城址は国宝の天守閣を除き見るべき遺構は石垣ぐらいしかない。大手口沿いの曲輪には神社が建ち並び、櫓や門などもすべて模擬建造物であり、城址全体の雰囲気を壊しているのが残念である。
天守閣は、かつては日本最古と言われていたが、解体修理によって3・4階部分は1595年の修築で、3階部分の唐破風は成瀬正成の時代に加えられたことがわかった。内部はもちろん木造で、多くの観光客が訪れるので床や手すりは磨り減ってツルツルである。かなり狭いがコンクリートの城にはない迫力がある。天守閣最上階からの眺めも県下随一といっても過言ではない。
木曽川越しの犬山城も素晴らしい景観であり、駐車場も用意されている。犬山城は白帝城と呼ばれてるが、これは江戸時代の学者荻生徂来が、中国揚子江の切り立った川岸に立つ白帝城になぞらえて命名したといわれている。
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