カンボジアの女性ガイド・リカさん(2)
2016年1月22日
リカさんとのメールのやりとりの続きです。
08.12.24
リカさんへ
お元気ですか。クリスマスイブを楽しんでいらっしゃるかな、
と思っています。
旅行会社のホームページをみると、「アンコールワットの初
日の出を見よう!」などの企画があり、あの時見た美しい日の
出を思い出しています。
いま、円高傾向が続いていて年末年始の海外旅行は、近場
のアジア方面のほか、大幅な円高ウォン安となっている韓国
に人気が集まっているようです。
でも一方では、あのトヨタが来期2500億円の赤字の予想が
発表されるなど不況が深刻になりつつあり、職を失う人が増
えているというニュースがしきりに報じられています。
来年は良い年になるようにと思っています。
では、ではリカさんもよいお年をお迎えください。
09.01.01
09年 明けましておめでとうございます。
お元気ですか。忙しい日々かと思っています。
今年もリカさんとカンボジアに良い年になりますように。
上の返信
コンニチハ! お久しぶりですが お元気ですか?2009年、
明けまして オメデトウございます。今年も よい年 で あり
ますように、、、今年も よろしくお願いします。
リカより。
3月下旬受信
日本の津波が悲しい
あなたの家はどこ?無事ですか?
good luck,good health.
上の返信
私の家は日本のほぼ真ん中にあるので地震や原子力発電
所の事故の影響はありません。安心してください。
この前の私のカンボジア旅行の最後にあなたは「日本の会
社がカンボジアにもっと進出してほしい」と言いましたね。
調べてみると最近増えているようです。
勉強家のリカさんは知っているかも知れませんが、
次のメールではもう少し詳しく説明します。
お楽しみに。
oodluck!
5/17送信
リカさん、こんにちは。
日本の会社のカンボジアへの進出のニュースを送ります。
2011年5月6日の 日々産業新聞 の記事です。
「カンボジア進出相次ぐ、日本企業の投資先に急浮上」
カンボジアが日本企業の投資先として急浮上している。日本
貿易振興機構(JETRO)によると
日本企業の総数は2011年に前年比50%増の75社程度に
増える見通し。同国で過去最大級の投資ブームとなる可能性
が出てきた。
プノンペン経済特区にヤマハ発動機は工場用地を確保。住
友電装も自動車向けワイヤハーネス工場を建設する計画があ
る。ミネベアは年内にも50億円を投じて自社工場を整備する。
コッコン経済特区に矢崎総業が進出する方向。テレビ用部品
などを供給する日本メーカーも進出を検討中。
パナソニックや双日は駐在員事務所を開設した。
昨年から11年1〜3期に、縫製加工や皮革製造、製靴、古本
再生といった労働集約的な中小メーカーの進出も加速した。
詳しいことは
http://hibisangyou.blogspot.com/2011/05/blog-post_6113.html
をご覧ください。
一日も早く、たくさんの企業が進出するといいですね。
4/18着信
.
日本語を使うことができる仕事を見つける私に重要なニュース
をありがとう。
私はできればガイドの仕事を他の仕事に変えたいのです。
私は(プノンペンでなく)シェムリアップで働きたいので詳しくは
自分で調べます。
今、アンコールワットにくる日本のお客さんはほとんどいなく
て私の仕事もありません。
○○さんの仕事は大丈夫ですか。津波の影響などはありませ
んか。またメールします。グッドラック。
カンボジアの女性ガイド・リカさん(3)に続く
カンボジアの女性ガイド・リカさん(1)
2016年1月13日
今は使っていないパソコンに、08年にカンボジア旅行したとき
の現地の女性ガイドと帰国後メールでやりとりした記録が残して
ありました。
その女性ガイドは、日本語が堪能な美人でリカという名前の、
20代後半〜30代ながら未婚とのこと。
カンボジアを旅行して、そんな彼女を初め、人々は貧しくも懸
命に生きており、また、生活の向上や国の発展のために日本へ
の期待が大きいことが感じられました。
以下はその女性ガイドとのしばらく続いたメールのやりとりです
08/10/29発信
8月26-27日にガイドしていただいた日本人の○○です。覚え
ていますか?
その節は親切にしていただいてありがとうございました。
リカさんは歴史や文化などを大変よく勉強されていることに
感心ました。おかげさまで楽しい旅行でした。
シェムリアップではアンコールワットの遺跡群の大きさや精密
な彫刻、それに荘厳な朝焼けに感動しました。
また、小さな子どもや水上生活者を見てあまりの貧しさに気の
毒にも思いました。
でも、あなたは言いましたね、「かつての戦後の日本人がそうで
あったように、誰も今の境遇を嘆いてはいない。将来が少しでもよ
くなることを信じて懸命に生きている。同情はいらない」と。
あなたのような若い人がそのように言い切ることに感心しました
日本は地雷の除去や遺跡の修復のお手伝いのほかにも、早
くたくさんの企業が進出するよう、私も願っています。お国は近い
将来きっと発展することでしょう。
ところで、私のホームぺージのURLは、
http://shozan.la.coocan.jp/index.htmです。
できましたら、エンプレスホテルの日本人スタッフの田中さんにも
お伝えいただけませんか。
空港で差し上げたストラップの梟(フクロウ)は、幸せを招くと言
われています。リカさんとカンボジアに幸せが訪れますように・・・
旅行中に写したリカさんの写真を送ります。
またいつの日にかお会いできるといいですね。
ではさようなら。
08.11.13受信
こんにちは!メールと 写真 を 送って下さって ありがとうご
ざいます。最近の私の仕事は 忙しくなります。おかけ様で 私は
元気で やっています。私は 自分の写真 を 見たくなるよりも
あなた達の 写真を 見たいのです。もし、写真があれば 送っ
てください。待ちます。では、 暇だったら メール などを送ってく
ださい。お元気で、、、、、、 CAMBODAI のガイド リカ より
08.11.15返信
メールをソースダイ!(ありがとう)。
お忙しいようですね。健康に気をつけて頑張ってくださいね。
旅行中の 私達の写真を送ります。見てください。
日本のTVでカンボジアのことが放送されると、いつも見ていま
す。リアさんの国が発展するように応援しています。
では、またメールします。
08/11/29受信
私はおかけ様で 元気で 仕事しています。こんにちは!お久
しぶりですが お元気ですか?
ホームページをみました。写真は皆、可愛いのです。
皆様のことも empress hotel に いる日本人の田中さんに
伝えました。ありがとうと言いました。今、日本 はだんだん 寒く
なりますので 体にも お気をつけください。そして、他の皆様に
も よろしくお願いします。では、お元気で、、、
、
08/11/29発信
リカさん、メールをありがとう。
私のホームページを見ていただいてありがとう。
木のクルマは私が、布の袋と陶器は妻が作っています。
「ブログ昭山」も覗いてみてくださいね。「日本への期待」のところ
にリアさんのことも少し書きました。(注:これはその後消滅)
empress hotel の田中さんへ連絡していただいて、ありがとう
その後一回メールがきました。
これからは乾季になって、日本人の観光客が増えていそがしく
なると思いますが、健康に気をつけてください。
ではまたね。
「カンボジアの女性ガイド・リカさん(2)」に続く。
シミュレーション
2015年12月7日
simulation(模擬実験)の日本語での記述はシミュレ
ーションが近いと思います。
しかしながら、シュミレーションという言い方や記述が
よくあり、ネットによれば「すでに市民権を得ている」と
いう人もいます。
私は「言葉警察」がシュミではありませんが、
シュミレーションというのはどうも生理的に受け付けな
いのです。
まあ、百歩譲ったとしても、ひとつの文章、記事の中に
混在するのは文章作法の面でどうかと思います。
JAバンクのホームページに「借りる」というコーナ
ーがあり、マネーシミュレーションができます。
自分がマイカーローンなどで、いくら借りると何年ロー
ンでは毎月いくらの返済になるかが瞬時に分かるようにな
っています。
ところが、説明文の中にシュミレーションとシミュレ
ーションが混在しており、全50個以上のうち、大半がシミ
ュレーションですが少なくとも3個がシュミレーションにな
っています。
こういう場合、私は面白半分で指摘し反応をを楽しむ
ことにしています。
で、早速「不統一は恥ずかしいので正しい方に統一した
らどうか」とメールしました。
一週間ほどで返信がありました。
昭山様
こんにちは。
メールをいただきましてありがとうございました。
JAあいち△△ 組合員交流課の○○と申します。
ご連絡いただいた件ですが、ご指摘ありがとうございま
した。順次、整理していきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
その後、ホームページをチェックしていると半月ほ
どで統一されました。
さすが天下のJAバンク、キチンとした対応です。
しかも、私好みのシミュレーションになっています。
先日そのJAバンクから、年金受け取りをJAバンクに
している人の中から抽籤で米や肉などのの賞品が当たる、
というキャンペーンに当籤したという連絡がありました。
当籤は上の指摘とはもちろん無関係ですが、そういう
わけで私の中ではJAの株はアップしているのであります
。
浴室のリフォームで・・・
2015年9月6日
最近、同年代の友人から家を建て替えるという話を聞き
ました。
私の家(本宅)も古いので、何だか焦りの気持ちが沸き
ましたが、情けなくも当方には建て替える資金が少し(い
や、かなり)足りません。
しかし、友人の話がキッカケとなり、いくつかの部分を
リフォームすることを決心し、まず浴室をユニットバスに
改修することにしました。
途中、少しばかり問題があったので、以下、時系列に書き
ます。
業者を決めるために、まず、風呂を含む生活ガスを利用
しているガス会社に紹介してもらい、相見積もりとして、
地元の生協と提携している業者を選んだ。
業者の担当者との打ち合わせの段階では、両方とも、
「古い木造の家屋の水周りの部分は、たいてい、柱などが
腐食している。浴室を分解してからリフォーム工事見積も
りとは別途に施主と業者が相談の上、改修方法、追加料金
等を決定する」ことになった。
後の方の業者は「傷んだ部分を見た以上はそのままにはで
きない」とまで言っていた。そんなことは職人の良心が許さ
ないと。
見積価格は両方大差なく、エコポイント(数万円分)が
つく、つかないの違いでガス会社紹介の業者に決定した。
浴室を壊してみるとやはり、浴室入り口の柱の根元部分
がかなり腐食しており、基礎コンクリートとは一点で支え
ている状態であった。(写真@ 左奥の柱)
ところが、この部分の改修について業者から何らの相談
もなく工事は完成してしまった。
完成後に業者に「柱はどのようにしたのか」と確認すると
「十分に強度はあるので、補修はしなかった」とのこと。
話が違うがいまさらどうにもできない。
どうも気になるので、思い切って脱衣場側の床を破って
柱の根元を見ることにした。やはり、いかにも危なっかし
い。(写真A:左側の金具は設置したバスの受け台)
これでは「強度は十分」とは思えないので、この際、少
しは腕に覚えのDIYでやることにした。
床下にもぐって、柱を支えながら腐食した部分を切り取
って端材を 継ぎ足した。
(写真B:白いのはコーキング剤。金具での補強前)
これで一応安心だが、業者が相談してくれたら補修を依
頼するつもりだったので、もっとキチンとできたと思う。
それにしても、これだけ腐食している部分をそのままに
してフタをしてしまうというこの業者の職人魂の無さにあ
きれる。
紹介してくれたガス会社もここまでは管理できないだろ
うと思うものの、業者にもガス会社にも釈然としない思い
が残る。
どうも気分が治まらないのでガス会社に「これはやはり
問題がある。もっとしっかり管理するように」とメールし
て少しウサを晴らした。リアクションはいまのところ、な
い。
というのが経過ですが、ともあれ、新しいユニットバス
での入浴は快適であります。
I came from Syria
2015年2月12日
昨年の10月にトルコを旅行しました。
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イスタンブールで観光バスを降りたとき、小学生くらい
の多くの子供たちが物乞いに群がってきたので、私は
「え、トルコなのに?、トルコ政府の福祉、教育は遅れている
じゃないか」とそのときは驚きました。
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一人の男の子が手を出しながら「I came from Syria」
(僕はシリアから来た、だから金をくれ)と近づいてきました。
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私は「隣国シリアから家族で移住してきて、生活がまだ安定して
いないのだな」くらいにしか思わず、子供の不幸は人一倍可哀
想に思う方ですが、何もやりませんでした。
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しかし昨今、イスラム教徒の過激集団「イスラム国」
がシリア、イランの一部を収奪し、そこの住民への圧政
や残虐に人質を殺害するというニュースが世界中を駆け
巡っています。
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イスタンブールの男の子はそいうシリアから命からが
ら逃げてきたのかもしれないと今になって思います。
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旅は帰ってからもそういうことに気づかせてくれます。
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「イスラム国」は、人質にした日本人ジャーナリスト
ら二人の首を切り、今後も日本人を拉致し人質ビジネス
の対象とする、と宣言しています。
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ここ暫くは、あの辺り(トルコも)への旅行はもちろ
ん行ってはいけないし、仕事のご主人に付いていって
いる女性、子供は早く帰国させるべきです。
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そして「イスラム国」殲滅のために日本は有志国に協
力しなければならない、と旅の経験がその緊迫性を実感
させています。
貸切りと国債
2014年6月25日
以前にこのブログで、一人称で表現する場合「バスを貸切
って旅行した」という言い方は間違いで、ここは「バスを借
り切って旅行した」と言わなくてはならないの旨を書いたこ
とがあります。
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椎名誠の本「あるく魚とわらう風」(集英社)には、
「貸切りの店は果てしなく翌朝まで借り切ってあるというの
で酒盛りは・・・(略)」
ときちんと書いてありました。
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しかし最近、ネットの記事で、
しからばあなたは、相撲で「(自分が)寄り切りで負けた
」という表現はダメで、いちいち「寄り切られて負けた」と
言わないといけないのか、
という意見があり、少し考えさせられました。
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ところで、「国債発行高が一千兆円を超え国民一人当たり
800万円の借金になる」とNHKが言うのは間違っている」と
武田邦彦(中部大教授)がブログで書いています。
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日本政府」は、国民から主として国債(国の借金証書)を
発行して、約1000兆円を借りている。この国債、95%ぐらい
は日本人が買っている。だから日本政府は国民に対して1000
兆円の借金をしていることになる。
これを国民の方から見ると、国民一人あたり日本政府に対
して約800万円を貸しているということだから、お金に困った
ら日本政府に「貸したお金を返してくれ」といえば800万円が
返ってくる。
つまり、国債は国民の方から見ると明らかに「借金」ではな
く「貯金、債券、資産」と呼ぶべきものである
だからして、「国民一人あたり800万円の借金」というのは正
反対の間違った言い方である。
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なるほど、なるほど。
とはいうものの、私個人は国に対して800万円の債権がある
ことにはならないので、せめて「800万円の借金がある」など
と杞憂しないとともに、やっぱり「貸切って旅行する」など
とバカな言い方をしないようにしようと思うのです。
陛下とパチスロ
2014年5月29日
私は趣味で小屋を作っていますが、仕事(作業)のミスがよくあ
り、「シマッタ!、やり直し」ということや思い通りにできあがらな
いことがよくあります。
そこで、集中力を高め、ミスを少なくし工程全体を見渡す能力をつ
ける必要があると思い、それには将棋がよいのではないかと、ネッ
トの将棋ゲームを始めてみました。
今のところ、将棋は初心者レベルから少しは上達しましたが、作
業ミスは簡単にはなくなりません。
先日テレビで、今上 天皇の狭心症冠動脈バイパス手術を執刀し
た順天堂大学の天野篤医師が、
「心臓のバイパス手術っていうのを、オフポンプ手術って言って
、心臓を止めないで手術するんですよ。
2mmくらいの血管の動くタイミングに合わせて縫うんです。
それをまばたきして合わせてたんですけど、まばたきして
合わせるっていうのは、パチスロ(*)の目押しってのも最初そ
れでやるんですよね。パチスロの目押しの技術が手術と通じて
いるんです。
だから私は、今でもパチスロをやって動体視力を鍛えているん
です」
という主旨のことを話されていました。
この話を聞いて、天皇陛下とパチスロが意外なところで繋がり
があることを面白いと思うとともに、私の「仕事のミス防止のた
めに将棋ゲームを始めた」ことと一脈相通ずることに、勝手に
意を強くしたのであります。
* パチスロとは;
俗に,パチンコ店に設置されているスロットマシンのこと。
横に並んだ三つの回胴 (ドラム)を回転させ、
押しボタンで停止させて絵や文字をそろえるゲーム機械。
パチンコ型スロットマシンの 略称。
なみだ顔を
2013年6月28日
私は存外、気が短く人に待たされるのが嫌いな性分で、
このため人を待たせないように気を遣っているつもりです。
また、自分の泣き顔を他人に見られるのは恥ずかしいもの
です。歳を重ねると涙もろくなりますが、私も日々実感して
いたのに最近大失態を演じました。
先日、定期的に薬を貰っている病院へ行き、会計の清算待
ちで待合室でTVを見ていたときのことです。
NHKで「東日本大震災を詠む」という番組をやっていま
した。(内容をはっきりとは覚えていないので、この文を書くに際し
NHKのHPを調べたら解説委員室に載っていました。以下はその抜粋
です)
菊池解説委員が説明しています。
震災が起きた3月11日の日中、釜石は寒く、雪が舞って
いました。津波の犠牲者が増えて行くように、雪は降ってい
たそうです。
しかし、夜になって、避難所となった高校の体育館で生徒
や地域住民のお世話をしていた照井さんが外に出てみると、
空は晴れ渡り満天の星空でした。
これまで見たことのないほど数多くの星が輝いており、そ
の時、照井さんは、この日亡くなった人たちの魂が天に昇っ
て星になったと感じました。そして、輝く星を美しいと思い
ながら、これだけの人たちの命が津波に奪われたのかと、悲
しい、寂しい、辛いという気持ちも一緒になり、ずっと星空
を見上げていたということです。そして詠まれた句です。
春の星 こんなに人が 死んだのか
私は途中から場面を想像して感情移入してしまい、この辺
りでついに涙があふれたそのとき、受付の女性から名前を呼
ばれたのです。
人を待たせないという性分から、すぐ立ち上がり足はその
まま受付に向かって行きました。
しまった、と思った時すでに遅し。受付の若い女性に溢れ
る涙を見られ「大丈夫ですか」と言われてしまいました。
「大丈夫です」と返しながら、恥ずかしくて仕方なくシャツ
の袖で涙を拭きました。
女性は領収書をくれながら、もう一度チラとこちらの顔を
見たような気がしました。
実は以前にも、急に降り出した大雨に遭ってこの病院に駆
け込んだとき、やはり受付の女性に「濡れませんでしたか、
大丈夫ですか」と言われたことがありました。
同じ女性かどうか覚えがありませんが、どうやら「患者は
お客様。親切に・優しく」の従業員教育がしっかりなされて
いる結果のようです。
それはともかく、いい歳をした大の男が、涙いっぱいの顔
を見られるという恥ずかしい思いを二度としないように、こ
れからはこういう時に名前を呼ばれても、慌てて立ち上がら
ないようにしようと反省したのでありました。
お蔦さんのその後
2013年1月14日
故郷を離れている者にとって、故郷のことを表した本や歌
、演劇、ドラマなどに出会うと嬉しいものです。
私の故郷は富山の越中八尾です。
先日読んだ本「ものは言いよう」(平岩弓枝/講談社)で、
そのひとつに出会いました。以下は要旨です。
講演で富山市に出かけた。主催者の秘めた計らいで八尾町
へ昼食に行くことになった。
八尾町は越中八尾、おわら節、風の盆で有名だが、長谷川
伸門下生としてすぐ心に浮かぶのは、先生作「一本刀土俵入
り」のお蔦さんの生まれ故郷ということであった。
車が停まったのは公民館のような建物の前だったが、思わ
ず、ああ、先生、と声が出た。
前庭に横長の石碑があって、そこには、懐かしい長谷川先
生の特徴ある文字が刻まれている。
文面は、和菓子屋の水月堂から「お蔦笠」という菓子を贈
られての礼状だという。
しばらく声も出ないくらい、私は先生の文字に見とれてい
た。ここで先生の書にめぐり合うとは夢にも思っていなかっ
た。
長谷川先生のご指導を得て今の私がある。
どれほど嬉しかったか、どれほど有難かったか、そのとき
の私の胸のなかは、到底、言葉ではいい尽くせない。
私にとって、涙が出るほど嬉しく懐かしいのであった。
この作家の素直な心情に、私までホロリとしました。
「一本刀土俵入り」は、利根川近くの取手で、失意の相撲
取り・駒形茂兵ェに情けをかけたお蔦が、十年後にヤクザに
なっていた茂兵ェに助けられ、故郷八尾へ帰るところで終っ
ています。
石碑にはその後のお蔦の消息と、そして、
お蔦編み笠 背に投げかけて 越中八尾の 風の盆
と書かれているそうです。
次に帰省したら、「お蔦笠」を食べ、この石碑を見てみた
いと思っています。
(クリックで拡大)
無 口
2012年12月11日
若い頃、読んだ本に歳をとるにつれて狷介になる人がいる
と知り、そうはならないようにしよう、と思っていました。
【狷介=けんかい。頑固で自分の信じるところを固く守り、
他人に心を開こうとしないこと。また、そのさま。片意地。
「―な人」】
先日団体旅行をしたとき、見知らぬ同行者の中にだれ彼と
なく、しょっちゅう喋る60歳代の男性がいました。
しかも、言うことがありきたりでどうも気に入らないので、
食事のとき私の隣になり、話しかけたそうにしていたのを無
視していました。
その後に読んだ本、「きみがくれたぼくの星空」(ロレン
ッオ・リカルツィ/河出書房新社)に、若いときは少しはなら
した研究者だったが、脳梗塞で半身麻痺になった主人公(老
人)が、
ぼくはこれまでずっと無口な人生を送ってきた。
真に言うことがなければ何も言うなという黄金律をいつ
だって守ってきた。
(中略)
だから他人には泣き言は言わないし、返事をするときに
はふたことみことで済ませるか、さもなければ何もこたえ
ない。
というくだりがあり、ここは大変気に入りました。
前述の男性の対極です。
また、カヌーイストの野田知佑が「北極圏でエスキモーの
テントに泊まった。お互い何も言わなくても気まずい空気に
ならない。これが好む雰囲気だ」と書いていました。
今、山小屋を建築している所には誰も訪ねてこないので、
一日中一言も口を開かない(作業を失敗して”あっ、しまっ
た”と声を出すのは除きます)のですが、週1、2日のこの
時が私は至福です。
これらのことは、「狷介」とはすこし異なると思っていま
す。
健さんの感性と
2012年9月14日
高倉健主演の映画「あなたへ」を観ました。
亡き妻が残したハガキに従って、富山から長崎へクルマで旅
をし、妻の愛の深さを知るというロードムービーですが、健
さんはナント81歳。観客は若い頃からの健さんファンであっ
たおじ(ぃ)さん、おば(ぁ)さんがほとんどで、映画をみ
るというより健さんを観に来たようです。
6年ぶり、81歳で主役をやるのですからさすが健さんです
が、何かと心づもりをしたようです。
「ふたりへ」を観たあと本屋で「高倉健インタヴューズ」
(野地 秩嘉/ダイヤモンド社)を立ち読みしました。
健さんはこの映画を撮影する際、東日本大地震で被災しな
がらも健気に生きるある男の子の写真を雑誌で見つけ、台本
に貼って時折り眺めては自分自身を奮い立たせていたそうで
す。
私はそこに健さんとのつながりを感じました。
私は11年9月3日付けで「面構え」と題したブログを書
きました。
イタリア週刊誌の記事に、
「日本の震災被災地で撮った被災児童三人の写真。一枚は
二歳にもならない男の子で、放射線測定器を突き付けられて
堂々と両手を挙げている。次の一枚は五・六歳の女の子。ピ
ンクの防寒着に身の回りの物を詰めた袋を肩に、昂然と瓦礫
の間を歩いている。最後の一枚は十歳くらいの少年で、ダブ
ダブのグリーンのジャンパーにピンクの長靴。両手にプラス
ティックの焼酎ボトルに水を詰めて運んでいる。少年は口を
きつく結び、瓦礫の中を注意しながら歩いている。この三枚
の写真に付けられたイタリア人記者のコメントに曰く『面構
えがいい。大丈夫、日本は必ず復興する』」。頑張ろう、子
どもたち。
この雑誌の記事を読んで感じるものがあって、私はブログ
に書き残し、同じ頃、健さんは三人目の男の子の写真を伸ば
し台本に貼って眺めたのです。
昔からの健さんファンとして、あの健さんと感性が一致し
たことを、心ひそかに誇らしく思っています。
ショウコチャンリョウボウ
2012年7月19日
先回の「両忘」で、ダウン症の書家・金澤翔子の書には何
らかの力を感じるので、その力で「何かを予測して不安にな
ったり、過去を悔いたりすることのない境地にしてくれない
ものかと思っている」と書きました。他力本願の気持ちを丸
出しです。
日常の生活で、人との感情のささいな対立があって怒って
みたり、ひとりで作業をしていて自分の過去の言動を思い出
し自責の念に駆られることなどがよくあります。いったんそ
うなるとかなり長い時間とらわれてしまいます。これらがな
くなれば、もっと心安らかなのに、と思っていました。
ある時ふと、「感情を壊してみたり、昔の事を思い出して
自責の念にとらわれても、取り返しがつくわけではない。な
らば一刻も早くその心境からぬけだすにはどうすればよいの
だろう」という風に想いが至りました。
その頃はまだ、金澤翔子の書展を見て「両忘」について知
った直後であったためか、すんなりと「ショウコチャン、リ
ョウボウ(翔子ちゃん、両忘)」という言葉が浮かびまし
た。
それで、感情が乱れたり、不安になったり、自責の念に囚
われたりしたときに、「ショウコチャンリョウボウ、ショウ
コチャンリョウボウ」と心の中でとなえてみたら?、と思い
つきました。やってみると、途端に気持ちを整えることがで
きたのです。
以来、ネガティブな気持ちになったときは、すばやくこれ
を心で言うと、気持ちの安定にかなり効果があるようになり
ました。
もしかすると、仏教のお経や念仏、キリスト教の聖書の言
葉などの狙いもここにあるのかも知れません。
他力本願の気持ちが発端ではありましたが、やはり金澤翔
子の書の力がここに導いてくれたのだろうな、と思っていま
す。
* 2012年7月23日追記
その後、「ショウコチャンリョウボウ」を「ショウザンリ
ョウボウ(昭山両忘)」に変更しました。
この方が、自分として禅僧の修行の末にたどり着く境地に
なれないまでも、平常心を少しでも速く取り戻せるのではな
いかと思ってのことです。
両 忘
2012年6月13日
先日、京都へ行ったときに建仁寺を訪れました。
「金澤翔子展」の看板があり、翌日から開催されることにな
っていました。幸運な事に、すでに準備ができているので
今から見学できるとのことでした。
展示作品の中にこういうのがありました。読めないうえに
意味もわかりません。
ダウン症ながらその力強い書の作品群に打たれ、帰宅後ネ
ットと図書館で資料を漁りました。
以下は母泰子と著した本・「翔子 こころあたたまる50の
言葉」からです。
何度も説明したり、書に書いたりしても、翔子はやはりす
ぐに忘れてしまいます。
ところが以前、建仁寺に伺ったとき、大変偉いお坊様に「翔
子はすぐに忘れてしまうのです」と申し上げたら、「おかあ
さん、それです!」とおっしゃるのです。建仁寺は禅宗なの
ですが、お坊様いわく、禅の境地は「両忘」なのだそうです
。両方を忘れる、つまり過去も未来も、善いも悪いも忘れる
、あるのは今だけ。それが理想的な状態なのだそうですが、
翔子は両忘という、お坊様たちの修行の果てに行き着くとこ
ろの禅の境地を地で行っているのだそうです。
翔子は欲がなく常に無心ですから、その魂にはよけいなも
のがつかずに済んでいます。
何かを予測して不安になったり、過去を悔いたりすることも
ない。いつも、「今だけ」を生きている。
人は、「今だけ」を豊かに生きる翔子みたいに生きたらどん
なにいいでしょう。
実は、本やネットでこの人の作品をいくつも眺めていると
なぜか感動して涙がでます。その力があるのです。
最近は、その力で「何かを予測して不安になったり、過
去を悔いたりすることもない境地」にならないものかと思
っています。
書家・金澤翔子
2012年5月25日
ネットのあるサイトにありました。
お前が無駄に過ごした"今日"は
昨日死んだ誰かが
死ぬほど生きたかった
”明日”なんだ
こういう視点からの真理が新鮮で、しばし時間が止まりまし
た。
余韻が残る翌日、偶然にもある寺で書家・金澤翔子の書展
に行き当たりました。
この人のことは、TVでも放映されたので存在は知って
いました。
生まれついてのダウン症ながら、母泰子の母たる懸命な想
いにより持てる優れた能力を発掘され、今は「天才書家」と
世に言われています。
天才とはいえ、書展での解説文によると、書展に備えて書
を作成している時に足に怪我をして大作を書けなくなり、母
は座って書ける「千字文」を書かせました。当人は毎晩泣き
ながら書き続けたそうです。
(『千字文』(せんじもん)は、中国で子供に漢字を教える
ために用いられた漢文の長詩で、千の異なった文字が使われ
ている)
書展の渾身の筆跡を目の当たりにし、感動しながら寺の門
を出ました。
天才ながら泣いて努力する金澤翔子は、ダウン症の純真さ
ゆえに冒頭の「お前が〜」の視点を持っているのかもしれな
い、と思ったことでした。
陛下と同じ
2012年4月20日
今上天皇が2010年の喜寿(77歳)の会見で、
加齢で耳がやや遠くなり、周囲の人には私に話をするとき
には少し大きな声で話してくれるように頼んでいます。
テレビのニュースなどで、アナウンサーの話していること
は分かるのですが、他の人の会話はかなり字幕に頼ります。
アナウンサーはこんなにも分かりやすく話してくれているの
か、ということを感じています。
と言われました。
私はそれを聞いて、アナウンサーの言葉が聞き取れるのは
プロたる者としての努力をしているためであり、他の人の言
葉は聞き取りにくいのは、例えばタマタマ見たビートたけし
らTVタレントの言葉が明瞭でないと言っておられるのだと
思いました。
タレントは人気者になってしまうと、誰もあなたの言葉は
明瞭でなく聞きにくいと注意しないので、本人も気がつかず
努力をしないのでしょう。
私はタレントも喋りのプロなのだから、このことはケシカ
ランと思っています。
ところで私も最近、人の言葉が聞きづらいことが時々あり
ます。それを注意してくれる人には、寄る年波を憂うのでな
く「天皇陛下と同じだ」と冗談を返すようにしています。
しかし、「周囲の人に私に話をするときには少し大きな声
で話してくれるように頼む」ようなことまではさすがにしま
せん。
平民は相手の話から聞く気を逸らさないように、と陛下は
教えているのかもしれません。
天皇陛下と都知事
2012年4月7日
定年退職後、市の公共施設の受付業務のアルバイトをして
いたとき、来客の40歳前後の女性が、壁に掛かっていた皇室
一家の写真付きのカレンダーを見て「税金で暮らしている人
たちだ」と皇室批判を口にしまた。
私たちの年代は、戦後間もない昭和25年頃に小学校に入学
しているので、それまでとは違って天皇制についてのはっき
りとした教育はありませんでした。それでも皇室に対する敬
愛の念は十分に持っていて、両陛下の映像を見ていて感涙す
ることもあります。
だから、「皇室批判の人はどういう神経をしているのか」
と思うのですが、このときは立場上「そうですか」とだけ言
って口喧嘩はしませんでした。
石原東京都知事(79)が、大震災の19日後に陛下が東京
武道館に避難してきている福島県民を見舞われたときに、
78歳と高齢の陛下に直接、「東北の被災地への見舞いはご子
息(皇太子)を名代とされてはいかがかと、僭越にも建言さ
せていただいた」。陛下は黙って聞いておられたが、お立ち
の際に玄関で見送りの知事につかつかと歩み寄られ、小声で
、しかしはっきりと「東北へは私が自分で行きます」と言
われたそうです。そして何回も実行されました。
このことや、一年後に大震災の犠牲者を追悼する式典に、
心臓の手術直後なのに是が非でも出席するということなどか
ら、私は「陛下は国民のために命を懸ける覚悟をされている
のだ」と思います。
石原都知事も最近になって「新党を結成する」らしいので
すが、それまでは「今の日本をなんとかしなければならない
が、もう歳。ツーレイトだ」と言っていたのです。しかし、
震災への陛下の行動に触発され、「自分も残りの命を懸けよ
う」と考えたのかもしれません。
タイミングよく登場した大阪市長の橋本徹という「平成の
坂本竜馬」とタイアップして、今のテイタラクなわが国を建
て直してほしいと思っています。
ベトナムの韓国嫌い
2012年3月17日
十年ほど前にベトナム旅行をしたとき、胸に「LG」のマ
ークを印刷したTシャツを着ていたら、現地人ガイドがそれ
はやめたほうがいいと言いました。
その時は知らなかったのですが、LGは韓国財閥の電化製品
の海外市場向け商標であったのです。(そんなTシャツを持
っていた経緯は今となっては分かりません。)
なんで?、とガイドに聞くと、ベトナム人は韓国が嫌いだ
からという。重ねて理由を聞くと「とにかくキライなのだ」
という。フーン???と思い、その日はLGマークを汗拭き
タオルで隠しながら観光しました。
先日、TVで従軍慰安婦問題を討論していました。
従軍慰安婦問題とは、日中戦争及び太平洋戦争において、
旧日本軍が戦地の女性を強制連行し慰安婦にしたとして、韓
国側が日本政府に謝罪と賠償を求めている政治問題で、韓国
の反日感情の要因のひとつになっています。真偽のほどは諸
説紛々ですが、私としては「軍部の強制連行などはなかった
」とする説を信じたいのです。
TV討論の中で文芸春秋の記者が韓国側の評論家に対して
「かつてのベトナム戦争で韓国軍は多数のベトナム現地人を
残虐に殺したことは勿論のこと、ベトナムに対して補償はお
ろか謝罪すらしていないことは世界中に知れ渡っている。韓
国は従軍慰安婦のことを声高に言えるザマか」と痛烈に非難
しました。
私はこれを聞いたとき、先のガイドの「ベトナム人は韓国
(人)を嫌っている」理由が分かったのです。
心もとない
2012年3月5日
今乗っているクルマは、もうじき10万キロに達するし燃費
が悪いので、この際乗り換えることにしました。
従来から多少関りのあるホ○ダ店の、若いセールスマンと
やり取りする中で、この会社の管理面の問題がいくつか見え
ました。
その1
セールスマンが「エコ車の政府補助金ニュース」を印刷し
た数枚の資料をくれた。その資料は裏紙を使用しており、初
めの印刷内容はそのディラーの社長が「○○県社長会」で発
表したもののコピーらしく、あるページに全セールスマンの
実名の個別契約状況グラフがあった。
今はどの会社も「個人情報保護法により、お客様の個人情
報が漏洩しないように管理します」と言っているが、これで
は自身の会社員の個人情報を漏洩しているのであり、そんな
会社はどうも信用できないことになる。
後日、セールスマンにその旨を伝えたら、
「えっ!、これは説明用でお客様には渡さないことになって
いるのですが、○○さん(私)には特別にお渡ししてしまっ
たのです」。
クルマを売りたい余りの勇み足だったようだが、問題点は
そのことではない。
さらに後日、
「すでに裏紙に印刷してある資料と、これから印刷に使う予
定の裏紙の印刷内容を点検した?」と確認した。
「しました」とのことだが、どうも個人的にチェックしたら
しく、こういう事故は全社で再発防止対策をしなければなら
ない問題である。
その2
「10万円のエコカー補助金」があるはずの車種に決め、自
宅で購入の詰めをする際にセールスマンに、
「このクルマは補助金対象車だね」と念押しをしたら、会社
に電話で確認したあと
「補助金対象車ではありませんでした」という。
実は、その前にライバルの販売会社にも行っていたので、
「△△社では補助金対象車であるとして、パソコン画面を見
せてくれたぞ」。
再度、会社に電話で確認し「補助金対象車でした」。
「そんな大事なことをなんで間違うのか」
「電話に出た先輩のパソコンデータが間違っていたのです。
データは修正したそうです」
この事故もその場しのぎの処置でなく、全社で根本的な再
発防止対策をしなければならない問題なのである。
どうも心もとないので、以上の二点について店長に言うつ
もりでいます。これからもツキアウ会社には良くなってほし
いからです。
イチャモンの礼儀
2012年2月14日
私はこのブログで、下の12年1月27日付け「重箱のス
ミをつつく」のように他人の仕事のミスをその関係者に指摘
し、その内容を書き綴ってきました。
指摘は、オセッカイな性格のなせる所業ですが、相手は改
善や再発防止のキッカケにするかもしれないという思いもあ
るのです。単なるイチャモンではないつもりですが、実行に
は多少のちゅうちょもあります。
本「ごっくん青空」(椎名誠/文芸春秋社)にこれに類する
例がありました。
著者が宿泊したホテルで、
朝食券が買ってあったので朝飯だ。ホテルが改装中で、近
くのレストランで代替させているらしいのだけれど、紙パッ
クの小さな納豆に焼いたふりをしているけどボイルした水っ
ぽいチビ塩鮭、薄い味噌汁、つめたいぺチャごはん、それに
生タマゴだ。どうすりゃいいんだ。ひと箸で辞めた。
出るときに店の人に「おたくで出しているごはんをみなさ
ん自分で食べてみましたか」と言って出た。
いやみだったかな。でもあの店、客をまったくなめているの
だろうなあ。これはホテルの管理の問題なんだろうな。
後で「いやみだったかな」と言っていますが、私はいやみ
に終わることがないように心掛けています。
つまり、この場合は「ホテルの管理の問題」なので店の人
に言うだけでなく、ホテルの管理者にも言うようにします。
そうすることが指摘の礼儀だと思っています。
椎名誠はこのシリーズ本で、ほかにもいろいろと立腹した
ことを書いており、私のちゅうちょを励ましてくれています
。
重箱のスミをつつく
2012年1月27日
昨日「カ○ーラ愛知」のある販売店から、新型車アクアの
試乗案内のハガキがきました。
一通り読んでみて、クルマのことはともかくとして余りに
記載ミスが多いので、カ○ーラ愛知が気の毒になり、おせっ
かいながら例によって教えてあげることにしました。
この場合は本社へメールしようと思っています。
1. 燃費のところに、「※1」のマークがあるが、書面のどこ
にも別の※1の記載はない。「※」はあるのでそこに1を付け
忘れたようだ。
2. その※のところに、「燃費消費率」と二箇所あるが、こ
れは「燃料消費率」の間違い。クルマ関係者としては大変な
注意不足。
3. 大試乗抽選会のところに、「下記」豪華賞品プレゼント
とあるが、これは「右記」の間違い。
4. その豪華賞品のところに、A賞とD賞の商品名が書いて
なく、全文を読んでやっと何かが分かる。B賞とC賞には書
いてあるので不統一であるし、お客様に不親切。。
5. 大試乗会の開催日の記載はあるが「時間」の記載がない
。催しの案内に「日時」を書くのは常識。
重箱の隅をつつくようだ、というなかれ。このハガキはカ
○ーラ愛知の販売店から何千枚も発行しているはずである
ことを思えば、今後同じことを防止するために教えてあげる
のが親切というものだ、と考えるのです。
意表をつかれる
2012年1月3日
「泣ける話」というのをネットで見つけました。
下の話に、根が単純な私は意表をつかれた思いがしました。
ベトナム戦争から家に帰る前夜、青年兵士は自宅に電話した。
「明日帰るんだけど、他に行くところがない友達を連れて帰
りたいんだ。 家で一緒に住んでもいいかな?」
息子の帰還報告に狂喜した両親は、勿論!と泣きながら答え
た。
「でも、一つだけ言っておきたいことがあるんだ。
彼は地雷を踏んでね、腕と足を失ってしまったんだよ。
でも、僕は彼を家に連れて帰りたいんだ。」
その台詞に、両親は押し黙ってしまった。
「数日ならいいけれど、障害者の世話は大変よ。
家にいる間に、そのお友達が住める所を一緒に探しましょ
う。
あなたにも私たちにも自分達の人生があるのだから、
そのお友達 の世話に一生縛られるなんて無理よ。」
やっとのことで母親がそれだけ言うと、息子は黙って電話を
切った。
翌日、警察から電話があり、青年兵士の両親は
彼がビルの屋上から飛び降りて死んだことを知らされた。
遺体と対面した両親は絶句し、泣き崩れた。
話はここで終わっています。
これを読んで私は「泣けるほどの話か?」と不思議な気持ち
でした。
数日してから気がつきました。
敢えて話の続きを付け加えると、
友達とは息子自身だった・・・・。
謹賀新年2012
2012年1月1日
初春のお慶びを申し上げます。
やまとことば
2011年12月19日
一から十まで数を数えてください。
次に十から一まで下がってみてください。
上がっていくときの四と七はシ、シチと言いましたが、下が
っていくときは無意識でヨンとナナですね。
これは何故でしょうか。
というようなことが本「井上ひさし「日本語教室」(新潮
新書)に書いてあります。
この本によると、
シ、シチは漢語で、ヨン、ナナはやまとことば(大昔に日
本人の祖先が漢語が中国から大量に入ってくる前に基本的に
使っていた言葉)。上がるのはいつも言っているが、下がる
ことはあまりしないので、そこで日本人としての本性が現れ
る。
このように、純粋日本人は無意識に的確に漢語とやまとこ
とばを使い分けている。
のだそうです。
さっそく、私の周りの数人に試してみましたが、どなたも
純粋日本人でした。
(もっとも、そうでない人は下がるときにも漢語のシ、シ
チと言う、とはこの本には書いてありませんけどね。)
井上ひさしの思想には相容れない部分もあるし、上のこと
も真偽は不明ですが、ともかく初めて知った知識で、久しぶ
りにおもしろい本と出会って嬉しがっています。
棺おけの天井
2011年11月24日
たまに泊まる自分の山小屋で朝、目覚めたとき「あれ?、
ここはどこだろう」と思うことが時々あります。
まあ、それも一瞬で、1、2秒後には状況を理解しますが。
椎名誠が本「下駄でカラコロ朝帰り」(毎日新聞社)でお
もしろいことを書いています。
この人は旅が多く、世界のいろんな国でいろんな朝を体験し
「いい朝、良くない朝」を縷々書いた最後に、
「目が覚めると目の前に何か重苦しくふさがるものがある
。闇の中で手さぐりすると、それはどうやら長い箱の天井の
ようだ。どうしてこんなところに寝てしまったのかわからな
い。しばらく記憶をまさぐっているうちに、昨日の午後に意
識を失って倒れてしまったのを思い出した。
そうか、あれが死だったのか、するとこれは棺おけの中な
のか。オーイと呼んでみるが、何の物音もしない。
そんな(精神だけの)目覚めがいつかくるのだろうか。」
この人は私と同年代ですが、死を考えることがあるという
歳なんですね。
死んでから気がつくと、目の前が棺おけの天井でふさがっ
ている、というところがおもしろく、そうかもしれないな、
と分かる気がします。
以来、山小屋で目覚めたとき、目の前が板でふさがってい
ないことに安堵する、ようなことは、でもまだありません。
そんな気弱になる前に、やりたいことがまだまだたくさんあ
るのです。
同級会にて
2011年11月8日
二十歳前に故郷を出てしまった私と同じような人は、だれ
でもそうだと思いますが、故郷にはいくつになっても少なか
らぬ思い入れがあります。
先日、中学校の同級会が故郷(富山)であり、一も二もな
く参加しました。
高齢の仲間入りをした同級生の顔をしみじみ眺め、一人一
人と来し方行く末を話し込んだものです。
中にひとり、福島第一原発の近くに家を構えていたのがお
り、今は避難先でアパート住まいをしているとのことでした
が、思いのほかアッケラカンとしており、こちらが救われた
気がしました。
途中ふと、産経新聞web版に「故郷・震災」両方に関わる
記事があったことを思い出し、帰宅してから探ってみました。
「被災地を思い、積極的に日本を訪問する外国人の中に世界
3大テノールのひとりとして有名な、声楽家のフラシド・ド
ミンゴ氏がいる。
収益は義援金とされたコンサートで、ドミンゴ氏はフィナ
ーレに文部省唱歌「故郷(ふるさと)」を日本語で歌った。
朗々と響き渡るドミンゴ氏の歌声は、聴衆の心に響いた。
2番に入り「いかにいます父母、つつがなしや友垣、雨に風
につけても、思い出ずるふるさと」との歌唱には、聴衆はほ
とんど全員が立ち上がり、涙を流していた。拍手が鳴りやま
なかった。
創造を絶する被災と苦難の中で、日本の原風景のような震
災前の東北の風景が、聴衆の心象に沸々と湧き上がったに違
いない。」(11年5月、要旨)
私たちの年代は、父母はすでになく、友垣も少し欠けてい
るのは止むを得ないことですが、心の中の故郷は昔の少年少
女の時のままです。
何年後かの次回の同級会では、皆でこの唱歌を歌うことを
提案しようと思いつきました。
きっと皆・・・・、涙を流すことでしょう。
通販でチェーンソー
2011年10月31日
薪ストーブの薪作りにチェーソーが欲しくなり、通販で買
うことにしました。「価格コム」で調べると、
定価59,800円のが8,800円で売っており、どうせ中国製と
承知の上、安さにつられて、Yahoo!ショッピングで購
入しました。
配達された箱を開梱するとつぎのような不具合があり、い
つもの親切心でさっそくYahoo!と販売会社へメールで
改善を促しました。
「格安の目玉商品とは言え、問題ありです。
梱包箱の中には緩衝材が一切なく、本体、チェーンガイド
、チェーン、付属部品入りのビニール袋、取り扱い説明書が
隙間だらけで入っていました。
緩衝材がないため、輸送中にそれらが箱内で踊ったらしく
1.ダンボール箱が内側から突き破られており、
2.付属品入りのビニール袋の一部が破れ、ナットなどが箱内
に散らばっており、
3.取り説は擦れて4ページまでアナがあいて一部の文字が読
めない 状態になっていました。
また、本体のベース部内部に余分な(?)ナットかボルトが
あるらしく、振るとカラカラと音がします。
さらに、取り説(英文のみであることは承知のうえで発注
)にも問題があり、例えば、
1.8ページのinstall the attashed spike to the power
unit.と書いてありますが、これだけで図示もないので本体の
どこにどのように取り付けるのか分からないし、
2.NOTEがNTOEなっているところがあり、
3.同じ冊子の中に7,8,13,14ページが二ページずつ綴じて
あります。
Yahoo!japanと△美(注;販売会社)として今後のために
何らかの処置をされるべきだと思います。
上記全部、現品を保管しています。必要なら連絡ください。
なお、作動は良好でした。本体内部の余分な(?)部品は
今後分解して確認するつもりです。
追記:△美のホームページの「代引き手数料一覧(消費税込
み):1円〜10000万円まで:315円」は間違いだと思いま
す。」
ところが、三週間経ってもなしのつぶてで、ホームページ
の誤記も訂正してありません。
そこで、面白半分で再度、メールしてみました。
「先日チェーンソーを購入した際、10月10日に下記の
メールをした者です。・・・・(メール内容=省略)。
しかし、追記で指摘の件(代引き手数料10000万円=1億円
まで315円)がいまだに修正されていませんよ(追記以外
はともかく)。」
翌々日にホームページを覗くと、
「代引き手数料10,000円まで315円」に訂正してありま
したが、私に対しては何の反応もありません(別にいらない
が、日本の会社なら・・・・)。
会社概要を調べると、会社は日本にあるが「販売責任者は
楊△飛 」となっており、「ああ、それで」と思いました。
テレビの現場
2011年9月23日
吉永小百合が若かった頃、新聞についての対談で「新聞は
毎日毎日、書くことをよく思いつくものですね」と言ってい
ました。
新聞を作る側を思うと、確かにそうだ、ご苦労なことだ、と
共感したものです。
テレビの番組作りにも同じことが言えるはずですが、こち
らは番組内容の幼稚さはもちろん、テロップの誤字や言葉の
間違い、理科・科学知識の無さとかが多く感じられ、日頃か
ら苦々しく思っていました。
先日この地方の東海テレビ局が、東北産米を「怪しいお米
セシュウムさん」というテスト用に冗談で作ったテロップ
を、誤って本番で流したという放送事故がありました。
「ハインリッヒの法則」(労働災害における経験則で、ひ
とつの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、さらにそ
の背景には300のヒヤリハットが存在するというもの)はこ
こにも当てはまると思います。
ネットの記事にこんなのがありました。
「テレビの制作会社2社と関わる仕事をしたけど、本当に上か
ら下まで最低な連中ばかりで、胸糞な出来事の連続だった、
こんな奴らが番組を作ってるのかと愕然とした。セシウムさ
んなんて氷山の一角だよ、ホント」
また、元早稲田大学名誉教授の大槻義彦は、
「私はこれまで多くのテレビに出演してきた。しかし、つき
合わされた番組制作スタッフの教養、言動、品性等人間性の
お粗末さにはあいた口がふさがらなかったこともしばしばで
あった。
なぜ民放の製作スタッフは低レベルなのか。局が安上がりの
番組を作るために外注制作費を切り詰め、人件費を極端に値
切るから人材が少ないのだ。したがって製作現場の環境は悪
く、秩序も乱れ、退廃のきわみになっている職場も多い」
と、ご自身のホームページに書いています。
新聞の偏向思想による編集記事を眉に唾をつけて読むのと
同じように、テレビもこのようなことを知って番組を選んで
見た方がいい、と今回の東海テレビの放送事故は教えたと言
えると思います。
面構え
2011年9月3日
震災の夜に生まれた男の子に対して「僕たちは誕生日を同
じくするきょうだいかもしれない」、どちらが早く足を踏ん
張って立ち上がるか、たくましく一緒に育とう・・・。
2011年3月31日付けの読売新聞のコラム「編集手帳」
の一部です。生まれたばかりの「小さき同胞」への深い愛情
が溢れていて、感激します。
(全文:クリックで拡大)
私の感覚では、こういう文章を名文というのだ思います。
(本当はコピーを貼ってはいけないのかもしれませんが、名文と褒めてい
るので許してもらいます。)
イタリア週刊誌の記事を、『文芸春秋』六月特別号の巻頭
随筆「日本再生」で塩野七生さんが紹介しています。
日本の震災被災地で撮った被災児童三人の写真がイタリア
の週刊誌に掲載された。一枚は二歳にもならない男の子で
、放射線測定器を突き付けられて堂々と両手を挙げている。
次の一枚は五・六歳の女の子。ピンクの防寒着に身の回りの
物を詰めた袋を肩に、昂然と瓦礫の間を歩いている。最後の
一枚は十歳くらいの少年で、ダブダブのグリーンのジャンパ
ーにピンクの長靴。両手にプラスティックの酒ボトルに水を
詰めて運んでいる。少年は口をきつく結び、足元の瓦礫に注
意しながら歩いている。
この三枚の写真に付けられたイタリア人記者のコメントに曰
く。「面構えがいい。日本は必ず復興する。」(要旨)
どうか、震災の日に生まれた男の子も「寒き世に不敵な面
構えで踏ん張って!」と願わずにおれません。
パッツンパッツン
2011年8月25日
衣服などのサイズが小さくてピチピチな状態の「パッツン
パッツン」という言葉が、語感がおもしろいからなのか、ほ
かの理由からなのか、頭に住みつき、普段は使うことはない
のですが、思わぬところで出てしまいました。
今までに外出用の財布や免許証、カードなどを入れた手提
げバッグをよく置き忘れ、カメラも何度か無くしました。
フィッティングルームの棚、レストランで横の椅子、トイ
レの棚、休憩ベンチなどにチョイ置きし、他のことに気をと
られた時が危ないと分かっているので、度重なると、忘れな
いようにしなくては、と緊張するために外出気分がそれだけ
重くなります。
ショルダー式にしても肩から外してチョイ置きすれば同じ
ことで、まして片側の肩に連続して重みがかかると肩こりに
なることが分かり、やってみて却下しました。
先日、行きつけの床屋でマスターがハサミや櫛を入れてい
る腰バッグが目に付き、「これだ!」と思いました。
さっそく靴カバン店で物色すると、女性の店員が「シザー
バッグと言い、近頃は若者の間ではやっている」とのこと。
若くはないがさっそく求めて使用すると、置き忘れること
がないうえに、片手で物が出し入れできるし拳銃ホルダーを
しているような気分でなかなか具合がいいのです。
その後、イタリアへ旅行したとき本皮製のを買おうと、ト
レビの泉近くの店に行きました。
やや太めでピッチリしたワンピース姿の女性店員が勧める
バッグに「大きさはいいが、少し厚い」と言うと、日本語で
「これは詰め物がしてあるのでパッツンパッツンですが、中
身を出すとちょうど良い厚さになります」と言いました。
思わずニヤリとしてその女性店員を指差したのです。
途端に「ヤダァ」と軽く突き飛ばされてしまいました。
旅行中は気分がハイなので、無意識のスイッチが入りやす
いため、言動に気をつけなくてはなりません。
なでしこジャパン
2011年8月11日
アメリカの新聞「ワシントンポスト」の一面に、日本に関
する記事が載ることはめったにないそうです。
それが、7月18日付けの一面トップで、なでしこジャパン
のW杯初制覇の偉業を写真とともに伝えました。
私も早起きしてTVで見ましたが、あのアメリカとの試合
はまさに激闘でした。
佐々木則夫監督の言う「(体格の)小さな女の子達が走りに
走って」、優勢なアメリカチームを下し、諦めないことや勇
気の大切さを示してくれました。
なでしこジャパンが強いのは、澤ホマレがいるだけでなく、
・後半の同点ゴールを決めた瞬間、駆け寄るレギュラー組を
振り切り、控え選手の待つベンチへ駆けた。
・勝敗が決した瞬間、歓喜の輪に加わらず、敗れたアメリカ
の選手一人一人を抱擁した。
・試合後のインタビューでは、辛い時代を支えた代表OGの名
を次々と挙げ、感謝の言葉を継いだ。
という敗者を、控え選手を、OGを思いやり、冷静な行動がで
きる宮間あやのような選手もいるところだと思います。
多分、そういうことを知ったのでしょう、
ワシントンポストのコラムニスト、サリー・ジェンキンス氏
はコラムで、
「W杯には津波や原発事故をなかったことにする力はない。
しかし、慰め、奮い立たせることはできるし、耐え忍ぶ故国
にメッセージを送ることはできる。日本の勝利を妬んでいる
のなら、あなたは醜いアメリカ人だろう」
と書いています。
また、アメリカチームののロイド選手は、
「もし、ワールドカップで、他の国が優勝するとして、それ
が日本であるならば、私は、本当にうれしく誇りに思う」
と言っています。
なでしこジャパンはもちろん立派で嬉しいし、アメリカの
態度の潔さも嬉しいのです。
(W杯初制覇後の新聞、ネットの記事からまとめました)
リモン チェッロ
2011年7月26日
南イタリア旅行のガイドブックに「レモンリキュールが名
産品。ぜひ味わうべし」とありました。
現地の観光バスの中で、イタリア好きの三十歳くらいの日
本女性添乗員が「私の酒の飲み方」を説明しました。
食事時の酒は初めにビールなど発泡系を飲み、体に今から
酒を飲むよと知らせ、終わりに強い酒にして、これで終わり
だよと知らせるというように飲むのが正しい。締めの酒とし
てはレモンリキュール(イタリア語ではリモンチェッロ)な
どがある。リモンチェッロにはカプリ島とかアマルフィで獲
れるレモンが最適らしい。
カプリ島へ行ったときお土産屋が、それを試飲販売してい
ました。
薄いレモン色のものやミルク色のものがあり、どれもレモ
ンの香りがして、アルコールも思ったより強くなく、少しト
ロッとしていて口当たりが良い。「ウム、これはいい!」と
気に入り、お代わりました。
小さいビンのを買い、帰国して飲んでしまってから、ネッ
トの通販で調べると、送料や代引き手数料を入れるとかなり
高い酒になります。近くのスーパーや酒屋を回ったが置いて
ありません。
それでも老いの一徹で探し回り、6,7軒目の酒屋によく似
たのを見つけました。店主にいきさつを話したら「リモンチ
ェッロは知っている。本場カプリ島製が一番だが、今はない
ので入荷したら連絡する」とのこと。
実は先の添乗員が酒の飲み方を説明したとき、若い女性に
酒の飲み方を教えられては男の沽券にかかわる、フン!と思
っていたのです。
でも、今ではこのリモンチェッロのおかげでその沽券はど
こへやら、「酒の呑み方はこうでなくては。これも旅行の収
穫のひとつだ」と思いながら、その通りにして楽しんでいま
す。
なお、ネットの記事で参考になったのはここです。
http://www.arianna.co.jp/topics/0225.html
箱根のホテルで
2011年7月5日
今の季節は緑豊かな箱根の、閑静な全国チェーンのDホテル
で一泊したところ、朝4時半くらい以降に部屋(1階)の外
から、「ガタン」・・「ガチャン」・・、とかなり大きな金
属音が不定期に聞こえてきて、眠れなくなりました。
この音はどこかで聞き覚えがあり、多分、排水溝などのフ
タ(ゲレーチング)が溝の上端と部分的に密着していないた
めに、クルマが通ると出る音だと予想できました。
そこで、「これはホテルのためにならない」という思いか
ら、アンケート用紙に書くとともにチェックアウト時に「確
認してみてください」と穏やかに説明しました。フロントマ
ンは「早速チェックさせていただきます」。
数日後、丁寧な回答書が郵便できました。
まあ、ホテル側を思っての「要望」に対して、誠意のこも
った「回答」をくれたのだからヨシとしなければならないで
しょう。
しかし、私としては一読の瞬間少し不満を感じたのです。
それは「今後はご指摘の異音を改善するように対処をして
参りたいと思います」のくだりで、ホテル経営(=客商売=
競争原理)に関わっている者としてスピード感の甘さが見え
るからです。
ここは、「ご指摘の異音には早速対処いたしました」また
は「対処の手配を致しました」とするべきなのですが、再度
ホテルへ言うのはなんだかイヤミなので、今のところ下記の
返信メールに止めました。
6月26日に宿泊しました○○です。
私のアンケート記載内容について早速ご対応いただいたと
のこと、また、そのことのご連絡をいただき誠にありがとう
ございます。
御社を利用させていただき、皆様方が日々チームワークよく
活動されていることを快く感じました。ますますのご発展を
願っております。
本当は、当初の「ホテルを思っての要望」であるなら、再
度、経営認識の甘さについても助言すべきなのですが、これ
が我が人生の初志不貫徹なところだなあ、と嘆きはするもの
の「このような非日常が味わえる旅はやっぱりおもしろい」
と思ったりもしています。
震災と武士道
2011年7月3日
大震災のとき、日本人被災者は助け合い、略奪行為に走る
者がいなかったことに、世界中が驚いたそうです。
では一体、日本人のモラルの高さは何により築かれたのか、
に興味がわきました。
本「日本通 お国自慢・13の視点/扶桑社」によると、政
治評論家/屋山太郎は、
これは「武士道」以外にない。
武士道というと「敢闘精神」と思う人が多いが、武士道と
いう概念が定着したのは戦国時代が終わった後のことである
からそうではない。
江戸時代上期の儒者・山鹿素行は、支配階級である武士は何
も生産しないのだから身を修め、品格を高め、禁欲的・克己
的精神で生きよ、と教えた。武家が長いときをかけて作り上
げてきた精神の規範であり道徳律である武士道であるが、江
戸末期iには戦争がないため禄が増えない武士達は学問を教え
るしかなかった。その武士達により道徳律が女・子どもにも
広く教えられていった。これにより日本人のモラルが定着し
ていったのである。
の旨を言っています。
うーむ、私はもっと昔から日本人性が築かれたように感じ
ていたのですが・・・・。
この際、その確立のいきさつをもう少し調べてみよう、と
思っています。何しろ「世界中が驚いた日本人性」なのだか
ら。
帆立が言う
2011年6月22日
十年ほど前に青森を旅行したとき、海岸沿いの客が少なそ
うなドライブインで、帆立の水槽の仕事をしていた若者がい
ました。
「ここは帆立が名産なの?」と聞いたら「帆立しかない」
と自嘲気味に答えたので、少し笑ったのを覚えています。
今朝のTVで震災の被災地応援ポスターを紹介していまし
た。
多くの写真の中に、ひとりの青年がガレキを背景に前向き
に立っており、コピーに「諦めるな、と帆立が言う。」があ
りました。
人が言う励ましの言葉でなく、被災前は生活の中心であっ
た物言わぬ帆立が励ましてくれるから諦めない、というので
す。私はこのコピーがいたく気に入りました。
そして、上の「帆立しかない」と自嘲気味に言った若者は
言葉とはうらはらに、帆立が命という思いを逆説的に表現し
たのだと気づき、笑ったのを今にして少し恥じたのです。
挙手の敬礼
2011年6月20日
私は自衛隊時代に何万回となく挙手の敬礼をしましたが、
殆ど儀礼的な敬礼でした。
先日TVで、震災被災地の行方不明者の捜索に、各県から
多数の警官が応援に出動し、任務を終えて帰るとき、応援の
警官と現地の警官が互いに挙手の敬礼を交わしているのを見
ました。労りと感謝の「心がこもった敬礼」であることが私
には分かりました。
そして、アルピニストの野口健が新聞に書いていた一文を
思い出しました。
忘れられない光景がある。宮城県気仙沼。日はどっぷりと
暮れ、全国から応援に駆けつけた消防車十数台もその日の乗
務を終え、宿舎へ引き揚げようとしていた。
そのときである。
道端から小学三年くらいの男の子がパーッと飛び出してき
た。ピンと背筋を伸ばし、帰路につく消防車を見送りながら
一台一台に「挙手の敬礼」をしたのである。後ろで見ていた
私は涙が出そうになった。彼は自分達を助けに来てくれた消
防士達に感謝の気持ちを表さずにはおられなかったのであ
る。その子どもに私は希望を感じた。そして勇気と元気をも
らった気がした。
「心からの挙手の敬礼」には、そういう深い気持ちと効果
があることを、今になって私は気づいたのです。
イタリアのトマトジュース
2011年6月2日
先日のイタリア旅行の途中でトマトジュースが飲みたくな
り、レストランのメニューを見ましたが載っていません(添
乗員に見てもらった)。
自由時間にスーパーマーケットで探しましたが、何回見て
もありません。
「何でかな?」と思いながら、アベルベッロ(長靴形のく
るぶし辺りにあり、平たい石板を円錐状に積み重ねて屋根と
した小さな家=トウルッリ=がある)に行きました。
(クリックで拡大)
日本人女性がやっているお土産さんにもないので、その人
に聞いてみました。
「トマトジュースはないの?」
「日本人が醤油を飲まないように、イタリア人はトマトソ
ースは飲まない」
「ふーん」
その時は分かったような気がしましたが、もうひとつ腑に
落ちません。
帰国してからネットで調べてみると、「イタリア人にとっ
て、トマトはパスタのソースにするもの」という風習のよう
で、ジュースにする考えそのものがないようです。
やはり、「何でないのか」と思った(日本の)人が、パス
タのソースに塩と胡椒と水を加え、飲んでみるとこれがトマ
トジュースだったそうです。
そうであるなら、アルベロベッロの女主人は「イタリアで
は、トマトをジュースにする考えはなくパスタソースにする
。日本人が醤油を飲まないようにイタリア人もソースを飲ま
ないし、薄めてジュースにして飲むこともない」と言ったの
です。
さらに調べると、イタリアにトマトジュースが全くないわ
けではないことも分かりました。
ともあれ、私としては「このようなことが旅の収穫のひと
つだ!」と思うのであります。
イタリア人の日本人感
2011年5月30日
ネットのあるサイトに次のような記事がありました。
イタリアのスーパーで安いワインと惣菜を買ってレジの列
に並んでいた。前の方に並んでいる男性のワインのバーコー
ドが読み取れないらしい。店員は男性に「このワインは何ユ
ーロだった?」。男性は「6ユーロくらいだったと思うけど」
とか言っている。
すると、店員が私に「ねえ、このワインは何ユーロかわかる
?」と聞いてきて、ちょうど自分のワインの隣にあったから
覚えていて「6.4ユーロだったよ」って言ったら、店員と男性
が「日本人が言うんだから大丈夫だろう」「ありがとう」
とレジに打っていた。信用してくれるのはうれしいが、そん
な仕事振りでいいの?と思った。
実は先日、友人の急な誘いで南イタリアを観光してきまし
た。
外国では、日本人を見ると「津波は大丈夫だったか」と声
をかけてくる人がいる、とネットで見ていましたが、南イタ
リアではそれはありませんでした。
震災関連で反応を目にしたのは、カプリ島の「青の洞窟」入
口に画像のような看板があったくらいでした。私は行く前に
知っていたので「ホントだ」と思いましたが、始めて見た人
は感激していました。
(クリックで拡大)
この下の方にある「イタリア人のしつけ」で、イタリアに
行ったら「日本人感を現地人ガイドに確かめてみる」と書き
ましたが、意外なことに今回のツアーには現地人ガイドは付
きませんでした。
しかし、観光地を歩いていて現地のおじいさんや工事中の
ニイチャンに道を尋ねると、ニコニコと教えてくれたし(も
ちろん、お互いボディランゲージで)、レストランで隅のほ
うにいたイタリア人家族が「日本人と写真を撮りたい」と私
たちに頼んできたりしました。
これらのことから、サイトの記事の「イタリア人の日本人
感は大変よい」を実体験し、気分よく帰ってきたのでありま
す。
言葉の重み
2011年5月10日
私は今まで、菅首相の言葉を聞く度に、もうひとつ心に響
かない、何かが足りないな、と思っていました。
なぜなのか分からないままでしたが、最近、その理由が新
聞の記事に書いてあり、得心しました。
記事を要約すると、
菅首相の言葉は、
「沖縄の基地負担軽減に全力を挙げて取り組んでいく」
「被害を最小限にするために政府として全力を尽くす」
「全力を挙げて東電の原発安定化作業に協力する」
など”努力約束型”の表現が多い。
つまり、プロセス(経過)に力を尽くすと言っているので
あって、結果を約束していることではないところに問題があ
る。
結果をしっかり約束せずに、努力の安売りで終わっていては
、なにを訴えても空回りしているようにみられる。
と、やはり私のように思っている人は多くいるようです。
世間にはその人の本質を見抜く力がありますが、この人を
「逃げ菅」と言うのは、この言葉からも「逃げ腰の姿勢」を
敏感に感じ取っているからだと思います。そして新聞記事は
次のように続いています。
このため、ここは
「全力を挙げて基地負担を軽減させる」
「全力を尽くし、被害を最小限にする」
「全力を挙げて東電の作業に協力し、原発を安定化させる」
と言えば国民への明確な”結果の約束”となる。
そして、全力をを尽くして目標を実現できないとなったら、
潔く次の人に道を譲ることだ。(産経新聞5/7)
単に「全力の」位置を入れ替えるだけのことですが、首相
の責任に伴う言葉の重みはそこにあることを自覚してほしい
ものです。
ともあれ、この記事を読んで「なるほど!」と思うととも
に、一市井人の発言も心すべきだな、と気づいたことでした
。
クリントン国務長官
2011年5月5日
この度の大震災の記事のなかで、「これは記録しておかな
くては」のその8です。
東京電力福島第一原発の事故に関して、クリントン米国務
長官は一段落した4月17日に来日し、関係者と会って「日
米の非常に強い絆を示すためにきた」と述べた。
クリントン長官から「元大統領夫人として陛下にお会いし
たい」と願い出、宮中のお茶会に出向いた同長官が御所の玄
関先で出迎えられた天皇・皇后両陛下に気づいて感激し、い
かにも嬉しいという表情を示した。
(クリックで拡大)
そのクリントン国務長官が日本のこどもの日(5月5日)を
祝うメッセージを発表しました。声明では、
困難な状況にあっても復興に向けて手を携える日本の姿を
賞賛するとともに、特に、被災した子ども達を勇気づけるた
め、全米のコミュニティーや学校で募金、食料、医薬品を集
め手紙を送る活動していると紹介した。
また「つらい日々の中でも、ひとりではないことを知って
いてほしい」と日本の子ども達に語りかけ、未来を担う子ど
も達のために米国として協力を惜しまないことを約束した。
(5/4産経新聞から)
・・・私は、クリントンは「強いだけの女性」というイメ
ージしか持っていなかったのですが、これらのことからすれ
ば、芯には加えて人としての優しさもあることを知って見直
し、安心しました。
陛下を敬い、子ども達を気遣うのは本物の優しさだと思う
からです。
豪腕待望論? 2
2011年5月3日
(豪腕待望論? 1 からの続きです)
小沢一郎という政治家は、正義・思慮・節度が過小だとい
う点で「落ち度」だらけであり、勇気がしばしば過大という
点で「越度(おちど=法に反すること)」をあらわにしてい
る。その意味で小沢氏を「ゴロツキ」と呼ぼうという下品な
決意を最終的に行ったのは、ごく最近のことだ。
小沢氏は中国副主席の天皇会見をむりやりに設定した。
「むりやり」というのは「三十日前には皇室に連絡する」と
いうルールを無視し、そのルールを「憲法に規定されていな
い」と軽んじたことをさしている。皇室関係者に対しては礼
儀を守る、それが日本国家の歴史にたいする作法である。そ
の根本規範が理解できていない。
小沢一郎の示した国家への無礼と比べれば、その人を「ゴ
ロツキ」と呼ぶ私の下品などは何ほどのこともない。
(本「小沢一郎は背広を着たゴロツキである。」要旨)
いやはや散々な言われようですが、義援金云々はともかく,
口下手な「やはり首相の器でない」そんな人に交代しては
いけないと思います。
それにしてもずいぶん激烈な西部邁の言ですが、最後に
「言論は、このような臨界線までくれば、是非もなく喧嘩腰
をポーズするしかないのである」と書いています。
この西部邁(ニシベ・ススム)という人は、東大在学中に自
治会委員長、全学連の中央執行委員として60年安保闘争で
指導的役割を果たしたといいうだけあって、とかくの批判も
ありますが、肝が座っているからこその「是非もなく喧嘩腰
をポーズするしかない」の言だと思います。
私は論旨とともにこのフレーズが気に入りました。
豪腕待望論? 1
2011年5月2日
私が行く理髪店では今、「菅首相は無能で震災処理ができ
ないので、豪腕の小沢一郎に交代すべきだ」という床屋談義
をする客が多いようです。(ちなみにここのマスターはその
昔、自民党関係のところで理容業をしていたそうです)
先日散髪に行ったら理容師(おばさん)が頭の上から、小
沢一郎待望の風潮があると言ったので、私は冗談半分に「い
や、彼では一千億円以上もあるという義援金が危ない」と言
ったら、「どういうこと?」と聞くので「義援金の半分くら
いを懐に入れかねない」と少し大きな声で言ったら店全体が
シンとしました。
散髪をした後に、本「小沢一郎は背広を着たゴロツキであ
る。」(西部邁/飛鳥新社)を読みました。
一口にリーダーシップ(指導力)というが、指導力なるも
のは二本の足で歩くのだ。
一本は決断力であり、それについては小沢氏はどうやら傑出
しているらしい。しかしもう一本の足があり、それは説得力
である。
説得力は人格からやってくる。そして人格は表情や物腰を含
めた意味での言葉によって創られる。言葉をほとんど発しな
い者、発したとしても恐ろしく平板にして平凡であり凡庸に
して低俗であるような言葉、そんなものしか持ち合わせてい
ない者の人格は高が知れている。
小沢氏は乏しい説得力を過剰な決断力で補償できると構えて
いるのであろうが、そうは問屋が卸してくれない。
(豪腕待望論? 2 へ続きます)
訓練の賜物
2011年4月27日
日ごろは軟弱な考えとふしだらな生活をしている若者が、
しっかりした決意もなく、なんとなく自衛隊に入隊しても、
三ヵ月後には見違えるほど逞しくなり、顔付きも精悍になる
、といわれます。
そういう自衛隊員のこの度の大震災での活躍ぶりは、当事
者でない者には何がどうなのか、詳しくは分からないとして
も、誰もが信頼感を深めたものと思います。
元自衛隊員の私としては誇らしく嬉しいものです。
(クリックで拡大)
元陸上自衛隊陸将の志方俊之が新聞紙上で、こう言ってい
ます。
ともあれ、今回の大震災の救援作戦が実行できたのは、日
ごろからの厳しい訓練の賜物だ。本番より苦しい訓練で部隊
を鍛えておくのが自衛隊だ。弾丸が飛んでくる戦場で国を守
り貫く本来の任務を考えれば、この程度の災害派遣は朝飯前
でやり遂げられる。ご苦労様、自衛隊。頑張ろう、日本。
・・・うーむ、当地にもいつか来るかもしれない巨大地震
に備え、厳しい想定のうえ救急品の準備と避難生活の練習を
しなくては、とロートルの元自衛官はあらためて思うのであ
ります。
イタリア人のしつけ
2011年4月19日
ネットのあるHPに、こういうのがありました。
女友達でイタリア人男性と結婚したのがいる。
あちらで子供も産まれて、子供は現地の学校に通わせて、
子供を通じて、現地の親御さん達とのお付き合いも増えて行
ったそうだ。
時々ホームパーティ等に子連れでおよばれするそうなんだ
けど、例えばそこにいるイタリア人の親御さんに何か貰った
り、取ってもらったりすると、彼女の子供は相手に「ありが
とう」ってちゃんと言うそうだ。
すると、言われた方は感心して
やっぱり日本人の血が入っているから礼儀正しいのね!
素晴らしい!
と言ってくれるそうだ。 イタリア人はそうでもないらしい。
(ちなみにそこで感心しても、イタリア人は自分の子供にも
ちゃんとお礼を言いなさい、と言わない所がイタリアらしい
、って苦笑いしてた )
そこで、もしイタリアへ旅行したら一般のイタリア人は、
@ 日本人は礼儀正しいと思っている?
A 子どもにそういう躾をしない?
を調べてみようと思っています。
調べるといっても、現地人ガイドに聞くだけですが。
実は、過去に韓国と中国と台湾で、現地ガイドに面白半分の
いろんな質問をして、怒らせた(気分を害する質問や感想を
述べた)ことがあるので、イタリアでは怒らせないように留
意して、せっかくの海外旅行を台無しにしないようにと思っ
ているのであります。
旗の下で
2011年4月15日
この度の大震災の記事のなかで、「これは記録しておかな
くては」のその7です。11/04/15の産経新聞から(主旨)。
釜石の避難所では「私らだけが助かってしまった」と老夫
婦が体を震わせていた。
多くの避難者から「助かってしまった」と自分を責める声を
聞いた。
その人たちの厚い人情に敬服する一方で、やはり思う。
生きて、生活を地域で立て直さなければならない・・・。
それには復興のシンボルが必要だ。
「頑張れ日本!」と国民を鼓舞するフレーズが連呼されてい
るが、「戦後最大の国難」という時こそ「旗」が必要だ。
菅首相にはピンと壁に張った「日の丸」を背に記者会見を
してほしい。
世界同時多発テロがあった米国では、至る所に星条旗がは
ためいていた。
旗の下で心が一つになる。
「日の丸」を、避難所にも、災害対策本部にも、役所にも、
ボランティアセンターにも、至る所に張ろうではないか。
・・・大賛成です。日本民族は今こそ旗の下(もと)で心
を一つにするべきだと思います。
ネットの各国の応援メッセージで、アメリカの俳優/マイケ
ル・ダグラスが、ピンと張った日の丸を背に励ましの言葉を
言っているのを見ました。
(クリックで拡大)
私は日本中がそうであってほしいと思います。
今この時こそ。
この母子に
2011年4月10日
この度の大震災の記事のなかで、「これは記録しておかな
くては」のその6です。
(クリックで拡大)
これはyoutubeの動画から切り取った画像です。
この母子にピンポイントで義援金を贈る方法はないもので
しょうか。
この動画はここです(11/04/10現在)。
http://www.youtube.com/watch?v=eas0JvVUslk&
feature=player_detailpage
軍隊での充実
2011年4月3日
この度の大震災の記事のなかで、「これは記録しておかな
くては」のその5です。
米軍もこの震災に「トモダチ作戦」として救援してくれて
いますが、この作戦に参加している若い男の兵士の、姉への
手紙です。
「姉さん、僕はいま軍隊に入っていちばん充実しているんだ
。イラクで激しい戦闘も経験したけど、そんなのとは比較に
ならないのさ。
僕は兵士だから命令されれば人も殺すし、他人の家だって破
壊する。
だけど姉さん、それは僕が望んですることじゃないんだ。
僕が望むのは人々の命を救う事なんだ。
だから姉さん、僕はいま軍隊に入っていちばん充実している
んだ。
この作戦が終わったら、はじめてまっすぐに姉さんに会い
に行けると思う。
自分をごまかすための酒まみれの日々は、今度はいらない。
一緒に母さんの墓へいこう。
今なら母さんも息子の僕を誇りに思ってくれると思うんだ」
・・「同盟国よ、ありがとう」と言わずにおれないのです。
日本の力 2
2011年4月3日
この度の大震災の記事のなかで、「これは記録しておかな
くては」のその4で、作家/曽野綾子の続きです。
○原発事故が日本の東海岸で起きたことも不幸中の幸いであ
った。偏西風が放射性物質による被害を小さくしてくれるは
ずだ。
○人工透析患者に対する手当てさえすばやく考慮された。世
界には普段でも透析をしてもらえない国もある。
○日本人は整然と列を作ることのできる国民だった。これも
大混乱を防いだ偉大な理由である。
○被災者は災害の直後から自分達で生活を続けるために働き
出した。
○事故が起きたのは冬の終わりであった。まだ時々雪が降り
しきるが寒さは先が見えている。これでもいい時期に災害は
やってきたと言わなければならない。
曽野綾子はクリスチャンです。
新約聖書のなかに収められている聖パウロの書簡の中に
「喜べ!」という命令があるので、喜ぶべき面を理性で見い
だすのが人間の悲痛な義務だとして、上記の物心両面の豊か
さに深謝し、聖書が命じるように「喜んだ」のだと言ってい
ます。
私はクリスチャンではない無神の凡人ですが、悲惨さの中
によい面を見いだし喜ぶ、というプラス思考には同調するの
で、その点ではにわかクリスチャンなのであります。
日本の力
2011年4月2日
この度の大震災の記事のなかで、「これは記録しておかな
くては」のその3です。
新聞に作家/曽野綾子はこのように書いています。
世界の国々と今の日本を比べてみて、次に挙げる自分に与
えられている物心両面の豊かさを深謝した。
○日本人全体に基礎学力、勉強、忍耐の力があり、不幸を跳
ね返す創意と意欲を蓄え、正直であった。
○「義を見てせざるは勇なきなり」という気風さえ、民族の
心に奇蹟のように残っていた。
○泣きわめくような付和雷同型の人は、被災地にはほとんど
いなかった。感情的になってもことは全く解決しないことを
日本人の多くは知っている。
○地震当夜、野天で寝た人は例外で済んだ。(クルマを含め
)みんなどこかの堅牢な壁と屋根のある避難所に入れた。ど
この国でも可能なことではない。
○この混乱のなかでも荒々しい略奪、放火、暴徒化、集団レ
イプが起きなかった。(ただし、日常的に起きる程度の犯罪
について新聞、テレビはもう少しきちんと報道し、己が恥を
知らせるべきであった。)
○瓦礫を片付ける重機、高圧放水車などの特殊な機能をもっ
た車両・船舶や優秀で献身的な技術者がどの地方にもたくさ
ん残っていた。道路がすばやく開通し復興活動が順調に機能
した。
わたしはこのことに深く深く感謝する。
・・・「これは記録しておかなくては」のその4へ続きます。
日本よ・・・。
2011年3月26日
ネットでの東北関東大震災の記事のなかで、「これは記録
しておかなくては」のその2です。
■デープ・スペクターは逃げない
日本から脱出しようとする外国人も多い中、デーブさんは
「アメリカ政府が日本にいる自国民に帰国勧告をしていない
。日米の強い信頼関係がある以上、逃げない。
こんなにいい国と人達はいない。今、逃げたらひきょう者
だから帰国しない」
日本の現状を伝えるため全米ネットのNBCのニュース番組
にも出た。「『ガチでハンパなく日本はチョベリグ(チョー
・ベリー・グッド)な国』と英語で言おうとしたけど、とっ
さに言えませんでした。なにしろ英語が苦手なので」とジョ
ークで人々を和ませている。
■米紙「日本は復興する」(共同3/16 10:29)
15日付の米紙ワシントン・ポストは、東日本大震災に襲
われた被災者が「冷静で礼儀正しく、驚くほどけなげに対処
している」とたたえるコラムを掲載、「日本は復興する」と
エールを送った。執筆者は同紙コラムニストでピュリツァー
賞受賞者のアン・アップルバウム記者。
津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市からの報道で
「日本人は結束力や驚くべき対処能力を見せている」とした。
また福島第1原発の事故に関して「有能で技術に秀でた日本
人が安全な原子炉をつくることができなければ、誰ができる
というのか」と指摘した。
■サッカーのザッケローニ監督は、大阪府内の宿舎で力を込
めた。
「私は自分を日本人だと思っている。日本は私の家。日本
国民のみなさんと同じように、私も悲しい気持ちでいます。
私は今までの数カ月の滞在でわかっている。日本は止まらな
い国。常に前に進み続ける。日本人は、一丸となる精神のマ
エストロ(巨匠)です。日本全体、特に東北の方たちが元気
になるため、少しでも何かできれば」。
日本への深い愛情が、言葉に満ちていた。
・・・私は、この人たちこそ優しいから日本を褒め、激励
するのだと思います。
男前の彼ら
2011年3月19日
ネット上では東北関東大地震の自衛隊、消防、レスキューの
活躍の話が山ほどあります。そのなかで「これは記録してお
かなくては」のその1です。
@ ぜんぜん眠っていないであろう旦那に、
「大丈夫?無理しないで」とメールしたら、
「自衛隊なめんなよ。今無理しないでいつ無理するんだ?
言葉に気をつけろ」と返事が。
彼らはタフだ。肉体も、精神も。
泣けてしまいました
A先ほど夫が着替えを取りに帰ってきました。
出動してから連絡がなかったので姿を見て本当に安心致しま
した。
しかし、目の下には濃いクマができて顔もやつれており、
この一週間ほとんど休みなく働いていたことは言うまでもあ
りませんでした。
「こんなにひどい状況の中でもみんな必死で生きようとして
る。
新しく生まれてくる命もある。
またこの人たちの笑顔と生活を取り戻す手助けができたら、
そのために使える力があるなら頑張らないと。
自衛隊も警察も俺たち消防も」
そう紙に書いた夫は私の頭を撫でてまた被災地へと戻ってい
きました。
自衛隊の方々、警察の方々、他の消防、レスキューの方々と
協力して、被災した方々を助けてあげて下さい。
B自衛隊の人が被災地で炊き出しをした際、
たとえ余っても自衛隊員は絶対食べないで缶詰の冷たいご飯
を食べます。
被災地の人用にお風呂を用意しても自衛隊員は入りません。
そして出来るすべての事をやったらひっそりと帰る。それが
自衛隊です。
凄いと思う。
C今、朝霞にいる俺の義弟は現役の陸自の三佐なんだが、
「なんでもいいから理由つけて 家族皆で帰って来い」と、メ
ールしたら
「兄さん、ハラはもうくくってます(笑)女房と子供の後の
面倒は宜しく♪〜」
だと、くっそぉーふざけやがって!この次会ったらしばき倒
してやる!!
おねがいだ、無事に帰ってきてくれ。
・・・・・彼らは本当の男前だと思います。
私は、男前の気概に泣けてしまうのです。
日本の不運
2011年3月17日
このたびの東北関東大震災の数々の情報のうち、私が関心
を持ったのは、初代内閣安全保障室長/佐々淳行の言です。
「今この時に、護民精神も国家観もない首相・閣僚の資格
条件を欠く市民運動家が政権にあったことは日本国民にとっ
て不運であった。わが国は弱い首相のときに大事件が起きる
という危機管理ジンクスがまたまた当たってしまった。
つまり、海部俊樹首相下の湾岸戦争、村山富一社会党首相
下の阪神淡路大震災とオウム真理教地下鉄サリン事件、そし
て今回である」。
(産経新聞から)
弱い首相のときに大事件が起きる、と言われればそうなの
かと思います。あくまでもジンクスに過ぎませんが、3回、
4回と続くと信じたくなります。
そして、「今進行している状況は、『危機管理』ではなく
『管理危機』である。国家危機管理ができていない「政務
三役による政治主導」で、役人のやる気をなくしたから、情
報や初動措置が遅れ、絵に描いたような「命令→変更→混乱
」の大混乱が起きている。東京電力と首相官邸の『計画停電
』の二転三転、七転八倒はその典型で、目を覆いたくなる醜
態だ」と。
しかし、二年前に自民党政権に飽きて民主党を選ぶという
愚を犯したのは国民です。つまり、これはわが日本の運命な
のかもしれません。
だから、
「今、大事なことは、阪神大震災や東海村原発事故を処理
した各省の官僚OBを非常召集して、地震と原発の諮問委員
会を速やかに立ち上げることだ。菅首相はある程度落ち着い
たところで、この震災の危機管理の大失敗の責任を取って、
総辞職すべきである」
に全く賛成なのであります。
机上の空論
2011年2月28日
19歳のときに、航空自衛隊に入隊しましたが、新入隊員の
基礎教育を受けた同基地内に、中学を出たばかりの紅顔の少
年自衛官もおり、「まだこどもなのに、母親のもとを離れ健
気だなあ」と思って見ていました。後で知ったことですが、
現在軍事アナリスト(情勢分析者)の小川和久も同じ頃に少
年自衛官だったようです。部隊は違うので顔を合わせたわけ
ではありませんが、先日、その人の著書「14歳からのリアル
防衛論」(PHP研究所)を読みました。
この本は、2010年初頭のアメリカ普天間基地移設問題が
迷走した根底は、官僚や政治家に基本的な軍事知識や軍事に
ついてのものの見方が備わっていないためであり、日本がこ
の状態から抜け出すには、若いうちから世界に通用する軍事
についてのものの見方をトレーニングされた人達が、官僚や
専門家、政治家になる以外に道はないとして、そのテキスト
として書かれたものです。
・憲法は戦争を禁じているのか
・自衛隊は強いのか弱いのか
・日米同盟とは
・北朝鮮や中国は日本の敵なのか
・日本の政府はどうやって国を守るのか
などが書かれています。
例えば、核武装は現実的でなく、核武装となるとNPT(核
拡散防止条約)から脱退することになり、原発を稼動させ
るための核燃料を入手できず、使用済み核燃料の再処理もで
きなくなる。そうすると必要な発電ができなくなり昭和30年
代の生活に逆戻りする。技術的にも核兵器や弾道ミサイルを
開発した経験がないので実験しなければならず、そんなこと
ができるはずもない。実際に核を開発するとなればアメリカ
は反対・妨害するし、中国も干渉する。だから、核武装は机
上の空論で、最善の策はアメリカに核を持ち込んでもらい、
それを内外に明言すれば、自前の核武装と同等の抑止力とな
る、などあれこれ納得させられます。
最近まで単細胞で無知なるがゆえの核武装論者でしたが、
昔、健気だなあと思った紅顔の少年自衛官だった人に教えら
れたのであります。
中国への波及
2011年2月25日
現在の中東・北アフリカの民主化の激動が、早く中国へ波
及しないかと私は思っています。その情報をあまり見かけな
かったのでじれていたのですが、今日次のニュースを見て嬉
しくなりました。(2/24付け産経新聞より)
アメリカの元国防省中国部長は「共産党独裁の中国でも同
様に民主化の抗議が本格化する可能性をも想定する」とか、
共和党保守派の政治評論家は「米国の盟友であったエジプト
のムバラク大統領に民主主義的でないという理由で即時辞任
を求めるならば、 なぜ中国の独裁政権の辞任を求めないの
だ」という意見も頻繁に表明されるようになったようなので
す。
このため、記事は「中東・北アフリカの民主化の激動が米
国の中国への姿勢に微妙だが重要な変化を生み始めた。
オバマ政権が同地域での民主主義の拡大に支援を表明するた
びに、非民主主義の中国はどうかという疑問が政権内外から
提起され、その疑問が同政権に中国の政治的抑圧への注視を
改めて強める効果をもたらすようになったためだ」とまとめ
ています。
何しろ、胡錦濤国家主席はチベット虐殺の指揮者だった人
であり、中国は日本乗っ取りを狙っている共産党独裁政権な
のですから、早く崩壊してほしいので、記事のような情勢が
どんどん進むことを期待しているのであります。
ある失敗談
2011年2月13日
ブログでの失敗談です。
先回の韓国旅行では、現地で三重県から来た親子連れと同
行になりました。中学生の女の子としっかりした感じの三十
代のお母さんです。写した写真を、帰国後eメールで自宅に送
ってあげたところ、すぐ丁寧なお礼の返信がありました。
その直後に私はブログに、
先日、韓国のソウル近辺を二度目の旅行をしたが、やはり
繁華街や免税店には、日本人観光者(女性がほとんど)が溢
れていた。私はその人込みにいて「この人たちは、少しは韓
国の反日感情を意識しているのだろうか」と心配になった。
韓国は1910年から36年間の日本統治の歴史があり、その
ことへの不満からいまだに小学校から反日教育がなされてい
るため、多くの人に反日感情があるが、どうも日本人観光客
には「統治」自体も知らず、まして警戒心がないように思わ
れた。単に、最も近い外国へ韓流ドラマや円高ウオン安に魅
かれ、浮かれ気分100%のノーテンキな表情に見えた。少し
は歴史認識や用心が必要なのではないか。
の旨を書きました。
同行の親子連れのことは、まったく念頭になかったのです
が、くだんの母親はこのブログを見て、自分をノーテンキと
言われたと勘違いしたらしく、立腹メールがきました。
あなたのことではないと弁明しても、時すでに遅しなので
そのままにしました。特定個人の誤解を招くような文章であ
ることは間違いなく、その面への配慮に欠けていたなと反省
したのであります。
すぐ来る危機 2
2011年2月7日
(続き)公聴会の内容によると、
「中国は第一列島線内の制海権の確立を2010年代、小笠原
やグアムを結ぶ第二列島線では20年での確立を目指し、空母
数隻を配備して40年までには太平洋とインド洋の米軍の支配
に終止符を打つことを意図している」
「中国の軍拡は、南シナ海東シナ海の領土などの権益を中国
と争う日本など米国側の諸国に、米国への依存を難しくし、
併呑するためなのである。これらの諸国は自主防衛を強化す
るか、中国に屈服するかの選択に迫られている」
のが現実のようなのです。
中国に屈服するなどとんでもないことですが、この「日本
国家のすぐ来る危機」に対する国民の意識、政策はもっとし
っかりしないと大変なことになる、と浅学非才の一市井人は
心配するのであります。
すぐ来る危機 1
2011年2月7日
非才かつ浅学の私は最近、これを知ってびっくりしまし
た。それは、「戦略国境という概念がある」ということで、
「改革・開放政策の結果、中国は海洋に依存する通商国家へ
と変化した。そのため、沿海部の経済都市の防衛や海洋資源
の獲得が必要となり、海空軍力を背景に国防圏を自国からで
きるだけ遠い海空域にまで拡大することを狙うようになっ
た。この戦略を裏付ける理論が、「戦略国境」という概念で
、そのときの国力や国際環境によって国境は変わるという考
え方だ。
ヒトラーはかつて、「国家が生存発展に必要な資源を支配
下に収めることは、成長する国家の正当な権利である」とし
て、近隣諸国の併合を正当化したが、これと全く同じ論理だ
といえる。中国はこの戦略国境を拡大するために、外洋で行
動できる海軍力の整備を進めている」
というものです。
国連海洋法条約など国際法を無視したメチャクチャな考え
方ですが、これが今の「中国」なのです。
これを知った直後に、新聞報道を見たのですが、米国議会
の超党派の戦略諮問機関「米中経済安保調査委員会」が1月
27日での公聴会で、「中国の積極防衛戦略と地域へのインパ
クト」が表明されたそうです。
公聴会の内容によると・・・、
(すぐ来る危機 2 へ続きます)
百術不如一誠
2011年1月29日
数年前、行きつけの理髪店の壁に「百術不如一誠 小沢一
郎」と書いてある色紙が貼ってあり、マスターに由来を聞い
たら「昔、自民党で仕事をしていた時に貰ったもの。コピー
だけどね」とのこと。
(小沢一郎HPから)
昨年、山小屋用の土地を求めたとき、現地の不動産屋の壁
にも貼ってあり、89歳の社長は「自民党支部から貰った」。
知っていましたが、89歳に敬意を示して、読みと意味を尋
ねたところ「ひゃくじゅつはいっせいにしかず、と読み、百
の術策も一つの誠意には及ばないという意味。だから小沢と
しては、事に当たっては策を弄さず誠意をもってあたる、と
いう信念のようだ」と教えてくれました。
そして「実際はどうだかね」とニヤリとしたのです。
この人は今、政治資金をめぐる事件で、政治倫理審議会
や国会の証人喚問に出るとか出ないとか、百術をこらしてお
り、「一誠不如百術」の様です。
行いが正しかろうが悪かろうが、出るところには出るのが
男としての「百術不如一誠」だと思います。
幸い、悪相で口下手であり、得体が知れないところがある
ので国民的人気がないようです。
これがもし、男前で弁舌さわやか、清廉潔白な印象を与え
るならば、ノーテンキな国民は、この人をトップに選んでい
たでしょう。
私は、この人が悪相でよかった、と思うのであります。
まっとうな感覚
2011年1月19日
作家/曽野綾子の最近の新聞での言葉。
民主党がマニフェストを唱えて失敗したというのに、みん
なの党は「アジェンダ」という。国民がこういう外来語に違
和感と不快感をもっていることになぜ気が付かないのか。
また、昔は○○製鋼とか、××電鉄とか、会社名の一部に
企業内容をあらわしていた。それがこのごろは英語とかアル
ファベットの名前が増えた。これらの会社は、思いあがって
いるからであり、消費者は何をする会社なのか全く分からな
い、ということに気がついていない。
何事にも謙虚であるということは、基本的にまっとうな感
覚であるのに。(要旨)
これを読んで、かねがね「これは企業の不遜な態度ではな
いか」と思っていた別のことを思い出しました。
キヤノン株式会社の表記はキャノンではなく、キヤノンだ
そうです。これは、「キャノン」では「ャ」の上に空白がで
き、穴が空いたように感じてしまうので、全体の見た目のバ
ランスがきれいに見えるように「ヤ」とした、とのこと。
他に同様の企業名として富士フイルム、シヤチハタ、キユ
ーピーがあります。
日本語の表記方法は「促音は小さく書いて表す」となっ
ているのに、あえて見た目のバランスを大事とする、のはそ
の企業の勝手ではありますが、私などは傲岸不遜に思え、反
感を覚えます。
反感がある会社の商品は使いたくないのですが、プリンタ
ーはキヤノン製だし、三文判はシヤチハタ、マヨネーズはキ
ユーピー、写真のフィルムは昔は富士フイルム製を使ってい
ました。これは実生活上、止むを得ないからですが「表記方
法に反感を持つ」こと自体は、曽野さんも「何事にも謙虚で
あるということは、まっとうな感覚」と言っているので、私
のこの反感は正しいと思うのであります。
初日に祈る
2011年1月19日
私の住んでいる地域の神社は、拝殿を背にして鳥居に向か
うと、その中心の延長線上のかなたにある三河富士(村積山)
のあたりから初日が出るような立地になっています。
今年の元旦の朝7時にその初日の出を拝みました。
以前に、神に祈るとは「神頼みをすることではなく、たと
えば、無事息災や平和であるようにという願いを持ち、実現
するように努めると誓うので、見守りください、ということ
だ」と読んだことがあり、「もっともだ」と思ったので、以
来そのようにしています。
その数日後、原川祐弘東大名誉教授の「今の民主党は、閣
僚が日本の国土を護るために死んでいった人を祀る神社に
参拝することを禁じており、左翼系大新聞の主張どおりに行
動している。朝日を拝まずに朝日新聞を拝んでいる。だから
失政が続くのである」の記事を読み同感しました。
私は昨年、故あって朝日新聞の購読をやめていたので、清
々とした気持ちで文字通りの朝日を拝んだのでありました。
ステキな発想が
2011年1月2日
寝たきりで、口に筆をくわえ、野の花や身近な風景の水彩
画に詩を加えた作品で知られる星野富弘さん。
詩「幸せ」の一節に、
「辛いという字がある もう少しで 幸せに なれそうな字
である」
こういう風なステキな気づきや発想が、いつもできるよう
になりたいと、年の初めに想うのであります。
(最近の産経新聞web版を参考にしました)
今は核武装でなく
2010年12月24日
日本の核武装の考え方について、最近の産経新聞web版の
記事をもとにまとめてみました。(下記「」内は記事です)
「北朝鮮による核開発やヨンビョン島砲撃事件、尖閣諸島
沖の中国漁船衝突事件など、日本の安全を脅かす事態が相次
いでいるのに、わが国はなんら有効な対抗手段を打ち出せな
いでいる。歯がゆいばかりの閉塞状況の中で、改めて日本の
核武装の是非を問う議論が起きている。」
私は単純に、田母神・元航空幕僚長のいう、
「自分さえ悪いことをしなければ相手も悪いことをしない、
なんてことはありえない。世界はもっと腹黒だ。
国同士の交渉は軍事力の均衡がなければ結局は腹黒い相手
の言い分を呑まざるを得ない。
中国が空母を持つと日中の軍事力は逆転する。核兵器は使
うために持つのではなく、平和的な問題解決や戦争抑止、防
御のために必要」
の論に賛成なのですが、簡単には持てないわな、とぼんやり
と思っていました。
記事の大森義夫・元内閣情報室長の言い分を読み、ぼんや
りが少し具体的になりました。
「もし今、日本の首相が「核武装」を言い出せば、国論を
二分する大騒動になり、反対運動を抑えられず混乱を招くだ
けの結果になる。政治的に不安定な今はそのときではない。
また、核武装を言い出せば欧米各国はたちまち原発の燃料も
売ってくれなくなり、日本は孤立するだけだ。
核兵器開発も簡単でなく、兵器開発の研究者もいないし、
核実験もやらなければならない。原発ひとつを作るだけでも
大変なのに地域をどうやって説得するのか。
いきなり核兵器を持つのではなく、通常兵器で破壊力の
あるミサイルを備えるほうが国民のコンセンサスを得られや
すい。
また、核ミサイル発射可能なアメリカの潜水艦に海上自衛
隊の高級士官を乗艦させてもらうようにする(それだけでも
抑止力になる)など、中間的なステップから始めるべきであ
る。」
うーむ、なるほど。どうやら中間的なステップからの方が
現実的なようです。
しかし、「安全を脅かす事態が相次いでいる」のに、相変
わらず平和ボケ世論に果たして、「改めて核武装の是非を問
う議論が起きている」のでしょうか。一刻も早く核武装是非
の議論が国中に湧き上がらないかな、と思うのであります。
*罵声は児童虐待
2010年12月15日
以前に、近くの高速道路工事の現場で工事監督が作業員
をのべつまくなしに怒鳴っており、近くの住民には工事騒音
よりも迷惑であることを責任者に訴えたことを書きました。
私には、権力を持つ者が目下の者を口汚く罵ることを嫌悪
する気持ちが、ことのほか強くあるように思います。
先日、同じことを椎名誠が本「コガネ虫はどれだけ金持ち
か」(毎日新聞社)で書いているのを見かけ、意を強くしまし
た。
少年野球の練習で、監督だかコーチがたいてい口汚くえば
りまくっているのが聞こえてきて、どうもいやな感じだ。ス
ポーツに厳しい叱咤はつき物だが、どうもおしなべてこうい
う少年野球のリーダー達はなにか共通して度を超えていて、
絶対優位の立場からか、虐待に近い罵声の連続が聞こえる。
まるでチンピラヤクザの口調だ。巻き舌で「てめえらノタノ
タしやがってこのやろう!」なんてのべついきまいている。
こういうチームで鍛えられると、こどもの教育にいい、など
とここに子どもを参加させている親は思っているのだろうか
。(抜粋)
遠くに住む私の娘のところも同じらしく、それがイヤで小
学生の子どもを野球ではなく、穏やかなリーダーのサッカー
クラブに入れています。
度を越した罵声を浴びせるのは児童虐待になるのではない
か。そういうヤツは現行犯逮捕してほしいと思うのでありま
す。
*命より重いもの
2010年12月7日
自衛隊を退職した人が普段は会社などで働きながら、い
ざというときには召集され自衛官として活躍する「予備自衛
官制度」があります。さらに平成13年に、自衛官の経験が
ない人のための「予備自衛官補」という制度ができました。
本「いざ志願! おひとりさま自衛隊」(岡田真理/文芸
春秋)は、27歳の独身女性が予備自衛官補に応募し、合
計50日間の訓練を経て人として成長し、予備自衛官に任
用される過程を軽いタッチで綴っています。
そのなかに、
『予備自衛官補訓練初日。大隊長の訓話で、「人の命は地球
より重いといわれるが、われわれ自衛官には命より重いもの
がある。それは国民を守るという使命感だ。君達はこれから
の訓練で自衛官としてのその素養を身に付けよ」と言われま
した。
自分の命よりも大切なものというのはなかなか見つからな
いものですが、自衛隊はそれを私に与えてくれました。しか
も「国民を守る使命感」という大きなもの。プレッシャーや
責任を負う苦痛を伴いながら、一方ではとても嬉しいことで
あります。この使命感を持たせてくれたことに感謝していま
す』
とあります。
私も二十歳代の三年間を航空自衛隊にいましたが、この
本を読みながら「そうだったなぁ」と思い出していました。
その直後、ネットで偶然にも自民党の宇都隆史・参議院議
員(元航空自衛隊一等空尉)のブログが目に留まりました。
私は元・自衛官として、「服務の宣誓」に調印をさせてい
ただいた。ほかの国家公務員には決してない一文が、そこに
は入っている。
「事においては、身の危険を顧みず、身をもって責務に邁進
し、もって国民の負託に応えるものとする」。この国家に命
を懸けた社稷(しゃしょく=国家の危急存亡のとき、その危
難を一身に引き受けて事に当たる)の臣となる、という宣誓
である。(要旨)
おや?警察官や消防士は命を掛けないのか、と思い警察
官の服務宣誓を調べてみると、やはり命を掛けますとは書
いてありません。
まぁ、これは「国家を守る」という職務と異なるので当然
ですが、尖閣や北朝鮮問題の国家危機情勢のなかで、上の二
例から、あらためて「身の危険を顧みず、身をもって責務に
邁進」するはずの現役自衛隊員の心意気を頼もしく思った
のであります。
*アインシュタインの言葉
2010年11月29日
私の10/10/28付けのブログ「日本人が自信を持つ方法
」で、アインシュタインが日本と日本人を褒めそやしている
ことを、本「世界の偉人たちが贈る日本讃辞の至言33撰」
(波田野毅/ごま書房)から引用して書きましたが、どうも
アインシュタインはそんなことは言っていないようなのです。
その後、ネットで中澤英雄・東京大学教授(ドイツ文学)
の「アルベルト・アインシュタインと日本」という文章を読
みました。
それを要約すると、
本やインターネット上に広まっている【アインシュタイン
の予言】なる文章は創作であるとした理由は、
(1)どこにも確固たる典拠がない。
(2)内容がアインシュタインの思想と矛盾する。
という2点である。
調査すると、この言葉の語り主は、一九世紀ドイツの国法
学者で、ローレンツ・フォン・シュタインである。明治の元
勲の一人である海江田信義が、1887年にウィーンのシュ
タインのもとで憲法に関する講義を受けたときの言葉が、時
の流れでいつの間にか【アインシュタインの言葉】にすり替
わってしまったのである。
すり変わった理由は、
1) ローレンツ・フォン・シュタインと言われても、どう
いう人物か知っている人はあまり多くはない。天才物理学者
アインシュタインが言ってこそ、ありがたみが出てくるので
、創作者は、名前の類似性を利用して、フォン・シュタイン
をアインシュタインにすり替えた。
2) 「フォン・シュタインの言葉」として知られていたも
のが、名前の類似性から「アインシュタインの言葉」として
誤解されて流通し始め、人から人へと引用されていくうちに
、文言が変えられていった。
のどちらかであろう。
という内容です(詳しくは「中沢英雄 アインシュタイン」で検索し
てみてください)。
アインシュタインの言葉とする本は「日本文明の真価」
(清水馨八郎/祥伝社黄金文庫)にもあり、ネットでも散見
されるようですが、さらにそれを否定する記事もたくさんあ
ることも分かりました。
ともあれ今回のことで、浅学非才たる私が他人の言葉を引
用する場合、「出典を明確にする」ことを再認識したのであ
ります。
*名言の効用
2010年11月23日
ふと思いついて、ネットで先人たちの名言を調べてみまし
た。
・例えば10年後にはきっと、10年でいいからもどってやり
直したいと思っているのだろう。 今やり直せよ。10年後か
、20年後か、50年後からもどってきたんだよ今。.
・傷ついたのは、生きたからである。
・過去を否定してはいけない。 過去を否定することは自分を
否定することになる。
・考えすぎると、人間は臆病になる。
・雨は一人だけに降り注ぐわけではない。
・諦めるな。一度諦めたらそれが習慣となる。
・長続きするたった一つの愛は片想い。
・弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは
強さの証だ。
・例え明日死ぬとしても、やり直しちゃいけないって、誰が
決めたんですか? 誰が決めたんですか?
・大人とは、裏切られた青年の姿である。
・われわれは現在だけを耐え忍べばよい。 過去にも未来にも
苦しむ必要はない。 過去はもう存在しないし、 未来はまだ存
在していないのだから。
・牛乳を飲む人より、牛乳を配る人のほうがよっぽど丈夫だ
どれとは言いませんが、なぜか涙がでたし、勇気付けられ
もしたのであります。
*英語の誤用?
2010年11月19日
外国の、あるネット掲示板で外人が、日本のことをあれこ
れ話し合っており、ひとつのテーマに「日本で商標や製品に
英語を使うことをどう思う?」というのがあります。
その中に、「JRはフリーきっぷ(free ticket=お得なき
っぷの一つで、往復と指定されたエリアが乗り放題になる)
を提供しているんだが、free(無料の)なのに料金を払わ
ないといけないんだぞ」
「オウ、それからこれを知っているかい?。日本人はfrea
market(蚤の市=古物市)のことをfree marketだと思っ
ているんだ」
とか言っております。
なるほど、JRの「free」はそう思うのか。しかし、free
marketは、本来はfrea marketとは知りませんでした。
さらに読み進めると、「君達は間違っている。日本人にと
って響きや見た目に良いか、エキゾチックな異国情緒を内包
してればOKなんだ。英語圏の人に意味が通じるように、な
んてのは無関係なんだ。」という人がおり、こちらの事情を
ズバリ代弁してくれています。
(実は、上の英訳部分は本「ザ・ニッポンレビュー!(え
いち編・著/洋泉社)」からの引用です)。
フリーマーケットについて、ウィキペディア(フリー百科
事典)を調べてみると、「主催者によっては”蚤の市”と
”自由市場”の違いを認識しつつ、自由参加を強調するため
、あえて和製英語的にfree marketと表記することがある。
しかし、誤用であることには変わりない。」となっていまし
た。
「英語圏の人に意味が通じるように、なんてのは無関係」
からすると、誤用である、と断定しなくてもよいのではない
かなぁ、と思ったのであります。
*日本人が自信を持つ方法
2010年10月28日
傑出した理論物理学者で、相対性理論で有名なアルバー
ト・アインシュタインは、ノーベル物理学賞を受賞した19
22年(大正11年)に来日し43日間滞在しています。そし
て、日本のすばらしさについて驚嘆し、次のように褒めそや
しています。
・日本のすばらしさは、きちんとした躾や心の優しさにある
・日本人はこれまで知り合ったどの国の人よりも、全ての物
事に対して物静かで、謙虚で、知的で、芸術好きで、思い
やりがあって非常に感じがよい人たちである
・この地球という星の上に今もなお、こんな優美な伝統を持
ち、素朴さと心の美しさとを備えている国民が存在してい
るのは驚きである
・日本の風光は美しい。日本の自然を洗っている光はことの
ほか美しい
・これほど純朴な人間の心を持つ人は、日本人以外にどこ
にもいない。この国を愛し、尊敬すべきである
そして、世界の平和を希求するアインシュタインは、
「(明治維新後の)近代日本の驚異的発展ほど世界を驚か
せたものはない。また、(世界が戦争で興亡を繰り返し、
断絶する歴史のなかで、ただ日本のみが途絶えることの
ない)一系の天皇を戴いていることが、今日の日本をあら
しめたものである。わたしはこのような尊い国が世界に一
箇所くらいなくてはならないと考えていた。われわれ人類
は、ゆくゆくはまことの平和を求めて、世界的な盟主をあげ
なければならない。この世界の盟主なるものは、武力や金
力でなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた
尊い家柄でなくてはならぬ。それlには、アジアの高峰、
日本をおいてない。われわれは神に感謝する。われわれに
日本という尊い国を作っておいてくれたことを」とまで言っ
てくれています。
以上は本「世界の偉人たちが贈る日本讃辞の至言33撰
」(ごま書房/波田野毅)のアインシュタインの項からの抜
粋ですが、この本ではほかにペリー提督、ルーズベルト大統
領、ネール首相、マルコ・ポーロなど世界に名だたる偉人た
ちが日本を賛美しています。
私はこのことをこの本を読むまでは知りませんでした。多
分、日本がいかに素晴らしい国であるかの教育を受けた人
は少ないのではないでしょうか。こういう教育を学校で、
もししていないのならば、ぜひしてほしいと思うのでありま
す。
(10/11/28追記:その後、上記のアインシュタインの言葉は本人の言
葉ではないことが分かりました。11/29付けの「アインシュタインの言
葉」をご覧ください)
*批判精神で見る
2010年10月09日
病院の待合室で、おばぁちゃん同士が税金の無駄遣いや医
療問題など、政治向きの話をしていたのをもれ聞いていたら
「テレビでみのもんたがそう言っていたから」と何回か言
いました。「あ、やっぱりテレビに毒されているな」と思っ
たものです。
「テレビというのは、そもそも ”こうすれば視聴率が
稼げるだろう、中身はどうでもよい” という、いわば根本
的に真剣さを欠いた動機によって動くメディアなので、紙芝
居以下の白痴番組が毎日ずらりと並んでいるのです。
日本以外の普通の国の国民なら、そういうことは分かって
見ており、いかにテレビでまじめそうな討論をやっていても
”これは演出だ””単なる言葉のレスリングだ”と見破
って、重要なことがらについてはテレビの議論はあまり信用
したりしません。
ところが、日本人はテレビを権威あるものとしているうえ
に、素直でまじめでノーテンキだから、少々ひどい政治番組
やニュース報道でも、真に受けてしまう。ですから、”テレ
ビ政治”が、ひいては日本を低俗で危険な風潮にしているの
です」という論もあります。
テレビや新聞などのマスコミ(NHKを含む)には、経営
者、幹部、社員が全員優秀で思想的に偏りのない、いい人ば
かりがいて正しい情報を発信している、と思いがちですが、
絶対そうではないのです。
白痴番組だけではなく、「伝えない罪」もあります。例え
ば、「尖閣問題」についてマスコミは、中国の100人余り
のデモは報道しましたが、日本の2600人を超える人々が参
加したデモは一切報道しませんでした。「中国側の感情を考
慮した」らしいのですが、報道機関の中に「いい人」ばかり
がいるのではない証拠と言えます。
ですから、前記のおばあちゃん達も含め日本国民は、マス
コミの情報には常に「批判精神で接する」必要があると思う
のであります。
*ニッポンが好きなのに
2010年09月10日
沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突(=領海侵犯)事件で、
せっかく捕獲した中国の船体や船長、乗組員を、中国側から
の圧力で早々と返したのは、私も「国がそんな腰抜けでどう
する!」とナサケナイのです。やはり日本の舵取りは、左よ
りの菅(=仙石)内閣ではダメなのではないかと思います。
気を取り直して、ニッポンのことを好んでくれている外国
人のニッポン評を、ネットでさがしてみました。以下はその
一部です。
Wさん=ドイツ人
日本語の「ライバル=好敵手」の概念に感銘を受けた。欧
州では基本的に「ライバル」は単に「争う敵」というだけで
良い意味では使わない。「力を認めて、より強くなるため
に、競い合う」という概念を表す言葉はない。日本民族の心
の広さが分かる。
ホームステイに来たアメリカ人
8月6日は原爆の事で気まずく、若干不機嫌だった。ホー
ムステイ先のばあちゃん(被爆者)が「アメリカを責めて
ない。ただ平和を訴えてるだけ」と言ってくれたので泣い
た。周りの人も泣いた 。
それから10年近くたって平和式典に参加したら、 ばあち
ゃんが今度は「罪を憎んで人を憎まず」って言葉を教えてく
れた。本当にいい言葉だ、日本にきて良かった、と思った。
モハメッド・アリ・サダト・レザイさん=イラン人
私は焼き物の商売で十三カ国を回ってみて、日本ほど丁寧
な国はないと思った。気持ちがやさしくて世界一丁寧な国だ
よ。ここまで丁寧な国に住んだらもう他の国に住めないね。
さらに、日本に来て一番驚いたのは、イランではイスラム
宗教を通して教えられる、「盗まない」、「嘘をつかない」
、「親を大事にする」、「他人と仲良くする」、とかの生き
方の基本を、日本人は宗教がなくても身に付けて育って、イ
ラン人以上に守っている。これはすごいと思ったね。
この前、国から偉い宗教家が日本に来て、イラン大使館で
一緒にお祈りした時、その宗教家が「日本人はイスラム教で
もないのに真のイスラム教徒のようだ」って言っていたよ。
ロバート・ホワイティングさん(「菊とバット」の著者)
今後決して破られることがないこの新記録(10年連続
200安打)で、米国における「イチロー」に、新たな意味が
加わった。
これまでのイチローは、普通とは違うバッティング・スタ
イルやレーザー・ビームで知られる「文化的偶像」だった。
かつて米国人は日本をカメラを製造する国だと思っていたが
、イチローのおかげで、日本と日本人が「クール」(かっこ
いい)でうらやましいものに変わった。
だが、今回の偉業で、イチローの米国における地位は新し
いレベルに入った。米国人は本来、内野安打より150メー
トルの本塁打に価値を置いていた。しかし、ここに来てイチ
ローの芸術的なバッティング、何より、毎年、高いレベルを
維持する姿に深い尊敬の念を抱くようになった
こういう、よい評価をしてくれている外国の人たちが、今
回の中国に対する措置が腰抜けであっても、ニッポンへの好
意を変えることのないように、と思うのであります。
*トルコへ行きたい理由
2010年09月10日
トルコは親日国だとは知っていましたが、ネットに
「これほどまでに?」と感激する記事がありました。
出典は本「ニッポンの評判―世界17カ国最新レポート」
(新潮新書)とのことです。
「トルコで出産したとき、「日本人の赤ちゃんがいる」と
病院中で話題になり、「見せてもらえないか」とひっきりな
しにドアがノックされた。看護婦は娘を見せびらかして歩き
「おむつを替えるから」と新生児室に連れて行ったまま戻ら
ない。見に行くと、娘を捧げ持ってガラス窓に向けていた。
その向こうには、トルコ人の人だかりが、やいのやいのと
押し合っている。まるで珍獣扱いだ。
旅行者でもトルコの田舎町で地元の子供たちに、「ジャ
ポン、ジャポン」と群がられた経験を持つ人は少なくないだ
ろう。この熱烈さは、事情がわからない日本人がとまどうの
も無理はない。」
トルコ人の日本が好きな理由を調べてみると、
「その昔、士官学校で日本人の山田寅次郎の教育を受け、
日本を尊敬し、手本としていたアタチュルク大統領(故人)
は、国の構造を根本から変える政策手腕を発揮した。
ほとんど信仰の対象に近い偉大な存在で、今も彼の命日
には全国民が動きを止めて黙祷を捧げる、という。そんな
国民が親日感情を持つのは当然である。」
という説が有力なようです。
今まで、韓国や中国へ行くと、心の中にいつも警戒心を
持った旅行でしたが、ベトナムやタイなどの親日国では気
楽に楽しめました。
トルコへ行ってみたい、という気持ちが強くなっています
。上記の本も早速、市の図書館にネット予約したのでありま
す。
*携帯の乗り換え
2010年09月01日 水曜日 21:23:55
ソフトバンクモバイルの携帯電話のテレビコマーシャ
ルは白戸家の父が「犬」で、子どものうちの兄が「黒人」
に設定されています。
この設定に、在日朝鮮人2世の次男である孫正義社長
の、日本に対する悪意が間違いなくあることを、人の
よい一般の日本人はほとんど気付いていないようです。
日本語で相手をののしるときに、「このブタ野郎!」
などといいますが、韓国ではよく「犬」が登場し、卑賤
な存在のものとして使われています。
また、韓国は黒人差別の酷い国で、黒人を人間として
見ていません。
つまり、孫正義は、「日本人は犬畜生にも劣る、獣以
下の生き物である」と日本人を日本のテレビで暗に罵っ
ているのです。
罵る理由はもちろん「反日感情」にあります。
在日韓国人の一部は、このCMを見て「ニヤリ」とし
ているそうです。
日本の国で日本人を罵っている韓国系会社の製品を買
って使うのは、バカげています。人が良いのもホドホド
にし、多くの人は早くこの悪意に気付かなくてはなりま
せん。
コマーシャルの犬の声を演じている、北大路欣也から、
「やめた」と言ってほしいものです。また別バージョン
のCMに出ている、スマップのキムタクからも、「やめ
た」と言ってほしいものです。
私はボーダフォンからの継続でソフトバンクの携帯を
使っていましたが、不買運動があることを知り、「こん
なものを使っていてはいけない」と、途中でドコモに乗
り換えました。経費はほとんど変わりません(むしろ、
電波事情はドコモの方がよい)。
ソフトバンクを解約するときに、専門店の店員から
「参考に、乗り換える理由を教えてください」と聞いて
きたら、「悪意」のことを話すつもりで意気込んでいた
のですが、聞いてきませんでした。
「何で聞かないの?」と言ったら、「アンケートする
ことになっていません」とのこと。上記の理由で乗り換
える人がいるのは計算済みで、つまり、悪意を承知のう
えのCMなのだ、と思ったのであります。
*ハマコーの逮捕で
2010年08月15日 日曜日 03:27:43
ハマコー(元衆院議員の浜田幸一(81))が背任容疑で
逮捕され、8月12日に留置先の千葉北署から黒のワンボック
ス車で千葉地検へ向かった時の様子をテレビで見ました。
当人は紺色のフードで顔を覆い、うつむいており世間に対
して表情を見せませんでした。
これを見て「ハマコー、ナサケナイぞ!」と思ったもので
す。私は、「自分の信念でやったことに、それが悪いことで
あったにしても世間に顔を伏せないのが男だ」と思っており
、ハマコーのそれまでの言動は元ヤクザ(当人の言)だけに
威勢がよく勇敢であったので、こういうときでも口を引き結
んで顔を上げる根性がある人だ、というイメージを持ってい
たものですから、がっかりしたのです。
そこで、私のような感想を持つ人が世の中にいるか、ネッ
トで調べてみると、多くの関連する掲示板やブログの中に、
「せめて堂々としていて欲しかった」
という人がひとりおり、同志を得たような気がしました。
ところが、ネット情報を読み進むうちに、もう一歩つっこ
んだ見方をする人もおりました。
「ハマコーは堂々と記者達の前に顔を晒したかったのに、警
察に無理矢理隠されたのだ」
「あれは中身は別の人だ」
などです。
真偽のほどはわかりませんが、このことで 「そうか、見
た映像を単純に持論で判断しないことの余裕が必要だな」
と反省したのであります。
*英語の社内公用語化
2010年07月23日 金曜日 08:15:46
先日、ユニクロと楽天が社内の公用語を英語とし、社内で
は英語以外を使わない、と発表しました。
すでに日産などほかにも多数あり、実は私が勤めていた会
社も英語ができなければ課長以上にはしないとなっているら
しく、英語ができない私はこれを聞いて「あ〜、現役世代で
なくてよかった!」とほっとしたものです。
かねてより私は、たとえば雨や風にもいくつもの表現があ
る日本語の微妙なニュアンスが、英語や漢字だけの中国語や
ハングルで表せるのだろうか、と疑問に思っていたことと、
近年の日本語の乱れ(日本語能力の衰退)について興味があ
ったこともあり、このニュースを機に反響をネットで調べて
みました。
もちろん賛否両論ありますが、中でおもしろいのがありま
した。
公用語の英語化はグローバルな会社なら必然であるし、副
次的に「コミュニケーションが簡潔化する」と思う。たとえ
ば、上司からあるところへ行くようにとの指示があり、それ
を断りたい場面で、「私は最近似たようなところにも行って
まして、それとは別に風邪気味で体調も悪いので、できれば
今日は行きたくないんですよ」というだらだらした返答を、
「I don’t want to go」(私は、行きたくありません)と
ピシッと骨子だけで、十分意思は通じる。
本当に大事なことだけを簡単な言葉で伝えるのは、結構脳
をフル回転させなければならず、「なるべく短い文章で相手
に伝える」というのはさらに高度。英語が社内の公用語にな
れば、みんなが高度に意思を圧縮して伝えることになり、無
駄な会話や会議が短くなる。英語の公用語化はいいことです
。(要約)
一読、そうなのだろうな、と思ってしまいますが、「英語
化により高度に意思を圧縮して伝えることになる」というの
はおかしい。
日本語だってそのように意識すればできるのであるし、常
に意思を圧縮して伝えることはビジネスライクに過ぎること
になり最良だとも思えないのです。
ネットでみた限り、英語が公用語となっても、同時に日
本語能力も向上させよう」という意向が見当たらなかった
のは何だかさびしく、日本人は素晴らしい日本語を守る努力
を忘れてはならないと思うのです。
神戸女学院大学・内田樹教授の「英語の公用語化は必ず失
敗するだろうと予言する」に内心拍手したのであります。
*愛想が尽き
2010年07月05日 月曜日 11:20:02
お笑いコンビ「ハリセンボン」の太っちょの方が「吉兆の
オカミじゃねぇわ」とか「マイケル・ムーア監督じゃねぇわ
」とか言うのは、芸風だからかろうじて許せると思っていま
す。
しかし、私の言語感覚では、一般人が例えば、「〜ないよ
」を「〜ねぇよ」と言うのは、やはりどうも品がない言い方
なのです。
もちろん、品がないとは思わない人も多くいるのは承知し
ていますが、しかし、大新聞ともあろうものが、インタビュ
ーされた人はきちんと「〜負けない」と言っているのに、見
出しを「〜負けねぇ」とするのは、もはや許せないのです。
記事本文(要約):サッカーの主審が吹くホイッスルを作
っている会社の社長。テレビのW杯中継でも、自社の笛の音
はすぐ分かる。「ブブゼラなんかにゃ負けないよ。小さな
笛だけど、うちの笛は世界一だからね」
見出し:主審の笛 ブブゼラにゃ負けねぇ
(10/07/01朝日新聞)
なぜわざわざ見出しを「負けねぇ」としなければならない
のか、私はこの新聞社の見識を疑ってしまいます。
巷で、主に「偏向報道」への抗議として静かに起きている
新聞の不買運動に加担するだけでなく、個人の感覚として「
マスゴミ」にも書きましたように、こんな読んで気分を害す
るような新聞にほとほと愛想が尽き、購読を中止することに
したのであります。
*マスゴミ
2010年06月21日 月曜日 19:40:32
ネットの世界には、TVや新聞などのマスコミのことを「
マスゴミ」という表現があります。
その理由は、取るに足らないゴミのような内容の番組や記
事が多いというだけでなく、自国の伝統を否定するような表
現や、国民を意図的に左または右へ導こうとする「偏向報道
」も多いからです。
中でも私が許せないのは、購読している新聞の皇室記事の
不遜な表現です。例を挙げると、
「天皇、皇后両陛下は13日、関市であった”全国豊かな海
づくり大会”の式典に出席した。天皇陛下はアユ、・・・、
皇后さまはアマゴ、・・・の稚魚をそれぞれ放流した。伝統
の”小瀬鵜飼”の披露に両陛下は盛んに拍手を送っていた。
参加者全員がカスタネットをたたくと、両陛下も一緒にたた
いていた。」(6/14朝日新聞)
なぜ「・・・した」を「・・・された」とできないのか。
企業としての主義や思想の前に、皇室を敬愛する国民が多
いのに敬語を使わないのは、新聞事業という商売からみると
間違っていると思います。
商売よりも主義・思想が大事と捉えるのは勝手ですが、聞
けば新聞事業は今や赤字だとか。「読者はお客様」の観点に
立ってよく考えるなら、こういう表現や赤字にはならないは
ず。「マスゴミ」の典型です。
上の思考はやや無理がありますが、その他にも反感を覚え
ることがあり、私は次の購読契約期限でこのようなゴミ新聞
の購読をやめることにしたのであります。
*この程度の
2010年06月11日 金曜日 13:02:03
大衆が下す総意は結果的には常に正しい(「大衆は大知な
り」)と言いますが、「この程度の国民にしてこの程度の政
府」とも言います。
一国の宰相として余りにも器でなかった人・鳩山さん(そ
して民主党も)を選んだのは、とりもなおさず「この程度の
国民」なのですから、大知も一休みのようです。
鳩山さんと民主党は、米海兵隊の普天間基地を「最低でも
県外へ」と主張していましたが、深い洞察や目算もなかった
らしいのです。
一般に、わが国の防衛上の観点から、地勢的には沖縄の米
軍基地はなくてはならないもので、基地存在の苦痛や危険性
は酷であっても沖縄には負担してもらことになるのであり、
その代償は、つまるところ「金銭で解決する」しかありませ
ん。
太平洋戦争最後の激戦であった沖縄戦を、米軍上陸時に約
1万人の部隊を率いて県民とともに戦った太田実中将が、自
決する直前に海軍次官宛てに発信した電報 「沖縄県民斯ク
戦ヘリ。県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」を
打ちましたが、この中の「特別ノ御高配ヲ」の答えとして、
今は基地負担への手厚い代償をすることだ、という論があり
ます。
また、在日米軍の基地140カ所のうち45カ所が沖縄県に
集中しており、イザという場合、日本の他の地区と比べ最も
安全という見方もあります。
ところが、沖縄でのその「抑止力」は陸海空軍が担ってお
り、普天間の海兵隊ヘリコプターは特には要らないらしいの
です。
もしそうであれば「県外へ」は大知であった、ということ
になりますが、昨年夏の衆議院選挙で 自民党がダメだから
民主党」を選んだことが大知であるかどうかは、どうやら疑
問符がつくようです。
そう思って「この程度の国民」も菅政権の政策をしっかり
見ていなければならない、と思うのであります。
*店主のユーモア
2010年05月17日 月曜日 23:24:32
先日、浜名湖畔にある温泉街を散策していて、小さな居酒
屋の店頭の看板に思わず笑いました(コチラ)。
「宮内庁御用達」と表示している有名店の自慢ぶりを逆手
にとって、ウチは「御用無し」とわざわざ看板を出している
ことに店主のユーモアのセンスを感じます。
それだけでなく、ゴヨウタシ」に対して「ゴヨウナシ」と
よく似た語感で逆の意味にしていることにも感心します。
一方、わが市内のあるうどん専門店の出口専用の片開き戸
に、「故障中。手で完全に閉めてください」という手書きの
貼り紙がしてあります。
自動で閉まる戸が最後まで閉まらないので「恐れ入ります
が最後はお客様が閉めてください」というお願いなのですが
、貼り紙がされてから2ヶ月くらい経っています。
とりあえずのお願いの気持ちはよいのですが、客商売とし
て大事なのは、「一日も早く故障を直し、お客様にいつまで
も迷惑をかけない」という精神であり、その精神があれば、
応急処置として例えばゴムヒモででも直せるのです。
このうどん店の本店はHPによると、全国に現在347の店
舗を展開しており、さらに拡大しようとしています。
会社のスローガンは「徹底したお客様指向で外食産業の
リーディングカンパニーを目指します」ですが、これでは掛
け声倒れなので、本部店に親切心からこの貼り紙のことをメ
ールで知らせておきました。
その際、親切心だけでは足りずに「もしかして、どんぶり
の上げ下げはお客様のセルフサービスだから、故障した戸の
開閉もセルフで・・・というユーモアなのでしょうか」と揶
揄しておきました。
これは私の少しシニカルなユーモアのつもりです。
*備えあれば
2010年05月05日 水曜日 21:37:42
今建築中の山小屋で泊まるとき、私は万が一の夜の暴漢か
ら身を守る武器として、野球のバットと薪割り用の鉈(なた
)を枕元に置いて寝ています。暴漢を照らし、自分の姿を見
にくくしながら武器を見せられるようにヘッドランプも用意
しています。
自衛隊の田母神・元航空幕僚長はTVや本で(おそらく講
演でも)、今の憲法や非核四原則(核兵器を持たず、作らず
、持ち込ませず、議論せず)を揶揄して、おもしろい言い方
をしています。
「日本に対して悪意ある外国が理不尽な事をしかけようと
しても、明確な備えがあれば抑止力が働くが、平和憲法や非
核方針は、例えて言うなら暴漢に対して”こちらからは絶対
に殴りません。理不尽なことをするなら、話し合うぞ!”
というようなものである」と。
田母神氏独特のユーモアある言い方であり、このユーモア
が分からない人は論外ですが、分かる人でも笑ってばかりで
はいられないのです。
もっと、抑止力の強化(憲法の見直し、核武装化など)の
気運を盛り上げなくてはなりません。
私は山小屋に暴漢が来たら、鉈を構えて威嚇するつもりで
います。
*ソウルのカジノで 2
2010年04月21日 水曜日 08:41:58
(続きです)
結局、十数回やって50000ウォン(約4000円)になっ
たところで、時間切れになりました。
帰国してからネットで調べると 「一般にカジノでは、時
々出目に操作を加え、掛け金の少ない方に目が出ることが多
い」との情報もあり、何らかの方法で経営側が損をしないよ
うになっているのだそうです。
今回私が勝ったのは、ディーラーが間違えて交換してくれ
たという幸運があったことと、短時間で切り上げたことのほ
かに、自分の直感にすなおに従ったことなどがあると思いま
す。勝負中に悟ったこととは、とにかく自分の直感を信じる
、ということでした。
少ない儲けながら勝ったということとともに、単純な博打
は自分の直感を信じ迷わないこと、そして自分の直感も捨て
たものではないと分かったことがうれしいのであります。
*ソウルのカジノで
2010年04月20日 火曜日 22:32:38
先日のソウルツアーに付いていたカジノ見学のときに、
2500ウォン(約200円)の賭けチップをくれたので、カジ
ノの中で一番簡単な「大小」というゲーム(博打)をするこ
とにしました。
大小は本「深夜特急」(沢木耕太郎/新潮文庫)で多少の
知識はありましたが、博才がないことは自認しており、儲け
ようなどというつもりはなく少し楽しめればいい、と思って
いました。
3つのダイス(さいころ)を振って、出る目の合計が大き
いか(11〜17)小さいか(4〜10)を事前に賭けるのが基
本であり、これがゲーム名の由来です。当たれば賭けチップ
が倍額で戻ります。ただし3つとも同じ目の場合はカジノ側
の控除分((6/216=2.8%)となる博打です。
台の上にある電光掲示板にこれまでの十回分の出目の経過
が、「大大小小大小大小・・」というように示されており、
それを見て次に何が来るかを判断するのです。もちろん、「
大」と「小」が出る順番にはなんの規則性もありません。
大勢の人で熱気ムンムンの中、一回目は単純に直感で小の
場所にチップを置き、勝ちました。5000ウォンのチップが
戻ってきたので2500ウォンを二枚にしてもらうつもりで「
チェンジ!」と言ったら、なんとディーラー(OL風の若い
女性)が5000ウォンのチップを二枚くれました。間違えた
のです。戸惑っていたら、隣で賭けていた見知らぬ三十代の
日本男性が「だまって貰っておきな」と助言してくれました。
この博打に勝つためには「自分なりの必勝理論が肝心」と
か、「チャイニーズ逆張り法」とか、「サイコロの声を聞く
必勝法」とかがあるそうですが、もちろん私にはそんな知識
はありません。
電光掲示板を見て、「そんなに大ばかりは続かないはず」
とか、「もう一回は大がくるはず」と根拠のない確信=虚心
坦懐な直感 で2500ウォンを一枚づつ張りました。途中、
一回だけ迷って直感とは逆に張ったら負けでした。そこであ
ることを悟りました。
(上のソウルのカジノで 2 へ続きます)
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