名鉄瀬戸線の矢田駅から矢田川をはさんで反対側にある宝勝寺一帯が城址である。
宝勝寺の墓地に土塁らしきものが残り、墓地の裏から寺の裏一帯の竹薮の中に堀が残る。堀には当時橋がかかり、清康はそのあたりで殺されたという。
宝勝寺の東側の道路を歩いていくとアパートがあり、そこに城の説明看板がある。看板は高さ2mほどのところにあり、上を向いて歩かないと見過ごす。その看板横のアパートの裏の土手を登ると(案内は何もないが、人が登った形跡がある)石碑がある。
上の写真は同じカメラで撮影したにも関わらず、ずいぶんと色あいが違うが、最近のデジカメは仕上がりにバラツキが少ないので大したものだなあと思う。
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