宇宙暦222年  10月9日

                                         北フランス・ルアーブル海軍基地

 パールモアが北大西洋上で統合軍輸送艦とフリゲート艦を撃沈してから二日。攻撃型潜水艦「パールモア」は母港であるここ、北フランスはルアーブル海軍基地へと戻っていた。

 この基地は、かつて統合軍のドーバー海峡艦隊が駐留していた基地であり、開戦当初の連邦軍による降下作戦と、電撃的制圧作戦の中、ほぼ無傷で手に入った貴重な基地であった。

 連邦政府は宇宙コロニー国家である。それゆえに地上戦のノウハウは、ほとんど机上のものでしかなかった。地球侵攻作戦前にも確かに連邦軍内には「海軍」は存在した。しかし、それは地球から統合海軍を除隊した者や、その他研究者たちによって日々地球、それも海での運用ができる兵器の開発を行い、その試験を行うだけの軍隊であったのだ。

 開戦当初、軍上層部は地球侵攻作戦を実行する気ではなかったため、宇宙軍こそ精鋭部隊で構成されていたが、その他の陸海空軍は、宇宙軍に比べて特に兵士の育成や兵器生産に力を入れていなかった。しかし、軍事的内情を無視した形で政治は地球への侵攻をめた。

 この事態は、軍部にとって予期していなかった降下作戦であったので、指揮系統の混乱、降下作戦用の部隊編成など、混乱が混乱を呼び連邦軍はあやうく戦わずして内部崩壊しかけたのである。

 唯一の救いであったのは、予想以上の統合軍宇宙艦隊のダメージによる地球軌道上の防備の薄さと、それによる連邦軍の宇宙での防衛力の余剰戦力に当たる部隊の配置転換が行えたことであった。

 これにより宇宙軍の優秀な陸戦隊やSA部隊、航空部隊による地上での戦闘は、連邦軍以上に混乱していた統合地上軍に圧勝を重ねることができたのである。そのような戦勝状況の中でも、陸空軍よりも特に心配されていた海軍は、ガリレオ海戦で船を失った水兵たちの再任地となり、熟練した水兵たちによって操艦される連邦海軍は、各地で勇戦することができた。

 このルアーブル基地には連邦軍の北大西洋艦隊のとくに、駆逐艦や潜水艦隊の基地として機能していた。とはいっても、連邦海軍には航空母艦や戦艦などの大型戦闘艦は存在しない。主力は潜水艦と水中用SAである。そして駆逐艦は味方部隊などの支援と護衛を主任務とした防衛戦力に過ぎなかった。

 これには理由があった。連邦軍の基本戦術はSAによる機動戦闘である。宇宙軍にしろ海軍にしろ艦船はSAを支援するための兵器であると言ってもいい。現在の戦闘に置いてSAほど使い勝手のよい戦闘兵器は存在しない。宇宙でも、地上でも、海でもである。

 そういう理由で、連邦海軍には攻撃型潜水艦と攻撃の要「SA」を運ぶためのSA輸送用潜水艦の二つが存在した。SA母艦から発進したSA隊が敵戦闘艦を沈め、攻撃型潜水艦は可能な限りの戦闘と、情報収集をするのである。SA部隊にとって水中戦は、宇宙での機動と酷似していたため、SAパイロットたちにとっては地上戦や空中戦よりも戦いやすかった。わずか4機のSA小隊が5隻の駆逐艦を沈めることさえあったほどである。ともかくも、SAは現代戦争に置いて不動の地位を確立しはじめたのである。

「しかし艦長。この基地もずいぶんと戦力が回されてきているようですね」

基地の埠頭を歩いていたシュタインス大尉は横で一緒に歩いていたパトリックス中佐に尋ねた。二人はオーバーコートに身体を丸め、寒さ身を丸めていた。

 季節は10月、北海の風は寒さを帯びてきていて、北フランスもこれからますます寒くなる。

「そうだな。近々またでかい作戦があるんだろう。この基地も前線部隊の後方指揮所にでも使われるんだろう。」

パトリックスはシシュタインスの方を見ることもなく、足を止めることもなく歩き続ける。一方のシュタインス大尉はきょろきょろと船着き場や基地のあらゆる施設に目を向けている。

「・・・・・・・それにしてもずいぶんと大袈裟な戦力ですなぁ。出撃前には見なかった新型SAが何機かいますし、機甲師団まで進駐してますよ、基地全体の戦力も3倍くらいまで膨れてるんじゃないですか?」

「・・・・・・・まぁ、それも報告書を提出したときにでも聞けるだろう。・・・・・・それに、どちらにしろ我々の任務自体はそうかわらないさ」

 二人は二日前の戦闘報告書を基地司令部まで提出しに行く途中なのである。普段ははジープや他の交通手段があるのだが、この基地のいまの忙しさのせいか、彼等の乗れる自動車は一台もなかった。それどころか、いままでただの倉庫だったところがいつの間にか兵員宿舎になっていたりするのだ、出撃前まではたいしたことのない後方基地であったはずなのに、今では最前線基地の重要拠点になりつつあった。

「今度は何処に侵攻するんでしょうね?ついにイギリスですかね?それとも敗退したって言う北アフリカへの再上陸ですかね?」

「そうだな、確率的にはその二つだろうな。」

パトリックスはそういうと目を細めて船が入っているドックの方を見た。そこには確かに出撃前には見たことのないSA部隊や、艦船が置かれていたり停泊していた。

 二人はそれから五分ほど歩いて、司令部前まで到着した。司令部と入っても鉄筋建ての、たいして戦闘を考慮に入れていない、ただの漁業役場と言っていいほどのお粗末な作りの建物であった。

「・・・・・・・・・・あいかわらず思うんですけど・・・・・・・・・・・・・なんで時代の最先端を行く戦争で、我々の司令部はこんなボロなんでしょうか?・・・・・・最新鋭の装備だけじゃなくてこっちにも予算を回してほしいものですね」

 シュタインスが建物の玄関前でそうつぶやく横で、施設工兵らしき一団が建物の至る所に鉄板を貼っていた。窓には硝子が飛び散らないようにガムテープが貼ってある。とても近代戦争には似つかわしくない様相である。シュタインスはため息を肩でついて、

「・・・・・子供の時に見ていたヒーロー漫画でさえもうちっとましでしたよ。こう、なんというか、未来的な設備とかが並んでいて、窓も防弾ガラスで、バリアーなんか張ってあって・・・・・・・・」

シュタインスが不満を言い放っていると、それを横で聞いていたパトリックスが口を開いた。

「・・・・・・大尉、それが現役の軍人が口にするような言葉かね?そんな物は空想にすぎん、ただえさえSAなんていう一昔前には考えられない兵器が存在しているんだ。これ以上空想話に期待を膨らませるのは・・・・・・・・・・・・酷というものだよ」

 パトリックスがそういうとシュタインスは元の堅実な軍人の構えを見せて面目なさそうな顔をした。そして今自分が言った言葉を取り消すかのように姿勢を正してパトリックスの後を追う。

 二人が司令施設にはいると、中は暖房が利いていて、実に快適な空間であった。二人は着ていたコートを脱ぎ、腕に抱えて作戦司令室へと向かった。連邦海軍ではどの部隊によっても戦闘報告書はひとつの部署にまとめられる。ここルアーブル基地では作戦司令室がそれを兼任していた。

 作戦室にはいると、そこにはとても前線基地の作戦室とは思えない調度品で飾られていた。本棚にはゲーテやシラーなどの学術書をはじめ、高価そうな本が並べてあり、部屋の奥には年代物の木製の机も置いてあった。その机の上には山ほどの書類が置かれていて、書類の山の向こうには目つきの鋭いきりっとした風貌を兼ね備えた男が書類に目を通していた。

「ああ、君達かね・・・・・・・ご苦労。・・・・・報告書はいつものファイルにはさんでおいてくれたまえ。それと、補給に関してはいつも通りエパルス中尉に聞いてくれ。・・・・見ての通り多忙でね、まぁ気付いているとは思うが、状況が状況なのだよ」

 そういうと腰を椅子から浮かした男は窓の側に立って窓の外を見渡した。

男の名はリヒャルト・フォン・メルダース大佐。

この潜水艦隊司令である。年の頃はパトリックスよりも若いが4,5歳しか変わらない、しかし、若くして一軍団の司令官にまで上り詰めたその実力は、誰もが認めている。

 開戦当初のあらゆる艦隊戦において、彼が参謀を務めた艦隊は圧勝を重ねていたのだ、それゆえに彼は宇宙軍においても重宝されていたが、宇宙の情勢が落ち着いた先頃、情勢が最も不安定な海軍に配属されたのである。

 これほどの人物を宇宙軍が手放すのは信じがたいことだが、連邦軍には貴重な人材を後方においておくほど人的余裕などなく、使える人材は適材適所の部署に配属される。

 そんなメルダースへのパトリックス達の部下からの評価は、冷静沈着、部下に対しては無理難題を極力押し付けない指揮官、であった。

「今、我が軍団は敵の反攻作戦に備えての迎撃と、逆侵攻のために戦力を集結中なのだよ、近頃スペインに残る統合軍と、イギリスにいる統合軍との交信が活発化しておってね、なんらかの動きが近々あると思われる。・・・・・・・・情報部の方もいろいろと探りを入れてはいるようだが、いまだ敵の真意は不明だ。・・・・・・ただ分かっているのは、北米の統合軍基地からかなりの規模の船団と、航空機部隊が発進したそうだ。なんでもそのなかには統合の水中型SAらしき部隊も確認されたらしい・・・・・・・そこでだ、諸君らパールモアの次の任務は、敵の船団の追尾、及び敵水中型SAの確認、撃破または捕獲だ。すでにマザーグースの艦長には私から支援要請を出しておいた、出撃は補給・修理が完了次第だ。・・・・・・急な任務ですまないが、優秀な手駒を持て余すほど我が軍は余裕がないのでね」

 そういってパトリックスの方を見たメルダースの表情は疲労感が漂っていた。さすがにわずかな日数の間に数倍に膨れ上がった基地の事務作業は心身共に疲れるのもであったようである。パトリックスとシュタインスはそんな上官のことを悲痛なまなざしで見ていた。二人は確かにメルダースと同じ指揮官、という役職ではあるが、責任の大きさがまったく比べ物にならない物を改めて痛感した。パトリックスが命を預かる将兵の数は200足らず、メルダースの預かる将兵は今となっては5万人を越える。さらに基地施設の管理などの他の業務を考えると、とてもパトリックスの比ではない。

 パトリックスとシュタインスは作戦指令書を渡されると作戦室を退出し、将校用の兵舎に向けて歩き出した。途中でシュタインスは整備班と補給班へ出向き、パトリックスとは別れることになった。1人になったパトリックスが来た道を戻るために埠頭を歩いていると、後ろからジープがクラクションを鳴らしながら近づいてきて、パトリックスのとなりにジープをつけた。

 ジープにはこの寒い中、特に防寒具らしい物もつけずに、洗われたばかりのような綺麗な軍服を身にまとった青年将校がいた。

「中佐!、ここにいらっしゃいましたか、探しましたよ」

ジープの運転席から大声で叫んだのはファウルス・ミラー少佐。若干二十歳の若い士官である彼は、連邦海軍北大西洋艦隊SA部隊のエースパイロットであった。先日、パールモアが敵フリゲート艦と戦闘を行ったときも、彼の指揮するSA部隊が陽動攻撃を仕掛け、敵を撃破するに至ったのである。

「お、ミラー少佐か、君にお礼を言わねばと思っていたところだったんだよ、先日の戦闘のね」

 パトリックスは自分の方が上官であることを忘れているかのように丁寧にミラー少佐に握手と礼をのべた。ミラーはそんなパトリックスを見ながら自分がこの人の下で戦えることを誇りに思った。

「いえ。自分たちの任務は味方部隊の護衛と攻撃支援ですから・・・・・・そんな礼をいわれることでもありません。・・・・・・・・・・・・・・そうだ、中佐殿。先ほど師団本部から連絡がありまして、本日付けで我が隊は中佐の指揮下に入ります。なお、中佐の艦であるパールモアにはすでに我が隊のSAが入り込めるように格納庫及び垂直ミサイル発射管などの改造が行われております」

ミラーの言葉に一瞬パトリックスはびっくりとしたが、すぐに先ほどメルダースから渡された作戦指令書に目を落とすと、一項目目にそれはかかれていた、

作戦指令書:

第44遊撃潜水艦「パールモア」は本日をもって、独立遊撃機動艦隊第01戦闘艦に任命。なお着任に際して、貴艦「パールモア」はSA搭載能力及び、独立戦隊として活動するために必要な機材、設備を増加するためにドッグへ入港。改修及び補給が済み次第作戦行動へと移る

任務辞令:

貴艦の任務は独立遊撃戦隊としての行動力を示し、北海及びイギリス・スペイン地方に対する統合軍補給線の断絶及び、統合軍基地への無条件の破壊活動を任命する。

新規戦力:

第1044SA部隊:第1045SA部隊・・・・・計八機の水中型SAを搭載。ならびに長距離型垂直ミサイル24発を新規に装備。なお、今後の作戦においてパールモアは最優先の支援と補給、作戦最終決定権を与える。

 

パトリックスが書類に目を通していると、横で眺めていたミラーが口を開いた。

「・・・・中佐?それで・・・・・・我々が指揮下にはいると言うことで、いろいろと相談したいことがありまして、これからご一緒しても?」

ミラーの言葉に我に返ったパトリックスは、ミラーの顔を見たまま、黙ったままだった。

長い沈黙に耐えかねて、ミラーが口を開こうとしたとき、パトリックスは

「大佐も人が悪くなったもんだ・・・・・・・・・・・」

と、ぼやくように言った。ミラーは横でその言葉の意味がよくわからないでいた。

 北風が吹く中、ルアーブル基地は夕日に照らされながら次第に暗闇に閉ざされていく、港の至る所にある蛍光灯が一斉につきはじめ、ルアーブル基地は暗闇の中のさながら輝く宝石となっていった。

 

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