人魚變生  山田章博

声な立てそ、
我は汝が眷属なれば



大学時代、山田章博と出会ったとき、「こんな漫画もあるのか」とショックを受けた。

浪漫・耽美・洒脱・妖艶・幽麗・・・そんな形容が当てはまる独特の世界。 頁を開けば物語に耽ってしまい、時も現実も感じられなくなる。 読み終えた瞬間背筋に震えが走りしばらくはその余韻が響き続ける。

この出会いが現在の自分の嗜好を幻想的作品(ってゆーか雰囲気モノ)へ向けさせたと言えるかもしれない。


まず、絵がイイ
「墨の魔術師」と呼ばれるその画力を否定する人はいないと思う (その絵が好きか否かは趣味の問題だけど)。
描かれる女性の艶っぽさといったらもう最高である。 細い線で書き込まれた目もと、髪、服の皺。大胆に省略された郭線と鼻梁。 浮かぶ表情も台詞以上に語りかけてくる。
人物だけではなく、背景にも表情がある。 真っ白だったり真っ黒だったりシルエットだったり細かく書き込まれてたり。 場面場面の雰囲気を見事に作り出している。

一コマ一コマが「絵」であって、「漫画」ではないのがこの作風を作り出す大きな要因だと思う。
漫画的な文法(効果線やパース、擬音、過剰なアクションなど)を使わず、 絵のみで表現するためには一コマ一コマに表情(雰囲気)を作り出して 読者にそれを感じさせなければならない。 一つのコマが「絵」として独立できるだけの質を要求されているのだ。

そして物語がイイ
いわゆる奇譚。不可思議な出来事が起こるけれど、それは何気なく物語にとけ込んでいる。 「現実感のない存在感」とでも言えばいいのか。 読んでる方も自然に異世界に入り込んでしまい、普段の現実とは何かが違う不思議な感覚に酔ってしまう。

何よりも雰囲気がイイ。
絵も物語もそれぞれに、静かで、美しく、昏く、妖しげな雰囲気を湛えている。 それらが一体となって作品になったときに現れる世界の抗い難い魅力には、 ただもう飲み込まれ、溺れてしまうばかり。

さらに、ラストがイイ。
それまでに作り上げてきた雰囲気が一ページに収斂させられる。 その印象は強烈に脳裏に焼き付き、読後しばらくはその余韻が響く。

とにかくイイ。
『人魚變生』が本屋に置いてあるなんてことはまずないと思うので、 注文でもしないと読めないとは思うけれど、それだけの価値はあると思います。 「雰囲気モノ」を愛する人はぜひ読んでみてください。 (併せて『BAMBOO HOUSE』もね)


人魚變生/山田章博
東京三世社/MY COMICS

最近はすっかりイラスト屋さんだからねえ・・・(-_-;)
Return