元へ         地球海編     序章    

 

 

宇宙暦222年   10月7日  北大西洋  

                                連邦海軍攻撃型潜水艦「パールモア」

「・・・・・・・・・敵船、方位2-7-0、距離3千。速度15ノット。一番三番、発射用意。」

「イエッサー!2-7-0、距離3千、方位15ノット、一番三番発射管開きます」

「・・・・・・・・・・一番三番・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・発射!!!」

「発射!!」

 船内を鋭い音が突き抜ける。

「十・・・・九・・・・・・・八・・・・」

 警戒灯のついた船内の中で腕時計を見ながら潜望鏡の脇にいる男が逆算する。

「四・・・・・・三・・・・二・・・・・・一・・・・命中!!」

 男がそういった瞬間、轟音が聞こえた。潜望鏡をのぞいていた男の口に笑みがこぼれる。

「命中だぞ、副長。」

 のぞいていた男はそういうと、潜望鏡を副長にすすめた。潜望鏡をのぞいた副長はその男と同じく、口元に笑みを浮かべた。

「やりましたな、艦長。これで23隻目です。」

潜望鏡をのぞくのをやめた副長は、艦長にさっきよりもぱっとした笑顔で問いかけた。艦長と呼ばれた男、ジョン・パトリックス中佐は力強く

頷いた。

「うむ、これでイギリスの統合軍はさらに補給が厳しくなったはずだ。・・・・・・・・・・・それにしても輸送艦や補給船たいして護衛もつけないと

は・・・・・・・よっぽど戦力の損耗が激しいのか、なにかたくらみがあるのだろうか?」

 パトリックスが話している間に部下たちに指示を出し終えた副長、シュタインス大尉が答えた。

「さぁ、敵が何を考えているか、自分には推し量りかねます。ですがここ最近の敵の補給状況から考えますと、なんらかの動きが近々あるようです。本艦の担当地域以外での友軍の撃沈数もここ一ヶ月で異様に増えております。空軍からも同じく多数の敵輸送機部隊を撃沈している報告があります。」

 パトリックスが腕組みをしながらシュタインスの報告を聞いていると、ソナー室から低く押し殺していて、それでもはっきりと聞こえる声でソナーマンが叫んだ。

「スクリュー音接近!!方位0-9-0、距離7千。・・・・・・・・・音門照合、統合軍のフリゲート艦です。」

 それを聞いたとたん、パトリックスは腕組みをやめ潜望鏡から発令所の中央部、発令所全体を見渡せる位置に素早く動いた

「急速潜行!!前部メインバラスト注水。方位2-2-0。深度400」

「イエッサー!!急速潜行、メインバラスト注水、方位2-2-0。深度400」

 いままで撃沈の余韻に浸っていた船内に一瞬にしてある種の緊迫感が張りつめた。潜水艦にとって高速水上艦との戦いほど苦手なものはない。いかに高性能な潜水艦であっても頭上からの攻撃に対しては逃げに転ずるしかないのである。それは潜水艦という兵器が開発されて以来変わることのないものであった。

 が、しかし、時代はすでにその古き掟を壊すような兵器の登場を迎えていた。

「後方にいる母艦に連絡。SA小隊の急派を求む。」

「了解。マザーグース、マザーグース、こちらパールモア。コバンザメの救援を求む」

 艦長からの命令を素早く通信士が送信する。その間にも艦は急速な潜航によりどんどんと海底深く潜っていく。乗組員たちは神経を集中させた顔つきで正面パネルを見つめたり、自分の仕事をこなしていく。その顔から安堵感はいっさい感じられない。

 そう恐怖である。先ほどまで一方的に狩る立場であった彼等が、今度は狩られる立場にいるのだ。これこそが戦場で油断できない絶対の掟である。

「敵艦、爆雷攻撃を開始。」

 ソナーマンが短く鋭く叫ぶと、乗組員たちの顔はさらにこわばった。おもわず潜水艦の天井を見上げてしまう者さえいる。実際は短いはずだが、とてつもなく長く感じる時間が過ぎる。そして遠くの方で連続して爆雷の爆発する音と、その衝撃が潜水艦を揺らす。

 誰もが顔に不安と恐怖をつのらせている。見えない敵からの攻撃。それほど戦場で怖いものはない。

「現在深度400。艦を水平に保ちます。」

 副長が静かに答える。操舵手は艦を水平に保つように慎重に舵を動かす。艦がようやく水平状態なりかかったとき、先ほどより遙かに近いところで爆雷が爆発する。その衝撃で作戦台に乗っていた海図やコンパスなどが床に落ち、乗組員たちの多くが身体を座席から落としそうになるが、そんな中でもパトリックスとシュタインスの二人は何事もなかったように直立不動で立っていた。

 その姿は、見た兵たちにいつも通りの落ち着きと、安心感を取り戻すことになった。

「フィアット!コバンザメの方はなんともないか?」

 パトリックスはソナーマンであるフィアット伍長に尋ねた。フィアット伍長は耳にあてているヘッドフォンに全神経を集中させて、しばらくしてから答えた。

「・・・・距離約4千の位置に小型の物体音多数。・・・・・・・・・・・おそらくコバンザメです。・・・・・・ん?まってください・・・・・・・敵艦反転。コバンザメを探知したようです」

「よし、深度このまま、方位1-3-0。速度18ノット。垂直魚雷管開け。」

 パトリックスがそういうとシュタインスが関係各部署に命令を復唱し、攻撃型潜水艦「パールモア」は進路を変え、迎撃体制を整えた。

「爆発音多数、コバンザメが戦闘に入った模様。コバンザメより敵艦座標転送。」

「火器管制システムオールグリーン。」

 短い乗組員たちの伝達のあと、パトリックスは小さくうなづく。それを見たシュタインスは命令を発した。

「垂直魚雷、発射!!」

 艦を再び鋭い音が突き抜ける。そのとき、乗員の誰の顔にも自信と勝利の表情が見えた。彼等の目は再び狩るものの目となっていた。

「魚雷が敵を探知、ホーミング開始。衝突まであと5・・・・・4・・・・・3・・・・・・2・・・・・1・・・・・」

ドゴォォォォォォン!!!!!!!!!!!!

先ほどの輸送艦の爆発よりも、爆雷の爆発震動よりも遙かに大きい爆発音が聞こえる。フィアット伍長がヘッドフォンから手を放し、言った

「敵艦の撃沈を確認。コバンザメも全機健在。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本艦周辺に敵勢力の確認を認めず」

 発令所の誰もが満面の笑みを浮かべ、艦長の方を見る。パトリックスは発令所全体を見渡してから、

「メインバラストブロー。浮上後コバンザメを回収。帰路につく」

 パトリックスはそう命令を告げると、手元にあった白紙の報告書に戦闘の詳細を記入しはじめた。

 シュタインスは命令の復唱を終え、パトリックスに近づくと、

「おめでとうございます艦長。これで24隻目ですな」

と、先ほどの乗組員たちと同様に満面の笑みを浮かべてパトリックスに話しかけた。

「ああ、そうだな。またこれで一歩勝利に近づいたわけだ。」

 記入し終わったペンを軍服にしまうと、一息ついてからそう告げた。そしてシュタインスの顔を見て

「コバンザメにはよく世話になるな、確かミラー少佐だったな。あのSA小隊の隊長は?」

と、聞くと、シュタインスは少し上を見て考えてから

「たしかそうです、彼にはこれで4度目の貸しというわけになります。」

姿勢を正してからパトリックスに告げた。その几帳面さから見てもシュタインスは忠実な職業軍人であることがしれた。

「そうか・・・・・・今度、陸(おか)にあがったら礼をしなくてはな。・・・・・・彼はウイスキー派かな?ワイン派かな?」

 そういってパトリックスは軍帽を深くかぶった。シュタインスはパトリックスの最後の言葉に、一人悩まされていた。

 

 

大西洋洋上。

 

 しばらくして「パールモア」が海上に頭を出して航行していると、左舷から突然海を割って巨大な影が現れた。艦橋に出て周りを見渡していたパトリックスとシュタインスはその姿を認めると、ふたりともほぼ同時にため息を同時についた。

「・・・・・・しっかし、こんなものが戦争をやっているとはな、まさにSFの世界だ。」

 パトリックスがそうひとりごとのように言うと、シュタインスは、確かに、とでも言うようにうなづいた。彼等の目の前には、巨大な影から海水が落ち、はっきりとした人型のSAが立っていた。

 

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