山中城
やまなかじょう

■所在地:静岡県三島市山中新田 ■立地:山地 ■別称: ■築城年:1560年代
■築城者:
北条氏 ■遺構等:曲輪、土塁、堀、説明看板、碑

山中城の障子堀
西ノ丸周囲の堀 城址碑
西ノ丸 二ノ丸
本丸 北の丸
■歴史
 1560年代に北条氏康が築城した。小田原の西を守る重要拠点であり、城は東海道を取り込むように造られている。
 その後、北条氏政の代になると豊臣秀吉との関係が悪化し、氏政は秀吉の小田原攻めに備えて城の拡張・整備を行った。しかし、それらが完成しない1590年、豊臣秀吉の小田原城討伐の際に豊臣秀次率いる4万の軍勢の攻撃を受けた。城主・松田康長ら4,000人で守る城は、圧倒的な兵力の前にわずか半日で落城し、城主はじめ城兵はほとんど討ち死にした。

●現状(2009年4月)

 国道1号線を走って箱根に入る手前に城址があります。国道1号線は城内を通っており、看板や駐車場もあるので必ず見つけることができます。
 城址は広大で、有名な障子堀も見ることができます。その深くて複雑な堀や土橋や木橋で連なった曲輪を見ていると難攻不落の要害というイメージが強く残ります。街道に沿って長く縄張りされた城は、確かに街道を進軍する敵には有効なのでしょうが、圧倒的な兵力で四方八方から一気に攻められては、細長い縄張りは分断されやすくて逆効果なのでしょう。それでも城址を歩くと、この大規模な城が半日で落ちてしまうとは、、、と思わずにはいられません。
 この城は落城とともに廃城となったために、その後の改変を受けておらず、北条氏の独特の遺構を残す貴重な城址となっています。


◆場所