『伊勢物語』第九段の「東下り」によって、八橋は一躍人々に知られるところとなった。そのときから八橋の歴史は始まったのである。訪れる人々によって歌が詠まれ、また、八橋の情景を想像しては歌が詠まれてきた。そして、八橋は歌枕として数々の書物にその跡を残してきたのである。
 現在、八橋は愛知県知立市の北東に位置しており、「文学・伝説のふるさと」または、「杜若の名勝地」として全国に知れ渡っている。
    から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
という有名な歌を読んだ在原業平の伝説に基づいて、古来八橋には、業平に関わる遺跡・遺物が多く残されている。そして、毎年5月1日から1ヶ月間、「杜若まつり」が行われているのある。
 このように、八橋は多くの人々に親しまれるところとなった。それには、八橋が歌枕となり得たことによるところが大きいと考えられる。では、八橋は何時から歌枕となったのであろうか。そして、その成立過程は如何なるものであり、どのような進展を見せたのであるかを、ここで考察するのである。