
「ああ・・・そうだな、行こう」
 歩きだしたリュウと烈の後ろに続きながら、イングラムはもう一度頭上に広がった
山桜を見上げた。残光もかき消え、星明かりが枝越しに瞬いている。
「これが・・・・あの時、お前が護りたいと思ったものか?ユーゼス・・・・・」
 呟きは誰に届くこともなく風に溶け込んだ。一人、闇に淡く浮かび上がる
花弁の群れを見つめながら、ずっとそのことを考えていたのだ。
 地球の環境悪化を食い止める為にこの星に派遣され、そして本人も強く地球の
自然を護りたいと望んでいたユーゼス。だが・・・・
「だが・・・今は・・・」
 不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。思考はそこで途切れる。
「・・・・・・・」
 ざわめきが耳に届き、こちらに向かって手を振っているハヤタの姿が見て取れた。
「珍しいな・・・ハヤタ隊長が酔っている・・・」
 口許に微笑を宿しながら歩を進め、ごく自然に仲間の輪に溶け込む自分がいる。
記憶を失い、アールガンに初めて乗ったころには気を許せる仲間ができるとは思ってもみなかったことだ。
『またこうして花の下で、皆と笑いあえる日がくればいい・・・』
 無理に日本酒の注がれたグラスを手渡されながら、思う。
『戦いの事など考えなくてよくなった時に、もう一度・・・・こうして・・・・』
 全てが終わった後にもう一度花を見上げる事ができたなら、今度はもっと
美しく瞳に映ることだろう。周りに仲間がいたのなら、きっと、もっと美しく。
「平和になったら、またみんなでお花見ができるといいですね」
 心の内を代弁するようにイングラムに歩み寄った流星が言った。
別の場所で桜を楽しんでいた素面組がやって来たらしい。
「そうだな。また、皆で・・・な」
 流星の言葉に答えながら、『戦い』の先に待つ未来を想い描かさせてくれた山桜の花を見つめる。
『願わくば』
 ふ、と先程リュウが詠じた和歌の一節が甦った。
 手にしていたグラスに唇をつけながら、イングラムは軽く目を伏せる。
記憶にしっかりと刻みつけたかった。山桜と、仲間と・・・・霞みがかる桜に重なった朧げな『未来』の姿を。
『願わくば、もう一度、この花の下で・・・・・』
 願いながら一口飲んだグラスの中に、桜の花弁がひとひら、舞落ちた。

 END

 


とってもヒーロー作戦なSSを用意してみました。でも、ユーゼスが地球の自然を護りたかったとか、環境破壊する地球人を憎むようになっていった、とかは攻略本にしか書いていないということに書いてから気が付いた・・・その辺は気にしちゃいけませんよ、皆さん。(←気にするって。とっても)
でも、正直一条寺烈の設定には自信がありません・・・この人、ずっと地球の日本で暮らしていたワケじゃなかったよなぁ・・・どきどき。
最後にちらっと剣流星が出て来ます。ここは狙いました。ゲームをプレイした方なら分かると思いますが・・・『戦いの先』の未来を迎えることのなかったイングラムと流星が『未来』を語る・・・そういう場面を書きたかったので。コレを書いている時点で外伝発売まで後四日。外伝にイングラムが出てくる事を祈りながら、彼の『α』での戦いが無駄にならないことを祈りながら・・・・

3月26日   天野蒼星   拝

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