ガンダムサイドストーリー

 

0079年12月31日   サイド3とア・バオア・クーとの間の宙域

「ギレン総帥が戦死されただと?」

驚きのあまりにランカスター中将はシートから腰を浮かした。

「はっ!ア・バオア・クーの全指揮権はキシリア少将の元へ移行いたしました。」

「くっ!・・・・・・・キシリアだと・・・・・・・・・・・・・・馬鹿な・・・・・・・・・・・・・・」

 ランカスターは動揺を隠しつつ、いつもの冷静さを取り戻すのに必死であった。

 自分の上官、ギレン・ザビ閣下は亡くなられ、日頃、目の敵にしていたキシリア・ザビが指揮を執っているア・バオア・クーに、自ら率いているこの艦隊を参戦させるかを迷ったのだ。

・・・・・・・ギレン総帥のためならば、死してヴァルハラで戦うこともできよう、だが・・・・・・・・・ザビ家の一員と言うだけで軍の指揮を執っていたキシリアのために死ぬと言うのは、彼には耐え難いことであった。

 宇宙世紀0079年12月31日。ソロモンを突破した地球連邦軍は、最終防衛ラインであるア・バオア・クーに対して総攻撃を仕掛けてきた。ジオンの秘密兵器、ソーラレイによって連邦軍主力は宇宙の塵とかしたが、それでも戦力比はよく言って互角であり、まさに最終決戦にふさわしい総力戦が切って落とされたのだ。

 ランカスター艦隊は本来ならサイド3守備艦隊としてサイド3の防空態勢を維持して後方待機であったのだが、連邦軍がア・バオア・クーに侵攻してきた事実を受け、急遽、増援艦隊として救援に向かう途中であった。しかし、その途中で彼の直属の上官、いや、ジオン軍の総司令官であるギレン総帥戦死の報が入ってきたのだ。

 (・・・・・・・どうする?・・・・・このままジオンのために戦死するか?それとも・・・・・・・・・・)

 ランカスターは艦隊指揮官として、この場で最もよい采配を模索していた。

 先ほどの報告をした士官が、彼の目の前で苦悩する上官を心配そうに見ていたが、今のランカスターにそんな彼のことに、注意を払うほどの余裕はなかった。

 そして、おもむろに顔を上げたランカスターは艦橋全員が自分の方を見ていることに気付き、目をつむり、深呼吸をひとつおいて、新たなる司令を下した。その声ははっきりとした意志がある中で、強い抵抗感があるような声であった。

「・・・・・・・・全艦、反転180度、最大船速をもってサイド3へ向かう。通信士!グラナダとサイド3に連絡、我が艦隊は、亡きギレン総帥の意志を継ぐためにこれより戦線を離脱する。予備兵力及び補給物資を可能な限り搭載し、ポイント3467に集結せよ!」

 通信士をはじめ、艦橋にいた誰もが驚きを隠せなかったが、ランカスターが表情ひとつ変えることなくその命令を出す姿勢を見て、覚悟を決めたように、それぞれの作業へと戻っていった。

 そう、彼等はア・バオア・クーを放棄し、再起のために戦力の温存と、そのための撤退を決めたのだ。

 そして、これと同様の動きは、ほぼ同時刻にグラナダ、サイド3、各宙域にて残存していた公国軍部隊にもみられることであった。

 

月・グラナダ基地

 

「ムサイは可能な限りのMSを詰め込むんだ!武器弾薬をはじめ、各補助機材の詰め込みを忘れるな!ジオニック社を始めとした各社の生産ラインに連絡して、在庫にある予備パーツをすべて積み込みように指示しろ!第7港の補給艦隊には食糧を始めとした生活物資を詰め込め!その他の補給艦には人員だ!技師やパイロット達をできる限りな。はやくさせろ!時間がないぞ!!」

 グラナダ基地の湾港管理区は混乱と忙しさに忙殺されていた。

 この基地の指揮官であるキシリア少将からア・バオア・クーに対して、可能な限りの戦力を回せ、といわれて出撃準備をしていたのだが、つい先ほど入った連絡により、月にあるほぼ出航可能な船のほとんどが物資を満載して、出航準備を整えていた。

 そう、その報告こそ、ギレン総帥戦死というものであった。

 多くの将校達は動揺したが、それでも最初の司令通りにア・バオア・クーに向けて増援艦隊の準備を続ける部隊と、続いて届いた全部隊撤退の報告を信じて脱出の準備を進めるグループとに別れてしまったのだ。

 グラナダ基地はキシリア派とギレン派、それにもはや壊滅したとは言え、わずかながらドズル派も存在していた。キシリア派将校達は増援の準備を、ギレン・ドズル派の将校達は脱出の準備を進めるという極めて状況が悪い事態が生じてしまったのだ。

 同じ基地内で、このように意見が分裂して先を争って自分たちの任務をやり遂げようとすると、必ずどこかで軋轢(あつれき)が生じるというものである。

 案の定、キシリア派の将校達とギレン・ドズル派の将校達はMSと船の取り合いで抗争を起こしていた。一隻一機でも多くの増援を送りたいキシリア派、一隻一機でも多くの兵力を脱出させたいギレン・ドズル派。

 双方はまったく互いにひくことなく、結局ギレン・ドズル派、キシリア派それぞれ独自の行動をとることとなり、グラナダの戦力は二分された。・・・・・・それでも要塞の陥落が完全であることが確認されてからは、キシリア派も投降もしくは脱出をすることになったのだが。

 二分されたとは言ったが、現実を見てみると、キシリア派として増援へと向かったのは基地全体のわずか30%ほどであった。他の50%が逃亡。残りの20%が投降・降伏という形となった。

 月に残るようにした部隊には、理由があった。さすがに重要拠点であったはずのグラナダ基地から、一兵も残さずに突然と消えるのは、のちのちサイド3に対する連邦の圧力と、不信感を抱かせることとなり、祖国に対して災いを招くと判断した基地幕僚達の見解の結果であった。

 つまり、それらしいわずかな戦力を残すことにより、より大きな戦力の存在が消えたことを隠し、目を欺くためにも、残る部隊の必要があったのだ。

 常識的に考えれば連邦軍が占領・もしくは侵攻をしたときに、その戦力のなさに疑問を抱くべきではあるが、この時点でのジオンの国力と、勝利による連邦軍の浮かれ気分によって十分に隠すことができると、幕僚達は推測・・・・・・・と言うよりは願った。

 連邦軍内にも一人か二人は疑問をもって言う者が出てくるかもしれないが、そう言う意見を嫌うのが連邦軍の体質というものであった。上の命令は絶対、下の者は意見を言うべきではないのである。

 ともかくも、グラナダに残っていた戦力の5割が脱出に成功し、ランカスター艦隊との合流を目指して、最も身近にある暗礁宙域へと向かって進路を取っていた。

 

 

ポイント3467宙域

「閣下、味方艦艇は順次集結中であります。ただ、連邦軍の目をごまかすために多少時間がかかっている部隊がいくつか存在します。」

副官のラーハルト大佐はランカスターへ報告書を読み上げた。

 ランカスター艦隊はア・バオア・クーへの増援を諦め、この小惑星と壊滅したサイドから流れてきた漂流物によって構成された暗礁宙域へと身を隠していた。

 現在の所集結した艦艇は30隻近くまで昇っており、ムサイ級巡洋艦をはじめ、チベ級重巡洋艦、補給艦パプア、突撃艇ジッコ、ザンジバル級機動巡洋艦、ほぼジオン公国軍が所有する全ての艦艇がそろっていた。さらに集結したMSの数は300機近くまで昇っている。MSの多くはグラナダやサイド3の工場でロールアウトしたばかりの新型機であった。06F2、06FZ、09R2、14A、14B、ジオンが完成させて生産ラインに乗ったばかりの機種が勢揃いしていて、さながら最後のお蔵だしであった。

 ランカスター艦隊が暗礁宙域に集結中に、ア・バオア・クーは連邦軍の手に落ちた。ランカスターは乗艦しているグワジン級戦艦の通信から、ガルシア首相の終戦宣言放送を聞いていた。場に居合わせた誰もがその放送に耳を傾け、ある者は泣き、ある者は拳を壁に打ち付けていた。

 ランカスター自身も、心の底からこみ上げてくる感情を抑えることができず、一滴の涙をこぼした。その涙が散っていった戦友のためなのか、敗戦のためなのか、はたまた、安堵のためだったのか、彼に知る由はなかった。

 しかし、今彼がすべきことは明確である。

 ジオン再興の志を持つ者たちをいち早く結集し、マハラジャ・カーン提督率いるアクシズへ向けて出発することであった。ランカスターにとってマハラジャ・カーンはかつての上官であり、そして自分に用兵と兵法のなんたるかを教えてくれた男であった。

 そのマハラジャがアクシズへ向けてすでに残存兵力を率いて向かっていると聞いたとき、ランカスターは声を出して笑った。

 自分がギレン総帥の死を前にして迷ったのにも関わらず、マハラジャは迷いなくアクシズへの逃亡を決めたことを悟ったからであった。彼のその決断力に比べて、自分はなんとひ弱なのだろうと、自分で自分が笑えて仕方なかったのだ。

 今彼が、死力を尽くして部隊の結集をしているのは、彼なりのジオンとギレンへの忠誠心によるものであった。彼の上官であり、尊敬していたギレン総帥のために、ジオンのために、彼は彼にできることをしようとしていた。

 艦橋の中央スクリーンの前に立ち、目の前に広がる無限の宇宙に広がる数百の光を見ながら、彼はひたすら艦隊の集結が終了するのを待った。

「閣下、第14戦隊のムサイ級3隻があと10分で到着するとのこと、それと、第4海兵隊もあと14分後に当宙域へと合流するようです。」

「・・・・・・・・海兵隊?」

 副官からの報告にランカスターはまゆをひそめた、ジオン軍の海兵隊といえば、多くはキシリア・ザビ麾下の部隊である。宇宙における彼等の主任務は、敵艦への強襲と、補給艦などの襲撃であった。そんな彼等のことを軍内部ではハイエナや、卑怯者集団と呼ぶ者もおり、煙たがれる存在であった。

「その海兵隊は、誰の部隊だ?」

「は・・・・・・・・・・・・・シーマ・ガラハウ少佐率いる艦隊のようです、ムサイ級巡洋艦8隻、ザンジバル級機動巡洋艦1隻をもって我が艦隊に合流する模様です。・・・・・・・・・・・・なにか問題でも?」

「いや、・・・・・・・・・・・・別に何でもない。・・・・・・・・・・・到着した艦から推進剤の補給と今後の作戦スケジュールを送ることを忘れるな。我が艦隊はこの宙域にあと75分間滞在する、その後進路をアクシズへとれ!」

「了解」

 ランカスターはとりあえずシーマ艦隊については考えること保留した、彼自身シーマ少佐についてはほとんど何も知らない。女性パイロットとして数多くの戦功を立てたエースパイロットと聞いたことがあるくらいだ。

(ま、キシリアの子飼いだろうがなんだろうが、貴重な兵力には変わるまい。キシリアの子飼いである海兵隊なら優先的に14型の最新鋭機が配備されているはずだしな。・・・・・・・・・貴重な戦力だ・・・・・・・・・・・)

そういいながらもランカスターの心中には拭いきれない不安が残っていた。

 

シーマ艦隊

「シーマ様、入電です、合流を歓迎する、燃料と弾薬の補給を受けられたし、とのこです。」

豪勢なザンジバル級リリーマルレーンのブリッジでシーマは扇子を片手に何度も何度も打ち付けていた。彼女のこのしぐさは、何かを考えているときのサインともいえた。

「了解、と伝えな!・・・・・・・・・・・・コッセル!お前が補給の指揮を執りな。・・・・・・・・・・・・わかってるね?」

「はっ!わかってます、シーマ様!」

 にやりと口元に笑いを浮かべてシーマは正面の巨大スクリーンと、その下に広がる真っ暗な宇宙に光る無数の光点を見つめた。

(よくもまぁ、あの混乱の中を・・・・・・・・・ま、せいぜい利用させてもらうさ。)

 その時のシーマの顔を、部下以外の誰かが見たら、身の毛もよだつ戦慄を感じていたことだろう。

 そう、まったく自分のこと以外のことなど考えていない、恐ろしく冷たく、光るその目を見たら。

 

ランカスター艦隊。第22戦隊ムサイ級巡洋艦・「ペリクレス」MS格納庫

「司令官殿も分かっていらっしゃる!はやく俺達をアクシズへつれていった欲しいものだ。」

 格納庫の中で、MSを整備していたグラン・バウアー大尉はレンチを片手に大声を上げた。

 周りにいた整備兵達は、そんな彼を物珍しそうに見ていた。これから連邦軍の追撃をかわしつつ、アクシズまでの長い道のりを思うと、兵達はそんなに浮かれた気分には慣れなかったからである。

「大尉殿、兵達が見ていますよ、そんなに騒がないでください。」

 MSのメンテナンスハッチに頭を突っ込みながら、バウアーのとなりにいた整備兵が冷静にいった。

「なんだよ、イナガキ、お前はうれしくないのか?まだ俺達は戦えるんだぞ?スペースノイドの独立という、名誉ある戦いだ!」

 バウアーは自分の言葉に酔うように、語りかけた。

「・・・・・そりゃね、スペースノイドのために戦うことは良いんですが、・・・・・大義名分だけでは戦争はできませんよ。」

 イナガキは無愛想にそういった。

 整備士とパイロットにとって、この問題はかなり受け取り方が違うといえた。彼は無言で目の前に横たわる灰色のMS09RUの整備を続ける。

 パイロットは戦い、勝ち、自分たちの勝利が、大きな勝利を呼ぶと信じて戦っているが、整備士にとって、補給の見込みのない長期戦というのは、シビアに考えざるをえなかった。

 MSとは、現代科学技術の結晶ともいえる、高度な精密機械である。しっかりとした設備と、満足な補充用部品があって、はじめて満足に動けるのである。それがわかりっきているだけに、整備士としては、長期に渡る戦闘など、不可能としか思えなかったのだ。

 一方のバウアーは、そんな彼を後目に、やる気満々であった。彼は一応エースパイロットの部類に入る。ルウム戦役からの古参兵で、通算で21機のMSと、3隻の艦艇を撃沈していた。

 なによりも、彼はこのジオン公国の戦いが、スペースノイドの独立という純粋で、高貴な感じの漂う目標を持っていることに感動して戦っていた。彼自身は、元々サイド3の住人ではなく、他のサイドから移住してきたのであったが、他のサイドには見られないほどの、独立運動の熱気に、心から感動しているのであった。

「イナガキ大尉!君とてジオンの民ならば、この戦いがどんな意味を持っているか分かるだろ?これは宇宙と地球との今後に関わる戦いなんだ!我々がここで戦いをやめては、宇宙は永久に独立などできないことを証明してしまうことになる。それを防ぐためにも、我々は戦い続けないといけないのだよ。」

 バウアーの演説ぶった口調は次第にエスカレートしていった。イナガキはずっと配線パネルをいじっていて、特にバウアーの方を見てそれを真剣に聞くような素振りは見せなかった。

 それでもバウアーが話を続けようとしたので、いいかげん面倒になって、彼は口を開いた。

「・・・・・・・バウアーよ、とにかくもだ、整備士の俺としては、万全な形でお前達を送り出せる態勢があれば、何処へなりとも付き合ってやるよ。だが・・・・・・・・その前にだ。重要なことがある。」

 急に真剣になったイナガキの方を見て、バウアーはついに俺の言葉に動いてくれたと思って、イナガキの目を見つめ、次の言葉を待った。

「・・・・・・・・・腹は減っては戦はできん。食堂に行くぞ。」

 そういって手にしていたパネルを元に位置に戻すと、一人でさっさと出口の方へ向かっていってしまった。

 その後ろで一瞬止まっていたバウアーは、数秒後に我に返って、またなにか大声で叫んでいたが、イナガキはそれを無視することにした。

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