中編

統合軍輸送艦隊旗艦・・強襲陽陸母艦「ベローウッド」

 

「全艦、対潜警戒を怠るな、各駆逐艦は周辺警戒及び対空レーダーに注意せよ。空母艦載機はいつでも出られるようにと、各艦に伝えろ」

 この艦隊を統率するロドリゲス・ファルス中将は、この作戦にかかっている運命の責任の大きさを実感していた。

 なにせ太平洋艦隊を総動員しての作戦である。失敗は許されない。もし失敗すれば残存欧州方面軍は枯渇し、降伏を余儀なくされ、無事に済むはずのない艦隊の欠如は、統合軍本部のある北米を危険にさらすこととなる、まさに今後の戦局を左右しかねない作戦を任されているのだ。

 ロドリゲス中将は優秀な軍歴と実戦経験を持つたたき上げの指揮官ではあるが、その不安は計り知れないものがあった。得てしてこういう場合、絶対的に守らなければならないものがある方が不利なのであることは当然である。艦隊の全将兵たちはいつ襲撃してくるか分からない敵の攻撃に備えて、出向から3日、ほとんど眠らずの厳戒態勢をとっている。目に見えない海の中からの攻撃ほど、神経をすり減らす恐怖はないだろう。それでも彼等の心には、この作戦の重要性を意識し、何人にも消すことのできない闘志が宿っていた。しかし、あと目標地点であるイギリス本国までわずかな距離である、兵士達の中にも安堵感が漂いだしていた。

 しかし、一般兵士達がそんな安堵感に包まれている中、ロドリゲスを始めとする艦隊幕僚達はあまりにも静かな作戦の進行に、かえって不安を増大させていた、これだけの作戦行動をとっているというのに、まったくと言っていいほど連邦軍の攻撃はないのである。楽観的に見ればこの戦力におそれをなして攻撃をしてきていないと思えるが、連邦軍にとってこれだけの補給物資が最前線届くことは自軍の崩壊を意味するはずである、多少のリスクは乗り越えて攻撃してくるはずなのが戦略的に言ってただしい。しかし連邦軍の攻撃はない。しかもあとわずかで味方の制空権にはいる、そうなれば攻撃のチャンスはますますなくなってくる。

 だからロドリゲスたち艦隊幕僚陣はこの瞬間こそが敵の攻撃があると睨んでいたのだ。すでに味方艦隊の護衛機のほとんどを上げ、対潜警戒を強化し、さらにイギリス本国からは増援の航空部隊が駆けつけてきている。完璧をきした布陣をもって対応していた。

 しかし攻撃は依然としてない、これにはさすがに幕僚達のなかにも安堵感が漂いだした。

 攻撃はない、連邦軍は我が軍におそれをなしたのだ!我々の反抗はここからだ!!などと、停滞していた士気が高揚のきざしを見せ始めたまさにその時、護衛をするために輪陣陣形をとっていた駆逐艦をはじめ、護衛艦数隻が突然、爆発、炎上、轟沈しはじめたのである。

 ベローウッドの艦橋で副官からコーヒーをわたされ、一息つこうとしていたロドリゲスは突然襲った震動にコーヒーカップを落とし、キャプテンシートからほおりだされた。

「何事だ!!?」

と叫んだつもりでいたが、その声は大気を震えさせる激しい爆音と、乗組員達の悲鳴によってかき消された。艦橋にいた多くの幕僚達は何が起こったかを瞬時に理解することはできず、全員床に投げ出されて苦痛の声を上げていた。

 そして、次の瞬間、ロドリゲスをはじめ、艦隊幕僚達のいたベローウッドの艦橋は艦底から吹き上げてきた爆発によって、跡形もなくこの世から消え去った。

 

連邦軍海戦部隊・ミラー隊

 

「攻撃を集中させるな!各個に散開して撹乱戦法をとるんだ!」

ミラーは自機を嵐のような弾幕から回避させながら部下達へ的確な指示を下していく。その間にも、彼の周りの海水は銃撃によってはじけている。 統合軍の護衛艦隊は、突然現れたミラー隊によって混乱していた。ミラー達による海流に乗った無音接近はまさに大成功であったのだ。

 絶対の自信をもって艦隊を護衛していた駆逐艦群の輪をくぐり抜け、艦隊旗艦を最初に沈めたことは、統合軍の指揮系統に大打撃を与えた。これによって各艦は独自に迎撃態勢をとることとなり、効果的な迎撃をとることができなくなったのだ。最新鋭装備の駆逐艦をもってしても、それを統括する指揮官がいなければ、その優秀さは十分に発揮されることはない。そして上空を警戒していた航空隊も、味方の混乱した迎撃のため、高度を下げることができず、攻撃ができないまま上空を旋回しているだけであった。

 ミラー隊は旗艦を撃破したあと、手当たり次第に、近くを航行していた艦への攻撃を始めた。統合軍は中央に空母や戦艦などの大型艦が集中していたため、回避行動も満足にとれない艦は、なすすべもなく次々と損傷していく。ミラー隊の今回の任務は味方SA部隊が輸送船団を撃沈するまでの間、彼等を支援するために護衛艦隊を相手にすることであった。

 ようやく統合軍が指揮系統を回復し、迎撃は効果的なものへと推移しだしたその時、上空からミサイル群が統合艦隊に襲いかかった。

それはパールモアをはじめ、周辺に展開していた連邦軍潜水艦隊から発射された巡航ミサイルであった、統合艦隊は水面下にいるミラー隊への注意を最優先としていたため、上空警戒に当たっていた艦の数は少なかったのだ。すぐさま上空警戒をしていた艦から迎撃ミサイルが打ち出されたが、その数を遙かに上回る量で降り注いでくる。

巡航ミサイルが艦隊を次々と貫く。巡洋艦が艦橋に直撃を喰らい航行不能に陥り、駆逐艦が弾薬庫に直撃し一瞬にして爆散する。空母は甲板に大きな穴を開け、空母としての機能を失う。艦隊は空と海中からの挟撃にあい、おびただしい損害を被りだしていた。

 脱出を図り艦艇同士の距離を開けようと離れあうと、ミラー隊に遅れて戦場に到着していた他のSA部隊の攻撃に合い、統合艦隊は身動きがとれなくなりつつあった。それでも戦闘行動の可能な艦は、必死の操艦と迎撃行動により体勢を立て直していった。

 この辺は兵士練度の高い海軍こそであった。兵士達の士気の低く、練度もいまいちな陸軍であったならば、最初の奇襲攻撃ですでに敗走を開始し始め、挟撃にあった時点で降伏か全滅していたであろう。それほど開戦当時の統合軍の軍ごとにおける各差は激しかった。迎撃に回った艦はようやくその高性能な迎撃システムを効果的に展開させ、今までのような一方的な戦闘をとどめることに成功した。イージスシステムを備えた艦がレーダーと対空システムによりミサイルの迎撃にあたり、対潜ヘリや対潜武装を備えた駆逐艦などが海中に潜むミラー達SA部隊を攻撃しだした。猛攻に耐え抜いた統合艦隊は損傷した艦を援護しながら獅子奮迅の戦いを見せた。

 連邦軍によるミサイル攻撃が終わった頃、ミラー隊を始めとするSA部隊も引き上げていた。嵐のような攻撃と惨劇が終わった北大西洋の海上には、傷つき、それまでの自信と栄光、そして、多くの戦友を失った統合艦隊が夕日に染まっていた。

 

 

連邦軍攻撃型潜水母艦・パールモア

 

「・・・・・・こちらミラー小隊、着艦を許可願いたい。」

「こちらパールモア、着艦を許可します。第3ブロックベイを解放します。進入速度プラス0.3、ガイドビーコン射出します。・・・・・・・・・・・・・ミラー少佐、お見事です」

「いや、それほどでもな・・・・・・・それで確認できた戦果は?」

「それが・・・・・・・・・・敵の護衛艦隊には甚大なる被害を与えることに成功しましたが・・・・・・・・我々が攻撃をした艦隊は敵の輸送部隊本隊ではなかったのです。」

「なんだと!!?、どういうことだ軍曹!!説明しろ!!」

「・・・・・・敵の艦隊は護衛艦隊の大部分をおとりとして、我々の目を欺いたようです。完全に裏をつかれました、おそらく敵の輸送部隊はすでに統合軍と合流を果たしていると思われます。」

「・・・・・・なんということだ、それでは我々は何のために戦ったというのだ!?なんのために・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・あ、」

「少佐、とりあえず着艦したまえ、詳しい状況説明はそれから私から伝えよう。」

「パトリックス艦長??・・・・・・・・・・・・・・・了解・・・・・・・しました。・・・・・・・・・・これより着艦します」

ミラーは押し黙るように素直に命令に従った、しかし彼の頭の中にはその信じがたい事実と、絶望感がいつまでも漂っていた。

 

 ミラーは自機を素早く収納させると、整備員への機体報告もせずにパイロットスーツのまま艦長室へと向かった。そして艦長室のドアの前まで来ると、すぐにでもそのドアを開けたい衝動を抑えて、一応の礼儀を行い、入室した。

「ファウルス・ミラー少佐、ただいま帰還いたしました。・・・・・そしてご説明をお願いいたします!!!」

ミラーは力強く、怒りと不満をあらわにしてパトリックスに向かって敬礼をした。

「・・・・・・・まず、ごくろうだった。諸君らの働きで敵艦隊に甚大な被害を与えることに成功した。・・・・・・・・・・・・しかし・・・・・・・・・・・・敵の輸送部隊は存在しなかった。我が方のSA部隊は周辺海域をくまなく捜索したが、ついに見つけることができなかったのだよ。・・・・・・・・・・・・そしてつい先ほど、衛星回線を通して情報部から送られてきた映像には・・・・・・・・・・・・・・・・・・敵輸送部隊のイギリス及びスペインへの上陸が確認された。・・・・・・・・・・・・現在予備部隊がこれを攻撃中ではあるが、話にならん。5000隻の艦船に対して攻撃を加えることができる部隊がわずか2個戦隊ではな。空軍もすぐさま爆撃機部隊を発進させたそうだが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そういったパトリックスの顔は明らかに失意の感情が満ちていた。

 それもそうである。本来ならこの輸送部隊を撃滅することによって欧州残存統合軍の補給を絶ち、欧州を完全制圧できるはずだったのである。情報部のミスともいえるが、作戦を指揮していたパトリックスには、おそらく軍事裁判か左遷の運命が待っているだろう。それは艦隊指揮官として責任を足らざるを得ないことではあったが、今回の作戦自体がかなりの無理を含んでいたことを考えると、気の毒な話であった。

 ミラーはパトリックスの顔を見てこれ以上の追求は無理だと悟り、彼の部屋をあとにした。

 彼は自室へ帰る途中、幾度も壁を殴りつけた。何処へにもぶつけることのできない怒りと、悲しみ、そして将来のことを考えると殴りつけることしかできなかったのだった。

 ミラーがうなだれて通路を歩いていると、向かいの通路から彼の部下であるマードック少尉が歩いてきた。彼は今回の作戦で初めてミラーの部下として配属され、地上での初陣を飾ったのである。士官学校を卒業したての彼の技能はずば抜けて優れているとは言いがたかったが、天性の素質とでも言うべきか、実に才能に恵まれていた。宇宙での戦闘では被弾はおろか傷ひとつつけずに帰還してきたことさえあるという。そういった実績を持つ若者でありながら、それを鼻にかけることもせず、上にも下にも規律正しい良い軍人であった。

 マードックはミラーの姿を確認するなりきれいな敬礼をし、うなだれている上官の顔をうかがっていた。

「少佐・・・・・・・作戦は失敗だったようですね。残念ではありますが、これで戦いが終わったわけではないのですから、そんなに気を落とさないでください。自分を含め少佐の部下は誰1人怪我を負っておりませんし、艦隊も無事でした。今回は敵の海上戦力を一掃できたのだけでも成功としておきましょう。」

マードックは本心からミラーのことを思ってそういったが、ミラーは新米少尉に慰めれる自分を情けなく思い、突然自分の頬に拳を打ち込んだ。

「っ・・・・・・・・・・・・・・・。マードック・・・・・・・・・・・・・・ありがとよ。隊長である俺がこれではいかんな。すまない。」

ミラーは自らの拳で目を覚ましたようで、いつもの自分を取り戻した。そんなミラーを見てマードックは一安心した。

自分が最も尊敬する男が立ち直ったことによって、自分の抱いていた不安なども一気に消し飛んだように思えたからであった。ミラーが通路を再び毅然とした態度で進んでいくのを彼は後を追うようについていった。

「あ、それと少佐。敵の輸送部隊が無傷でたどり着くことはありません。」

何か重大なことを思い出したような口調でマードックは突然後ろから声をかけた。ミラーは妙に自信があるマードックの言葉に少し立ち止まって彼の顔を見た、そしてマードックは先ほどの軍人とは思えないような無邪気な顔でいった。

「自分の同期の奴が現在攻撃中の部隊にいるんです。軍人としてはその・・・・少々問題がある奴ではあると思いますが、腕は確かです。自分は士官学校時代に彼に一度も勝てませんでしたから。」

マードックほどのパイロットでも勝てないような男。その話は十分にミラーにその男に対する興味を持たせた。

「・・・・・・・・・・ほう、お前がね。それで、その同期生のパイロット君の名前は??」

ミラーは一本の明るいきざしが見えたように思えて、生き生きとした顔でマードックに聞いた。

「ええ、そいつの名前は、・・・・・・・・・・・・・・オグマ・シーベルトといいます」

 

前へ 次へ