競馬を始めた理由

 「レガシーワールドいいですねエ。あの眼がなんとも言えないんです。走る姿が一生懸命で好きなんです。」

と、行き付けのスナックのマスターである伸ちゃんが唐突に語りかけてきた。プライベートでも一緒に呑み歩く間柄であり、酔っ払うとズボンを下げてクレヨンしんちゃん柄のパンツを見せてお尻をフリフリする癖があるが、彼の名誉のためフォローすると男の私でも惚れたくなるような(危ない、危ない)優しくて真面目で背が高く男前なのである。そんな彼が競馬の話をしてくるとは思いもよらなかった。

 「エッ、何のこと?」

と問い直す間も無く、彼はカウンターに競馬新聞を広げてきた。ウイークエンドは殆どヨットで過ごしており、ウイークデーにしか顔を出さない私が、何かの都合でG1真盛りの土曜日のまだ客がいない早い時間帯に顔を出した時のことである。その時、初めて彼が競馬ファンであることを知り、また初めて見る競馬新聞は記号や数字・専門用語が所狭しと並んでいて呪文かお経のようであった。

 「へエ、競馬やってんだ。」 

飲む・打つ・買うの世界には縁遠い?私にとってハイセイコーの名前くらいは知っていたが、ギャンブルの最右翼であると思っていた競馬の知識は全くなく、彼の話には適当に相槌をうつのみで、競馬をやろうという気持なんてさらさらなかった。

 「パソコンで競馬の予想を出す方法があるらしいですよ。」

次の日、私がパソコンをやっていることを知っている伸ちゃんが、耳打ちしてきた。その一言は悪魔の囁きであった。パソコンと言えば、私の世界である。元来、推理小説やクイズが好きな性格もあり、この瞬間にトライアングルで結び付いたのである。

 翌日から、本屋巡りが続いた。競馬入門から始まって競馬の専門書、月刊誌、騎手の書いた単行本、絶対・パーフェクト・必勝という言葉がタイトルにつく怪しげな本など多くの書物を買い、読みあさった。勿論、いくつかのパソコンによる予想方法も試みた。この時にJRA-VANの存在も知り、今ではお得意様の一人となっている。

 競馬の知識が増えるにつれ、競馬は奥が深く知的なゲームであることが理解できた。馬券売場には赤鉛筆と新聞片手にバカボンのパパみたいな人がいっぱいだと思っていたのは誤りであることに気がついた。賭け事であることには違いないが、推理ゲームとして楽しむ分にはお金はいらないし、僅かばかりのお小遣いで夢が買えるのも宝くじと同じであると思っている。自分自身に限っていえば、バクのように夢ばかり食べていて、お小遣いが減っていく一方には困ったものである。

 今では、しっかりと飲む・打つ世界に足を突っ込んでしまったが、買う世界にまでは、お金が回らない。たとえお金が出来たとしても買わない。 と思う。 たぶん・・・・