シーマ艦隊旗艦「ザンジバル級機動巡洋艦リリーマルレーン」

「で、ランカスターはなんだって?」

 片手に持った扇子を閉じたまま、何回もあいた方の手に叩きつけ、報告をしている部下の顔を見ることもなく、シーマは正面スクリーンを凝視していた。

「は、はい、・・・・それが、その・・・・・・・我が艦隊が保有しているゲルググマリーネを何機か他の艦へ回せれないかとのことです。・・・・・見返りに食糧や武器弾薬を補給する・・・・・・と。」

 よほどそのシーマのしぐさが怖いのか、男はオドオドと報告していた。

報告を聞き終えたシーマが、扇子をぴしゃりと音を立てて手で弾いた。男はその音にびくついて、わずかに肩がすくんだ。

「はん!なにをいってんだか。こちらさんの商売道具を、そう簡単に渡せるものさね!」

「それはそうですが・・・・・・シーマ様。それを受諾しないと、本艦隊への補給が・・・・・・・・・・・。」

 それが一番男にとって言いにくいことだったらしく、最後の方は何とも力のない声であった。

「くそっ!!・・・・・・・・・・・・・・・・・しかたないね。すこし予定を早めるか?」

 シーマは扇子を一回、激しく音が鳴るほどシートにたたきつけると、脇に立っていた副官のデトローフ・コッセルに言葉をふった。

「しかし!!まだランカスターの本隊と距離があいていません。シーマ様、ここで攻撃を開始したら袋叩きです!」

 コッセルはかなりびっくりしたのか、この男にしては珍しく狼狽した様子で答えた。

「ふふふふ・・・・・・・なに。連中はどうにでもなるさ。・・・・・・・・・通信を開け!本艦隊はしんがりとを務めるため、後退する。先ほどの件は後ほど行うため、今は補給を頼む、とね。」

 そう言うシーマの目は冷酷なる宇宙の狐であったにちがいない。

虎の威をかる狐。

 こういう故事はあるが、今現在、狐であるシーマは、虎の威を借りる必要がないほどの武力を持っていた。

 

 シーマの命令から数分後、本来しんがりを務めるはずだった艦隊から命令承諾の通信が届き、シーマ艦隊は後方へと離脱していった。

「MSの準備を!ゲルググの装備はマシンガン程度にしておきな!あんまり重装備だと怪しまれるからね。」

「了解!全艦反転180度!速度20。両舷全速!!MSの射出を急げ!!」

 コッセルの復唱が伝わって一分もしなうちに、両舷のカタパルトからマリーネ使用のゲルググが計6機射出される。

「シーマ様!MSの展開終了!艦隊位置に着きました!」

「ふふふふふ、全ては思惑どうりってわけだ・・・・。」

「はい、ただ、先ほどまでしんがりを務めていたムサイ級からMSが数機出撃したとの報告もあります。その艦は現在、当艦隊の前方1500にいます。・・・・・・そうしますか?」

「なるほど・・・・・・・我々もつくづく疑われるものだな。しかし、その艦の艦長は優秀らいしい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうもこうもないさ、生き残るためには友軍だろうが連邦だろうが落とすまでさ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・補給の状況は?」

「は、現在補給艦よりロビンソンが補給を受けています。あとは本艦と他1隻のみです。」

「よし、補給が完了次第、この宙域を最大戦速で離脱する。・・・・・・・・・・・・・・・・・・刃向かう奴は・・・・・・・・・わかっているね?」

「イエッサー!!」

 シーマの命令の元、艦隊は怪しまれない程度に、徐々にランカスター艦隊と距離を開けていった。

 機関が不良な艦がいることから、しんがりをかってでているのでこの行動には無理が無く思われた。

 シーマ艦隊全8隻は、すでに臨戦態勢を整えていた。彼等が唯一保有するゲルググマリーネは、現在のランカスター艦隊の中では群を抜いて性能がよいMSである。スペック上ではザクとでは2段ほどの差がある。彼等がその気になれば、全部で40機近いゲルググの戦力で、ランカスター艦隊に致命的なダメージを喰らわせることが可能だった。

 シーマは狡猾だった。そしてなによりも、その冷徹さと、計算高さは、あのマ・クベ大佐なみであった。

 それゆえにキシリアが海兵隊を重宝した理由のひとつであったに違いない。

 元々キシリアとドズル両陣営との間では戦争への価値観が違う。政治家と武人、相まみえることのない二つの集団を、ギレンの圧倒的な指導力・影響力で総括していたと言っても良いだろう。それがジオン公国である。もちろんギレン本人に忠誠を尽くす陣営もいたが、親衛隊などを除けば、その戦力はやはり二分されていたと言っても良い。

 マキャヴェリズムを台頭するキシリアと、武人のおももちと、潔さ、そして政治に関わらないことを心情とするような兵士が信望するドズル。

 その中でも、シーマは間違いなくキシリアの子飼いであり、キシリアの息のかかったシーマ艦隊は選りすぐりのエリート部隊であった。 だからこそ、最優先で最新鋭機であるゲルググマリーネを使用でき、ある程度の海兵隊独自の自由が認められていたともいえる。

 その狡猾さと、任務達成へ意欲、なによりも生き延びようとする精神力の高さは、まさしく海の兵士であった。

 

シーマ艦隊より距離700の暗礁宙域

「ふ、連中め。・・・・・・・・・・・・・我々をなめてもらっては困るな。」

 隕石と周辺にうかんでいる残骸を盾にしながら、バウアーは自分の愛機、MS09RU/リック・ドムツヴァイをシーマ艦隊と一定の距離を保つように移動させていた。彼の指揮下には3機のザクと、2機のドムがいる。ドム二機が彼の本来の部下であり、ザクで構成される小隊の方は、グレン艦長が増援として派遣した部隊であった。

 もっとも、そのザクは普通のザクではない。全機がザクの中でも最新鋭機であるMS−06FZ。通称ザク改と呼ばれる機体である。稼働可能時間を縮める代わりに耐弾性の強化と、推進力の増加を図ったザクの発展系の最終段階に位置する機体である。

 バウアーが指揮するMS6機は、それぞれ隕石や艦船などの残骸を盾にしながらシーマ艦隊に接近していた。

 バウアーがグレン艦長から命令されたことは、シーマ艦隊の監視。バウアーのシーマへの危険視がグレンの指揮官としての危機管理に火をつけたようで、バウアーは晴れてMSでの偵察に出ることが許された。

 しかしその対象は連邦軍ではなく、友軍。いや、友軍かどうかも腹の内がわからない危険な戦闘集団であった。

「それにしても、今のところ変な動きはしないな。素直に補給も受けているようだし。・・・・・・・む?」

 バウアーが最大望遠で艦隊を偵察していたところに、旗艦らしいザンジバル級から光点が6つ、連続して射出された。

「・・・・・・・・・MSか?」

 射出された光点は一定の距離まで飛ばされたあと、すぐに引き返して艦隊の周りに展開した。

「ようやく、うごきなすったか。・・・・・・・・・・・全機注意せよ。招待状が届きそうだ。」

 バウアーは部下への連絡と同時に、自分の機体が持っている90mmサブマシンガンの弾倉をチェックする。

 弾倉の中には形成炸薬式の徹甲弾。近距離ならばMSの装甲を十分に貫通することができる武装である。そして腰にはその予備マガジンが三本。いずれも同じ種類の弾薬が装填してあった。

「全機、いつでもとびだせるようにしておけ!あちらさんはやる気まんまんだ。密集体形で近づいて一発お見舞いする!」

 周囲ではバウアーと同じように弾倉チェックを終えたザクやドムがモノアイを光らせていた。ジオン系MSの特徴であるモノアイは、こういうとき不思議なほどの迫力と、不気味さを感じさせる。漆黒の宇宙空間では、その一つ目は特に強調された。

 地上でまだMSが、連邦軍全将兵が見たことがなかったころ、初めて夜間にMSのモノアイを見た連邦軍将兵が、その不気味さと、真夜中のミノフスキー粒子散布下で光るモノアイに恐怖したというのは、まさに当然のことであった。

 弾倉チェックを終えたザク改から、不意にバウアーに対して通信が届く

「しかし大尉。ほんとうにシーマ艦隊は反乱を?敵が最新鋭のゲルググを装備していたとしても、ランカスター艦隊全てを相手にして勝てると思えませんが。」

 若い新兵らしい質問だった。本来なら作戦中に許される質問でない。しかし、バウアーはそんな新兵に怒りはしない。一介の兵士なら当然持つ疑問である。

「伍長、よく考えて見ろ。我が艦隊は現在連邦軍の追撃を振り切ってアクシズへ向かっている。そんなときに最後方に位置するシーマ艦隊が裏切って、それをわざわざ撃滅するために反転していては、連邦軍に追いつかれてしまう危険性があるだろう?だからさ、シーマ艦隊はこういう布陣をしいているのさ。」

「しかし、それはシーマ艦隊にしても同じでは?」

「そうだな、確かにシーマ艦隊も連邦軍の追撃をかわす必要があるが、ミノフスキー粒子散布下で、わずか10隻に満たない艦隊と、40隻近い艦隊とでは、有視界で見つけるのはどっちが簡単だ?つまるところ、大所帯である我が艦隊は、現在の所、全力で逃げるしかないのさ。」

 バウアーの話に新兵である伍長は納得したらしく、通信を終えた。

 しかし、そう話したバウアーの心の中でもそう簡単に割り切れる状況ではなかった。

「本当にシーマ艦隊は逃げ切れるつもりなのだろうか?連邦とジオン双方から終われる危険を冒して、明らかに戦略的にも戦術的にも、危険な賭としかおもえん。」

 そうおもえるからこそ、バウアーは自らこの任務を喜んで引き受けたともいえる。自分自身、見てみたいのだ。極限状態にある自分たちのとるべき道を。そして、とれそうな道を。

「第二小隊は左舷へ、第一小隊は右舷へ回る。敵のMSはこちらが相手をする。第二小隊は敵艦の足を止めろ。いいな!あくまでも連中が動いたらの話だ。いまはまだ友軍だぞ!」

「了解」

 きっちり部下五人から同時に返事が返ってくる。しかし、内半分、三人はまだ実戦経験の浅い兵士だ。荒くれ者揃いの海兵隊相手にMS戦は荷が重たい。熟練パイロットであるバウアーの指揮する小隊がMSの相手をしなくてはならないのは必須だった。

 不安材料はくさるほどある。バウアー隊は母艦であるペリクレスとの距離も考えて行動しなければならない。ここで戦って優秀なパイロットと、これからの兵士達を失うこともまた、バウアーの不安材料のひとつであった。

「隊長、敵艦隊反転を開始。・・・・・・・・・・・な!補給艦に向けて発砲!!」 

 バウアーが悩んでいる最中に、彼の小隊の部下から通信が入った。

 目の前の宙域で、8隻の艦から一斉にビームが撃たれる。そのビームの先には無防備な補給艦が、艦の限界を越えて回避行動をとっていた。

 しかし、所詮は補給艦、しかも旧式のパプワだ。二、三斉射しないうちに、ビームの光芒が船体を貫いて轟沈していく。

「くそっ!!各小隊!行動を開始!いくぞ!!!」

 バウアーの号令の下、6機のMSが全速力で目の前の艦隊に突撃をかける。

 艦隊を護衛するゲルググは、太陽を背に迫り来るバウアー達に気付くのが遅れた。最初の一撃離脱の攻撃で、バウアーはそのうちの一機にマシンガンをたたき込み、撃墜した。他のリック・ドムも手持ちの火器を弾幕のように張り巡らせて突撃をした。

 仲間の一機が一瞬のうちにやられたのを見て、他のゲルググ5機はすぐに体制を整えて迎撃してきた。かれらとて百戦錬磨の精鋭だ、仲間がやられて呆気にとられているようなへまはしない。

 MSにしろ、航空機にしろ、最初の一撃が決まってからは絶対的にドックファイトにはいるしかない。5対3の戦いではあるが、バウアー小隊の面々は、海兵隊に負けないほどの力量を持っていた。マシンガンをすんでの所でよけ、敵の予想進路に対して正確に射撃をし、数の不利を技量で補っていた。

 一方、ザクの小隊の方は、一番左翼にいたムサイ級に飛び込み、最初の一撃で主砲全てを黙らせていた。ザク三機が散開した形で突撃をしたせいで、ムサイの対空火器は効果的な弾幕をはる暇なく、一瞬でその最大の火力を失うことになった。

 しかし、シーマ艦隊の動きは早かった、襲撃を受けたと見るやいなや、補給艦への攻撃をすぐさまやめて、対空火器と主砲による牽制射撃をしかけてきた。

 これにより艦隊への近距離でのザク小隊による攻撃は困難となり、バウアー隊の当初のもくろみ通りにはいかなくなった。

「ええい。敵ながらなかなか。・・・・・しかし!!」

 コクピットの中で悪態をはきつつも、バウアーは敵を確実に追いつめてマシンガンを撃つ。

 後ろをとられたゲルググは必至の回避行動をとるが、戦いの場である隕石群の中では思ったような回避ができず、バウアーのマシンガンの直撃を受けて左腕を失った。

 バウアーは落としたと確信したが、そのゲルググはすぐに機体コントロールを回復させて反撃に転じてきた。

「信じがたい耐弾性と性能だな。」

 素直に舌を巻くしかなかった。14系はジオンのMSの中でも特にダメージコントロールが高い、損傷箇所からの負荷を、他の動力機構に影響がないようにすばやく遮断するシステムが組み込まれていた。

 しかし、四肢を失ったことによりAMBAC機動など、MS特有の行動には支障が出る。

 被弾したゲルググは弾幕をはってバウアーの追撃から逃れた。他のゲルググはそれを別段援護することはなかった。他4機のゲルググも、バウアーの小隊の他の二人の手練れに苦戦していたのだ。

 その間にもザクの小隊は最初の一撃で無力化したムサイの対空砲火をくぐり抜けて、的確にダメージを与えて、戦闘艦としては無力化する事に成功していた。

「くそっ!!はがゆいねぇ。・・・・・こっちのMSはどうなっているんだい!!?」

 ホワイトタイガーの皮がおかれたシートの上で、シーマはスクリーンに映っている戦況を見て激怒した。

 わずかな間に二機のMSが戦闘不能、一隻のムサイが撃沈されたのだ。計算外も甚だしい。

「増援のMSの発進を急がせろ!!」

 シーマは扇子を指揮棒のように振り回す、そこへレーダー士から報告が響く。

「シーマ様!前方2000より艦隊が接近!!数は・・・・・・・・・・5隻です!!」

 悪いことは重なる。

 シーマはさらなる悪態をつきたかったが、声に出すのをやめて、勢いよく席から立った。

 その様子を見た副官のコッセルはすぐに意を介したようで、部下に指示を与えた。

「シーマ様のMSを!!」

 

「シェーン!そっちへいったぞ!」

 バウアーの通信により、後背から迫る敵機に気付いたシェーン曹長は、自機を反転させてバックローリングしながらマシンガンを放ち、隕石の陰へと隠れた。追っていたゲルググは自分の獲物が隕石に隠れてしまったので、迂闊に手を出せることができず、その周りで立ち止まってシェーン曹長の機体が出てくるのを待った。

 しかし、それが彼の命運を分けた。通信をいれたバウアーは当然そのゲルググの動きを見ていて位置が分かる。バウアーは自分の相手をしていたゲルググを弾幕で封じ込めると、不注意にも無防備で隕石の前で止まっているゲルググに対して強襲を仕掛けた。

 強襲してきたバウアーの機体に気付いたらしく、ゲルググも転進してマシンガンで攻撃をしてきた。

 その直後、隕石から身を乗り出したシェーン曹長のマシンガンの直撃をバックパックに受けて、機体は鉄くずとかし、数秒おいてから推進剤に引火したらしく、爆発した。

「隊長!すみません。」

「気にするな。それよりも連中の増援が来る前にひくぞ!」

 バウアーのリック・ドムは親指を立てる姿勢をしたまま、シェーン曹長と通信をかわした。MSならではのジェスチャーである。

 そこへ先ほどのバウアーが相手をしていたゲルググがマシンガンを乱射しながら突っ込んできた。しかしその弾幕はバウアー達の前にあった隕石や残骸に命中するだけで、バウアー達へ届くことはなかった。

「曹長、右へ回れ、追い込んだほうがしとめるぞ!」

 通信が終わると同時に二機のリック・ドムは散開して左右からゲルググに迫る。

 ゲルググの方もバウアー達の行動をよんだらしく、機体を左右ではなく、上昇させて脱出を図る。推力ではゲルググの方が上である。逃げに転じればドムが追いつけることはなかった。

「だめですバウアー隊長。引き離されます!」

 シェーン曹長からの通信を聞きながら、バウアーは計器類が限界に達しようとしていることを悟り、追撃をあきらめた。

 その時、前方をいっていたゲルググが反転して攻撃を仕掛けてきた。・・・・・・いや、そのゲルググはバウアー達が追っていたゲルググとは形状が変わっていた。

「なんだ!?新手か?」

 バウアーは驚きながらも機体を瞬時に隕石の陰に隠す、シェーン曹長は自分たちが追っていた敵機が反転してきたのだと思ったらしく、その場でマシンガンを乱射している。

「シェーン!隠れるんだ!」

 バウアーが叫んだのと同時に、シェーン曹長の機体はビームの直撃を受けた。

一瞬・・・ほんの一瞬、シェーン曹長のドムの手がバウアーの方へ伸びてきて、まるで助けを呼ぶかのようにスローモーションで動いた。

そして、その直後に爆発・四散した。

「!!シェーン!!!!!」

 バウアーは怒りに身を任せて隕石の裏から飛び出してシェーン曹長を殺した敵を求めた。

 そこにはゲルググをチェーンアップしたような機体で、紫と黄土色を基調としたゲルググがいた。

「はん!雑魚が!お前も死にな!!」

 相手のゲルググは何を考えているのか、通信回線を開いているようで、バウアーにわざわざ聞こえるように笑いを含んだ声ではなしかけてきた。

 バウアーは憎悪に身を任せてスティックを操る。

だが、新手のゲルググは速かった。さっきまで相手にしていた機体とは、推力、パワー、攻撃力共に数段上だ。

「くそ!」

 バウアーは照準の中になかなかおさまらない敵パイロットの腕の良さに焦りを感じた。

「バウアー隊長!こちらウォーレンです。敵ムサイ級二隻を無力化しましたが、弾薬がありません!それにデッカードのやつが被弾しています。 後退を!!」

 艦隊を攻撃していたザク小隊から無線が届くが、バウアーにそれに答えている余裕はなかった。

 目の前にいる敵は手強い。気を抜けば一撃でビームの餌食になることは目に見えていた。

 しかも、脱出の機会を探ろうにも、こう動き回られていたのでは回避行動をとるしかない。

「くそ!これほどの手練れとは・・・・・」

 バウアーとて歴戦の勇士だ。幾度となく死線をくぐり抜けてきている。しかし、今ほど手強い敵と対峙したことはなかった。

「ははははは、さっさとおちな!!」

 通信機からは依然として敵パイロットからの声が届く。互いに障害物を有効利用して手持ちの火器で応戦しているが、弾が当たることはなかった。

「おのれ、逆賊ごときに!!」

 バウアーのリック・ドムは機体の性能差を補うために隕石や残骸を駆使してシーマのかるゲルググに近づく。

 暗礁宙域で、マシンガンやらビーム兵器を乱射してのドックファイト、並の技量のパイロットでは不可能なことを、バウアーとシーマは通信機を開いて、互いの言葉が聞こえる状態で戦うという、極めて異常な状態で繰り広げていた。

 バウアーはようやくシェーン曹長が殺されたことへの怒りを抑え、冷静な判断で状況を見ることが出来始めた。そしてあることを思いついた。

「そこか!」

 ついにシーマのビームがリック・ドムをしとめた。ビームの光芒はリック・ドムの上半身を貫き、周囲の残骸への仲間入りを果たした。

「なに!!!」

 勝利に酔い、そのばで機体を止めたシーマが今度は驚愕した。破壊したリック・ドムの残骸とは反対方向から、マシンガンの直撃を受けたのだ。コクピットの中でその衝撃に頭をコンソールに打ち付け、シーマは混沌としていたが、パイロットとしての反射の方が速かった。すばやく身近な隕石の陰に隠れると、シーマは事態の把握に務めた。しかし、自分は確かに敵機をしとめたはずだと思うシーマには、動揺が隠せなかった。

 そんなシーマのゲルググを、バウアーは隕石越しに眺めていた。

 トリックは至って簡単だった。バウアーは周囲に漂う残骸の中から、比較的原形を保っていたリック・ドムの残骸を引っぱり出し、シーマの方向へ送り出したのだ。案の定、シーマはそれをバウアー機と見間違え、攻撃をし、隙を作ってしまったのだ。

「そろそろ幕引きといこうか・・・・」

 静かに、ゆっくりとバウアーは隕石に隠れているつもりのシーマの機体に照準を合わせる。

 そして、トリガーを引いたとたん、照準内に収まっていたゲルググは消えた。

 いや、正確にはマシンガンの射線上に残骸がはいってきてしまったのだった。

 むなしくも放たれた弾丸は、目の前の残骸に命中し、シーマは生きながらえることとなった。そして最悪なのは、こちらの位置が知られたことであった。

「くそ、なんてついてねぇ!!!」

 バウアーはすぐに自機をゲルググに向けて突進させる。いまのでマガジン内の弾薬がそこをつきてしまったから、白兵戦を挑むしかなかったのだ。

 一方のシーマは、目の前の残骸がいきなり爆発したので、新たな罠かと思い、推力全開でその場を離脱した。どちらにしろさっきの一撃で計器類や火器管制に著しい損傷があり、これ以上の戦闘継続ができなかったのだ。

「なんてついてないんだい!この借りはいつか返してやるよ・・・・・・・・・おぼえていな!!」

 離脱しながらシーマは悪態をつく。 その通信はすでにバウアーには届いていなかったが、そんなことはどうでもよかった。自分が生き残ることが、彼女にとっての最高事項だったからだ。

 バウアーは突進を仕掛けたが、ゲルググが一瞬のうちに離脱していってしまったので、火器の無い自分にこれ以上の戦闘は無理だと悟り、シーマを追うことはしなかった。

「・・・・・・・ちっ!・・・・・・世の中うまくいかないものだ。」

 遠ざかっていく光点を見つめながら、バウアーも悪態をつくしかなかった。そこへ、

「ガガガガ・・・・・・バウアー大尉!・・・ガガザザザ・・・・・・ザザ・・・・こちらウォーレンで・・・・・す・・・・・帰還・・・・・ザザガガ・・・・・す。」

 電波の状況が悪いらしく、断片的な通信がザク小隊から入ってきた。

「ウォーレン少尉!状況を知らせ!」

 通信機に向かってバウアーは怒鳴った。

「・・・・ザザ・・大尉ですか?こちらウォーレン、損害は軽微なり、これより帰投します。」

「わかった。順次帰還せよ。・・・・・・・・・・・敵MS3機撃墜、戦艦2隻小破、こちらの被害は熟練パイロット一人か・・・・・・・・・・・・・。」

 バウアーは喜ぶべき戦果なのか、それとも悲しむべきことなのか、わからなかった。地獄のようなア・バオア・クーでの戦闘を生き延び、こんなつまらん戦いで部下を失ったことへの喪失感は、何を思ってもいやせることはないように思えた。

 暗礁空域でただずむバウアーのコクピットスクリーンに、ガイドビーコンを出しながら、母艦であるペリクレスが接近しつつあった。

「・・・・・・・・こちらバウアー、敵勢力を撃退。これより帰投する・・・・・・・・。」

 声は重く、気分は最悪だった。

 しかし、返らねばならない。自分はまだ生きているのだから。

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