夜明け
by阿部市英夫

 西暦2000年2月29日深夜、時を同じくして2体の巨大妖魔が水上町を襲った。だが、退魔官養成学校である「大和武尊」の学生たちである準退魔官も多数撃退作戦に参加し、一体は封印され、一体は倒された。退魔官、準退魔官に多数の殉職者を出してのことではあったが。

1:頂上の勇者

 巨大妖魔が倒されたとはいえ、まだ暗い現在では混乱が続いていた。いまだ残る下級妖魔との戦闘、多数の負傷者の応急手当、魔力を使いきり戦線を離脱するもの、友人、知人の姿を求めて探し回るものなどがあふれている。そんななかの一人、やはり魔力を使い切ったのであろう、うつむいて地面にぺたんと座っていた女子学生、境晴美がぽつりとつぶやく。

「・・・会長さん、助けられなかった・・・」
会長、というのは大和武尊の学生会長、おいこらまてやのことである。もちろん殉職したのは会長だけではないし、会長の遺体は確認されていない。が、晴美は、会長が妖魔の黒い炎に包まれながらもその一つ目に巨大な退魔刀を突き立てる姿を目の前で見ている。更には会長は晴美の友人の兄でもあるのだ。本来おとなしい性格の晴美がこの決戦で巨大山形妖魔の頂上まで上ったのも友人たちの手助けがしたかったからであるし、助けられなかったと悔やむのも仕方ないだろう。心がすでにマヒしているのか涙は出ない。ただ猛烈な脱力感が晴美を包む。座りこみ、うつむいたままの晴美に、後ろから声がかかる。
「よかったぁ、無事だったのね。晴美ちゃん」

ノロノロと振り向いた晴美の視線の先に立つのは美しい、長い髪の学生である・・・体格のよい男子ではあるのだが。彼女・・・ではなく、彼も頂上まで上った勇者の一人で、名前を九十九菊政という。その言葉使いも姿も「美の追求の結果」だそうだ。
「・・・お菊さん・・・」
ようやく声を絞り出す晴美の横に菊政はすっと腰を下ろす。
「お疲れ様。晴美ちゃん。怪我とかしてない?」
「大丈夫です。けど・・・」
再びうつむく晴美の言いたいことを察し、菊政もうつむき加減につぶやく。
「そうね。二度と見たくなかったんだけど」

菊政はかつても大きな戦闘を経験している。富士の裾野、鳴沢演習場に現れた妖魔により多くの仲間を失い、菊政自身も大怪我を負った。怪我の癒えた後、同じように生き残った仲間たちと悲劇を繰り返さぬよう行動し、通称「鳴沢組」と呼ばれている。今回も妖魔との対決に力を貸しに来たのであるが・・・

「・・・まだ、力不足なのかしら」
悔しそうにつぶやく菊政に、晴美がうつむいたまま言う。
「マスクしたほうがよかったですか・・・」

実は晴美にはホッケーマスクをかぶると性格が豹変し、攻撃的になるという一面がある。箱入りで育てられ、たまったストレスの反動なのであろうが。本人も自覚しているのだが、今回はマスクをかぶらず参加していた。

「やっぱり、わたしじゃ駄目なんでしょうか」
菊政は顔を上げ、晴美の方をぽんぽんと叩いて言った。
「大丈夫。晴美ちゃんはよくやったわ」
「でも・・・」
声を詰まらせる晴美に、菊政は優しく声をかける。
「今回はこちらの負けじゃないわ。妖魔は倒したし、晴美ちゃんも立派に戦ったわ。何より晴美ちゃんが生き残ってる。これが大事なことよ」
「でも、あっちのわたしのほうが・・・」
なおも悔やむ晴美に菊政が言う。
「どちらも晴美ちゃんでしょ」
その言葉にはっと顔を上げる晴美。
「もともと晴美ちゃんには力があるのよ。普段は無意識に押さえちゃってるみたいだけど、マスクをかぶるってことでストッパーが外れるのね。でも、本当はいつでも力を出せるのよ。そして今回は十分力を発揮したわ」
それは化粧を施すことで人に力を与える魔粧師の菊政ならではの言葉であっただろうか。

「・・・強く、なってますか」
問い掛ける晴美に菊政は笑顔で答える。
「強くなってるし、もっと強くなれるわ」
「・・・もっと」
「その気持ちを持ってれば、ね」
そう言ってすっくと立ちあがる菊政。

「じゃ、行きましょうか、晴美ちゃん」
「え、えっと、あの、どこへですか」
晴美も普段のペースに戻っている。
「もちろんみんなの手伝いよ。魔術が使えなくたってやることはいっぱいあるのよ。晴美ちゃん、立てる?」
言いながら右手を差し出す菊政。

「えっと、はい、大丈夫です。出来ます」
差し出された手を取りながら晴美が答える。菊政は晴美をひょいと立たせて言う。
「じゃあ、とりあえず学校に戻りましょ」
「はい」
答える晴美の顔は、すでに下は向いていない。

2:山腹の戦士

 巨大山形妖魔には別の方向から挑んだ者達もいた。力の源として取り込まれた中学生青柳錦を、また「もののけ」でありつつも人間に友好的な少女「愛ちゃん」を助けに向かった者達である。だが・・・

「愛ちゃん、あの中なんですか?」
崩れ落ちつつある巨大妖魔を見ながら、泣きそうな顔で聞く女子学生は小鳥遊あやり。
「そうらしい。錦を助けて脱出してきたやつの中に「さよなら」って言ってるのを聞いたやつがいる」
答えるのは突入した仲間のため入り口を守っていた蓮浮楼義浄。あやりの1年後輩だが、クリスマスにプレゼント贈り合ったり、バレンタインにはチョコ貰ったりと、まあそんな仲だ。

「取り込まれながらも妖魔を押さえようとしてたようだが、自分は脱出できないみたいだな・・・」
静かに語る義浄。彼自身はもののけとの共存に懐疑的だったのであるが、この状況でそれを口に出したりはしない。
「助けたかったのに・・・」
そう言うあやりは妖魔との戦闘すらも望んでいない。もっとも義浄だって好きで戦闘するわけではなく、人を(最近では特にあやりを)守るためなのであるが、それは学生のほとんどに共通する気持ちであろう。

 義浄があやりにかける言葉を捜していると、不意に後方で悲鳴が上がった。
「あやり先輩、行こう!」
言ってあやりの手をとり駆け出す義浄。程なくしてたどり着いた場所では錦が魔獣の放った牙を受けて倒れていた。
「なにがあった?!」
手近な学生に尋ねる義浄。
「生き残ってた魔獣が・・・錦に気を取られてて・・・気がついた錦が身代わりに・・・」
切れ切れに答える学生の言葉に顔を覆うあやり。
「そんな、錦君まで・・・」
よろけそうになるあやりを後ろから抱え込むように支えつつ義浄が聞く。
「それで魔獣は?」
「錦と相打ちに・・・」
「・・・そうか」

義浄はそれを聞き少し力を抜くが、警戒は緩めない。終わったような気分になっていたが他にも生き残った魔獣がいるのだ。山形妖魔は多数の(文字通り山のような)下級妖魔を取り込んでいたのだから。緊張する義浄にあやりが声をかける。
「あの、ジョー君、もう、大丈夫だから・・・」
そう言われて、まだあやりを抱えていたことに気がつき慌てて手を解く義浄。警戒心は吹っ飛んでしまったが別の意味で前以上に緊張してしまう。
「えっと、あの、ごめん」
「いえ、あやまることじゃないから・・・」
顔を赤くしつつ受け答えする二人だが、周りの状況に我に返る。

「あやり先輩、これからどうする? 帰るなら送っていくけど」
そう尋ねる義浄にあやりは首を振る。
「学校に戻りましょう。まだ下級妖魔がいるようだし、何か出来ることがあるかも」
「了解。それじゃ、行こうか。あやり先輩」
「ええ、行きましょう。ジョー君」

そう言って歩き出す二人。他の人が見えなくなった辺りであやりが話し掛ける。
「ジョー君、わたし達がやったことって無意味だったのかしら」
結果だけ見れば二人とも助けられなかった。だが、義浄はこう答える。
「無意味だったとは思わないし、無駄にしちゃいけない。人が死ぬってことが無意味だなんて、そんなことがあるはずがない。うまく言えないけど、自分達も何かが変わってると思う」
「・・・そうね、わたし達がこのことを忘れないでこれからにつなげることが出来れば無意味なんかじゃないわよね」
歩きながら話す二人の前に、やがて学校が見えてきた。

3:学校の守護者

 2体の巨大妖魔は戦いながら学校の一部を壊していった。そして巨大山形妖魔が倒されると、取り込まれていた下級妖魔やもののけが解放され、学校内にもなだれ込んでくることとなる。術者ではない一般講師陣も交えての戦闘は巨大妖魔対策で人が少なかったせいもあってか苦戦となるのだった。

「福田先生は大丈夫か?」
結界符を生成しつつ、そう問いかけるメガネの学生は近馬零壱。彼らは魔獣との戦闘で体当たりをくってふっ飛ばされた一般講師の福田をかばって後退して来ていた。
「意識は失ってるけど大した怪我もしてないし、大丈夫でしょう。魔術ですぐ治療したのがよかったですね」
答えるのは同じく一般講師の松宮。普段は情けなく見える松宮だが、実は黒澤講師の手助けをして同僚の広野講師に妖魔を取り憑かせるというマネもしている、なかなか侮れない人物である。
「そうか、よかった」
回収に来た学生に結界符を手渡しつつ、零壱がホッとした表情を見せる。呪符というのは他人に渡して使ってもらうこともできる、魔術の中でも珍しいものだ。結界符の場合は枚数を多く使うことで防御力の強化ができる。

「近馬くんはそうやって裏方に回るんですね」
自分で結界を発動しない零壱に松宮が言う。
「まあね。呪符師の先輩もいるし、やってもらったほうがいいだろ」
「日本的な処世術ですか」
にやにやしながら松宮が言う。
「僕は別にそんなつもりはないけどね。ただこっちの方が性にあってるんだ」
「そんなものですか」
答える零壱に相槌を打つ松宮。それに零壱が続ける。

「僕は入学する前から思ってた。派手な戦いばかりが術者のやることじゃない、人々を守るのが退魔官の仕事だってね。だから術だって直接ダメージ与えるのは覚えてない。まだ上手い使い方はできてないかもしれないけど、そのうち役に立つ時がきっと来ると思ったからね」
「自分の考えを持ってるのはいいことです」
松宮が起こしたことも、術師としてのあり方・・・何のために退魔官になろうとしているのかを考えて欲しいという気持ちからだった。にこにこと笑みを浮かべる松宮に、零壱は苦笑しながら続けた。
「まあ、これだけ数が多いとちょっとは攻撃系魔術を覚えておいたらよかったかと思うけどね。自分で望んだこととはいえ、人にばかりやらせてるみたいでちょっと気が引けるな」
「そんなことをいわれたら君達に任せるしか無い私たちはどうすればいいんですか」

実体がある魔獣なら殴ることである程度ダメージも与えられるし、先程の戦闘では松宮も奮闘していたのであるが、最後の封印、浄化は術者に頼るしか無い。術を使えない一般講師はそのことで悩むこともある。自分たちがどうしようもない妖魔との戦闘に教え子を送り込まなければならないというのはどんな気持ちだろうか。
「そうだな。僕たちは僕たちにできることを精一杯やるしかないよな」
零壱の言葉にちょっと顔を曇らせる松宮。
「それもそうですが、それだけでは終って欲しくないんですよ」
首をかしげる零壱に松宮が続ける。
「便利な道具として使われないでもらいたいんです。力というのは一部の権力者の利権の道具になりかねませんからね」

それはこの戦闘の前にも聞いたことだった。議会を支配するのには過半数が必要というわけではない。過半数を取れる勢力の、主流派となる派閥で主導権を握ることができればよい。その一部が議会を動かしているのが現実である。
「その為にも、自分の考えをはっきりと言えるようになって欲しいということです」
今日何度目かになる松宮のセリフである。
「・・・そうできるよう、努力する」
神妙に答える零壱。松宮はそれを見ながら、軽い口調にもどっていう。

「空が明るくなって来ました。そろそろ夜明けですねぇ。周りも静かになったかな?」
いわれてみると、確かに戦闘の喧騒もおさまっているようだ。時折遠くの戦闘の音が聞こえてくるが、すぐ静かになる。
「そろそろ移動しましょうか。福田講師も一応病院に連れていったほうがいいでしょうし。ちょっと本部にいって来ます」
席をたつ松宮に続き、零壱が立ち上がる。
「僕も行きますよ。連絡係が必要になるかもしれないし」
「それじゃ、お願いしましょうか」
そうして夜は明けていく。

 一連の戦闘での被害は学校施設の破損に加え、殉職者257名、負傷者720名というものであった。だが、生き残ったものは後ろを振り返るばかりではない。逝ってしまった者の思いも受け継ぎ、彼らが未来を切り開くのだ。

後書き

 G1Div蓮浮楼義浄、G4堺晴美、L4近馬零壱のPLやってます阿部市英夫こと鈴木です。と、いうことで最終回で自分の参加したDivがリンクしているのをいいことに「ほぼ同じ時間」の出来事を書くという形にしてみました。第1章がG4、2章がG1、3章がL4となっています。最初は後日談にしようと思ったのが、気がついてみると「当日談」になっていましたが。考えたのは晴美の話が最初。これを打ち込みながら、これならちょうど裏の時間で義浄の話が書けるな、と思いつき、それじゃあ零壱の話しも書いてやろうということでこういうことに。正直零壱の話は文章量稼ぐのに苦労しました。あんまり短いと他とのバランスが悪いし。

 晴美の話は書き始める前から大まかな構想は出来ていたので、どう肉付けするかが問題でした。一人ではやりにくいということで交流相手のPCであるお菊さんにご登場いただきました。お菊さん、使いやすいんです。でも、実は晴美がマスク被らなくなったのはPLの力不足という面があるんですよね。実は晴美は途中からわたしが引き継いだキャラで、自分が設定したんじゃないんです。それを使いきれなくて。言い訳気味に「晴美が強くなったからだ」と理由つけさせてもらいました。

 義浄の話、やっぱりラブラブ入っちゃうなぁ。わたしはこういうの得意じゃないんだけど。登場のあやりちゃんもやっぱり交流してる方のPC(お菊さんのPLとは別の方)。結構前から知ってる方ですが同Divになったのは偶然で、途中から「あやりちゃんのBF募集」ということでこういうことに。本編の方ではラブラブ関係は多重プレイングっぽく最後にちょっと書いてただけなのに、そっちの方が印象強くなっちゃいました。自分のキャラで恋愛関係になってしまうのは珍しいです。

 零壱の話、ご登場いただいたのはNPCの松宮講師。L4にメインで登場した講師の中では一番とらえどころがなく、逆にこれといった印象もないので使いやすかったので。二面性も持ってるし。真面目な立場、アヤシイ立場の両方で話が出きるのは都合よかったです。でもNPCということで下手な主張させるわけにもいかず、最終回のリプレイに近い話になっちゃいましたね。まあ零壱と松宮が暇つぶしに話してたという感じで見てやってください。

 最後にMT7について。このゲームはわたしとしてもいろいろあったゲームです。なんといっても大きいのがゲーム中に始めたインターネット。これで情報収集がかなりかわりました。途中から人のキャラを動かしたのも始めての経験。自分のキャラとはいろいろと違う見方ができました。コミックDivに投入したのも始めてですね。いろいろとあって楽しかったです。


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