ルアーブル基地より距離13kmの地点。

 

「中尉。味方部隊接近、報告のあった増援部隊のようです。」

 周辺警戒をしていた部下の報告を聞くと、機体の足下でバッテリーチェックをしていたタイラーは点検用ハッチを閉めて、コクピットに乗り込んだ。

「デルタ4、状況を詳しく知らせ。」

「こちらデルタ4、IFF識別反応に多数の反応がありました・・・・・・・・・あ、通信が入りました、そちらへ回します。」

「こちら第12混成駆逐旅団指揮官のデーニッツ代理少佐です、ジャッジメント・タイラーですか?」

 代理というのは、士官のほとんどがいなくなったピレネー防衛軍で使われている非公式な階級の呼称の仕方である。書類上では旅団規模の部隊を指揮するのに、少尉や大尉では問題があるため、こうした形で一時的に階級を与えているのだ。

 もちろん、統合軍の正式な軍事データベースには存在しないため、今回の作戦が終了したあと、増援部隊となる正規軍が到着した場合には、その地位は剥奪され、元の階級に戻ることになる。

 ちなみに、タイラーの場合は正式な手続きをしているので、階級が戻ることはない。

「そうだ。・・・・・・・・速かったな。もう少しかかると聞いていたが?」

「敵の妨害が思った以上になくて、ここまで航空機どころか、歩兵にすら合いませんでしたよ。これも各戦線で友軍が頑張ってくれているおかげでしょう。」

 増援部隊の指揮官であるデーニッツは、愛着の持てる声で、まるで十年来の知り合いであるかのような感じで話しかけてきた。

 世が世なら、きっといい人物になれたに違いないと、タイラーは心の内で密かに思った。

「中尉、そちらの状況は?」

「こちらにはいまのところ異常はない。ただ不可視迷彩のバッテリーと内部電源が心配だ。交換を要請したい。」

「了解です、すぐに補給部隊をおくります。中尉達は後続部隊と共に戦いに参加してください。敵が立ち直る前に、我々は攻撃を仕掛けます。では。」

「わかった、幸運を祈る」

 短いやりとりで、タイラーは通信を切った。

「これでとりあえずは一安心だな。あとは味方部隊の善戦に期待するか。」

 コクピットの中で腕を組みながら肩の力を抜いてタイラーはため息をついた。

「こちらデルタ0、オールデルタへ連絡。これからバッテリー交換をする。補給後に我が隊は味方部隊の支援に向かう。全機、電力を節約して待機しろ。今の内に軽い飯をとっておけ!」

 部下にそう伝えると、タイラーは足下にあるサバイバルケースからドリンクと、カロリーメイトを取り出し、ほおばった。

 口の中いっぱいに、約14時間ぶりに人間らしい感覚がよみがえるのがわかった。

 食事が普段より数倍うまいと感じるのは、こういった任務の間で、緊張が途切れたときが一番だった。普段なんとも思わないことが、とても幸せに感じられ、自分が生きていることを実感できる。それが戦場という極限状態での兵士の気持ちだった。

「・・・・・・・・」

 食事を終え、ぼ〜っとしているところに、補給部隊が到着した。SAのバッテリーや、内部電源、弾薬補給などを一括で補うことのできる大型トレーラーである。

「中尉!ハッチの開放をお願いします。」

 SAの足下で、若い補給隊の隊員がタイラーに向かって叫んできた。

「了解だ・・・・・・・・・・・・若いな君、歳はいくつだ?」

 手元の解放パネルを操作しながら、足下で作業をする青年隊員にタイラーは尋ねた。

「あと一月で19になります。」

「そうか、・・・・・・・・・・・・・・・・・徴兵されたのか?」

「いえ、・・・・・・・・・・・・・・・・志願しました。」

 志願という言葉を聞いて、タイラーは驚いた。この時勢に軍に志願するなど、とても信じられないことだったからだ。

「そうか・・・・・・・親は反対しなかったのか?」

「・・・・・・・・親は死にました。・・・・・・・連邦軍の核パルスによる電磁波の攻撃で、事故に遭いまして・・・・・」

 それ以上言葉が出なかった。タイラーは気まずさと、懸命に働くその若い青年を見て、自分のしていることの意義を思い直した。

 自分は戦争をしているが、それは軍人になってしまったからであり、本来の自分は他にやりたいことがあったのではないかと思った。つまるところ戦争は人殺し以外のなにものでもない。なにも生まない。

 軍人として敵と戦ってはいるが、殺した敵にも、ひょっとかしたらこういう境遇に陥る子供がいるのではないのか?憎しみが憎しみを呼び、終わることのない劇に付き合わされているようなものだ。

 戦争の目的をいかに美化しようとも、やっていることは醜悪である。政治家は、その醜悪さが分からないから、経済打破の一手段として戦争をとったのが、この戦争の実体だ。

 大義名分なんてものはない。利益と、欲のために戦争は起きるのだ。

「・・・・・・・・・連邦が憎いか?」

 タイラーはようやく口を開くことができた。しかし、それが今彼にいえる精一杯の言葉のように思えた。

 青年士官はその問いに一瞬仕事の手が止まったが、しばらくしてから、手慣れた作業を再び続けていく。

「・・・・・最初は。でもよく考えればその原因を作ったのは統合政府ですから。そしてその政府を選んだのは、自分たちです。・・・・・・・・・報いだったのかもしれません、政治から関心を離した我々への」

 若いが、しっかりとした価値観と、現実感を持つこの青年の言葉に、タイラーは思いを募らせた。

「そうか・・・・・・・・・・・・・・・そうだな。選んだ人間が行ったことの、尻拭いをしているのが俺達なんだよな、この戦争が終わる頃には、そういう状況を正さないとな」

 青年に言ったのか、自分自身が思っていたことを口に出したのか、タイラーは自信が持てなかったが、一介の軍人である以上、それ以上のことは口に出せなかった。最前線にいる一介の兵士が政府上層部の腐敗を口にしたところで意味はない。

 補給隊の青年は、補給が終了するとタイラーに敬礼をしてその場を去っていった。

 その去っていく後ろ姿を見ると、タイラーは熱ものがこみあげてくるようだった。

「・・・・・・中尉、あなたの言っていることは正しいですね」

 不意に通信が入る、驚いて通信パネルを見てみると、回線が開きっぱなしだった。

「聞いていたのか?」

「ええ・・・・・・・私にもあれくらいの歳のいとこがいました。ベルリンに住んでいましたが、戦闘に巻き込まれて行方不明になっちまいましたよ。・・・・・・・・・中尉、俺達にはどうすることもできない高い次元の話ですが、それでも戦い続ける意味と理由はあるんですよ。」

「・・・・・・・たとえば?」

 部下であるデルタ3からの通信に、耳を澄ませて、息をのんでタイラーは聞いていた。

「たとえば・・・・・・・・私はこの戦争を正義なんて思っていませんよ、地球がどうだろうが、宇宙がどうだろうが、知ったことではありません。ただ、生き残りたいだけです。守りたいだけです。仲間を、友を、家族を、全ての兵士に高い理想なんて持たせるなんて、無理な話です。しかし、理想が低くても、十分に戦える理由は存在します。それだけです。目の前に敵がいるから撃つ、やられる前にやれ。残念ですが、それが戦争です。・・・・・・すべての人間が自分が撃つ人間の人生を考えたり、相手のことを気遣ったら、戦争なんてやれないんでしょうね」

「・・・・・・・・・・・・いいことをいうな」

「それに私はあなたのことを尊敬してますよ、ユースケ・タイラー中尉。」

 デルタ3はまるで思い出話をするような口調で、思いを巡らせた声で言った。

「あなたの今までの戦歴は称賛に値します。表面だけでも全将兵が憧れる戦歴と、戦功の数々です。ですが、私はそんな上辺だけのことには、これっぽちもあなたを尊敬していません。・・・・・・・・あなたはいままでの戦場で一人も殺していないですね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 タイラーは無言でそれに答えた。デルタ3はそれを理解の意ととらえ、言葉を続けた。

「開戦以来、あなたは常に最前線で戦ってきたが、一度たりとも敵兵の命を奪ったことはない。いつも狙撃する箇所は、兵士の命に直接関わりのないところを狙撃している。・・・・・・・・なぜ私がこれを知っているかといいますと、あなたのSAのバックアップデータを秘密に見させてもらったからですけど。・・・・・・・とにかく、あなたは楽をしようと思えば楽ができた状況でも、どんな状況でも命を大切に扱っている。それがたとえ自分を殺そうとしていた敵であっても助けるようなまねをしている・・・・・・・・・・・・・・・・昨日の夜でさえも、コクピットではなく、手足を狙いましたね。なぜです?・・・・・・偽善、とは思いたくありませんが・・・・・・」

 デルタ3の通信は、はっきりと、タイラーに問いつめる口調だった。

 対するタイラーは沈黙を守っていた。

 どれくらいたっただろうか、デルタ3がその沈黙に耐えきれず、口を出そうとしたとき、タイラーの口が開いた。

「・・・・・・俺は、別に英雄になろうとか、正義のために戦うとかで戦争をやっているんじゃない。・・・・・・・・・ただ単純に人をできるだけ殺さないで生き残りたいんだ。自分が生き残るために他人を殺していては、ただ恨みと憎しみを増やすだけだ。・・・・・たとえそれが戦争というひとつの極限状態の中であったとしてもね。それでも俺はこうして今日まで生きてきている。・・・・・・・・それだけだよ」

 はっきりとタイラーが自分の考えを口にしたのは、この時が初めてであった。戦うにつれて誇張され、宣伝され続ける自分の名声に、ついに誰にもいえずに心にしまっていたことを、タイラーはようやく口にすることができた。

「・・・・・・・・・やっぱりあなたは尊敬できる人ですよ。」

 デルタ3からはそう返ってきた。その言葉で、タイラーは救われたと思った。

「ありがとうな、デルタ3・・・・・・・いや、名前を教えてくれ。」

「喜んで、自分はウィリアム・モーリス・アッテンボロー中尉です。」

「・・・・・・・・・中尉だったのか?なら敬語を使うこともないのに」

 同じ階級だと知って、タイラーは動揺したが、アッテンボロー中尉は気にせずに続けた。

「言ったでしょ?私はあなたを尊敬していると。」

 それを最後に、二人の間に沈黙が続いた。

しばらくして、攻撃のために移動していたデーニッツから戦闘開始の通信が入り、沈黙が破られた。

「こちら本隊。戦闘に突入。各員の健闘を祈る!」

 そうしてタイラー率いる特殊部隊三機は、補給を終えて、一路、味方援護のために移動を開始した。

 

ルアーブル基地、防衛部隊

 

「各部隊へ、状況をおくれ」

「こちら正面部隊、配置につきました。」

「こちら左翼、配置完了、いつでもどうぞ!」

「支援部隊、こちらも大丈夫です。」

「こちら右翼、展開を今終了。言われたとおりの陣形です。どうぞ!」

 メルダース率いるルアーブル基地守備隊は迫り来る統合軍を迎撃すべく、基地よりかなり離れた地点で展開して待機していた。地形としては、左右を自然に閉鎖された、迎撃にはもってこいの場所であった。しかし、ここは同時にルアーブル基地からやく15kmも離れており、基地を完全に守るという消極的な防衛線という形でないことは明白であった。

 あえて基地から離れた地点で迎撃せざるをえなかった理由は三つあった。

 ひとつは基地の修復作業を円滑に行わせるためにも、敵と早い地点で衝突しなければならなかったこと。

 二つ目は、敵を迎撃するのに、両側が河や崖などによって正面防御のみに特化できる性質を持つ最もよい地形が、ここしかなかったこと。

 最後に、味方の増援部隊が来るとしても、ここを通ってくる以外には、地上部隊の進行ができないため、援軍との挟撃も合わせて考えると、この地点での戦闘が最も有効であったからである。

「こちらメルダース。各隊、命令があるまで待機せよ。」

 仮設の移動トレーラー司令部で、メルダースは戦術パネルと無線機を片手に指揮を執っていた。

 基地の防衛線力をかき集めても、敵の戦力と比べて幾分か分の悪い形であった。基地に集結していた部隊のほとんどが、先の攻撃で行動不能・もしくは破壊されていたので、動かせる戦力は本来の10分の1以下であった。

 それでも指揮官であるメルダースは、効果的な防御線を作戦参謀や現場指揮官達が驚くほどの速さと正確さをもって実行してしまった。手持ちの部隊を余すところ無く、フルに発揮できる形で配備されたその陣形は、野戦戦術の教本になって良いほどであった。

 正面に機甲部隊をしき、その横から敵を左右から攻撃できるように配備された野砲や重機関銃類。そして巧妙に偽装された対空兵器類は、敵の航空戦力を一挙に殲滅できる形で展開させていた。

 さらに、近代戦闘では華々しく戦果を期待できることのない歩兵を、対戦車・対SA用攻撃部隊として伏兵として配備し、敵を包囲できる形をいつでもできるようにもしていた。

「・・・・・・・私は長い間前線兵士として戦ってきましたが、これほどの陣形を、これだけの時間でやってのけた人物は、いままでみたことがありません。」

 兵站部隊の連隊長である中佐は、メルダースの手際の良さに感動のあまりそうもらしたほどである。

 とにもかくも、奇襲攻撃により心身共に披露していた連邦軍兵士達にとっては、メルダースの指揮官としての力量を、その目で確かめることにより当初より数段認める結果となった、それは兵士達に安心感と戦意の高揚をもたらした。

「斥候部隊より連絡。敵部隊接近中。距離14km。野砲の射程まであと5分。」

 砲術士官がそう連絡をしてくると、メルダースは無言でうなずき、腕時計に目を落とした。

「よし。きっかり五分後に攻撃開始。それと同時に機甲部隊は前進。・・・・・・・・みんな作戦通り動けよ、そうすれば勝てるさ」

「了解!」

 無線機から威勢のいい返事が返ってくる。士気は高い。昨夜の奇襲は、いまのところ兵士達の頭から忘れられているようだ。

 ただメルダースはあの不安と恐怖が、戦いのさなかで兵士達の間によみがえることを恐れた。一度逆境に陥れば、あらかじめ残っている兵士達の不安と恐怖に引火することは、明白だったからである。

 それ故に最初の攻勢は肝心であった。受け手になって敵の攻撃を受けていては、せっかく高まった士気を無駄にすることになる。例え戦力敵に劣勢であったとしても、最初の一撃はこちらのものにする必要があった。

「SA部隊は長距離狙撃と接近戦闘の用意を怠るな。偽装しつつ、敵の指揮官だけを狙えばいい」

 メルダースはあらかじめ高所に配置してあるSAスナイパー部隊と、河の中であたかもすいとんの術のように隠してあるSA部隊に連絡をいれた。前者は敵の指揮官機や後方にいる部隊を狙撃して混乱に陥れ、統合軍の指揮系統をかき乱す任務を担っており、後者は混乱して河の方へ押し込まれた統合軍を接近戦闘によって包囲殲滅する任務をおっていた。

 また、機甲部隊とメルダースが言った部隊とは、基地に駐屯していた2個戦車中隊32両と、3個軽戦闘車両中隊36両によって成り立っていた。正面を固める火力としてはやや力不足ではあったが、メルダースは正面部隊を高速部隊として配置することにより、戦術の幅の広さを生かそうとしていた。

「大佐!敵がイエローゾーンにかかりました!」

「よおし!全野砲目標敵主力部隊!機甲部隊前進せよ!!!」

 メルダースの号令のもと連邦軍の死力を尽くした攻勢が始まった。

 

統合軍

「速度を落とすな!!そのまま突撃して敵の正面を突破するんだ!!」

 部隊の指揮官であるデーニッツ少佐は歩兵戦闘車両に乗りながら通信機に向かって叫んだ。

前進していた統合軍の上に、突然激しい砲火が降り注いだ。密集しなければならない地形であったので、統合軍の前面部隊は降り注ぐ砲弾に対して完全に足止めされた。先頭を進んでいた戦車7両は一瞬にしてスクラップと化した。

 後続を進んでいた歩兵部隊も、連邦軍の巧みな時間差砲撃によりとどまっていた分、被害が拡大した。

「・・・・・・・・いかんな」

 指揮者に乗りながら、デーニッツは自分たちが完全な迎撃網の中に入り込んでしまったことに気がついた。

「SA部隊と戦車部隊を前面へ!機械化中隊もそれに続け!なんとしても突破するんだ!タイラー隊と連絡は取れないのか?」

「広範囲にECMが行われているようでして、通信ができません!各部隊とも、これ以上距離があけば通信ができないおそれがあります」

「くそっ。さっきまで快調に進んできたというのに・・・・・・・・・伝令をだせ!タイラー隊に敵野砲を狙撃撃破させるんだ!」

「了解!」

「フォルクス1聞こえるか?」

「こちらフォルクス1、司令部か?聞こえるぞ」

「戦車部隊はそのまま突撃して歩兵を援護しつつ敵部隊正面を突破するんだ!」

「わかった。そちらさんはこの鉄の雨を何とかしてくれ!これじゃあ前もみえん。」

「了解だ、タイラー隊が敵野砲陣を狙撃する。それまでの辛抱だ、幸運を祈る。」

 デーニッツは連邦軍の戦力を過小評価していた。昨日のタイラー隊による攻撃で防衛戦力のほとんどを機能麻痺に陥れたと報告があったからだ。

 デーニッツの考えは確かに合っていた。連邦軍の戦力は通常の半分以下。そして指揮官の力量も並であったならばデーニッツの考え通り、連邦軍の戦線は突破されていただろう。しかし、メルダースは並以上、いや超トップクラスの指揮官である。半分以下、3分の1ほどの戦力であっても、十分すぎるほどの防衛戦を築いていた。

「くそ!予想以上の防衛線だ。情報部め!!ろくな戦力分析もできんのか!」

 デーニッツは悪態をつくしかなかった。事実としては情報部の分析は正しかったが、それを指揮しているのは彼よりも一枚も二枚も上手の人物である。

「こちらフォルクス1。敵の戦車部隊を確認。これより交戦に入る」

「フォルクス1。状況を正確に報告せよ。敵の戦車部隊はどの程度なのか?」

「それが・・・・・・・・・軽戦車とおもわれます。速度がこちらとは段違いです。積極的な戦闘を行うための部隊とは思えません。・・・・・・・罠の可能性があります。」

「そうだな。速度を落として様子を見ろ。あとは現場に任せる。」

「わかりました、ヘリ部隊の要請は?」

「現在こちらに向かっている。タイラー隊とも連絡中だ。」

「了解した。敵のSA部隊が気になる。例の新型が出てきたらこっちは逃げるしかない。味方SA部隊の後詰めを忘れないでくれよ!」

「OKだフォルクス1。安心して前進せよ。」

 デーニッツは手持ちの戦力を一カ所に集中することによって薄いと思われる連邦軍の防衛戦を突破する気でいた。こういった早い時期で敵が攻勢を仕掛けて来るというのは、戦力に心配があり持久戦ができないときであり、敵に心理的打撃と先制打を与えることにより敵軍の進撃速度を鈍らせ、味方増援部隊の到着を待つという作戦に違いないと彼はにらんでいた。

 これは事実ではあったが、ひとつだけ違うところがあった。

 メルダースは増援部隊を当てにはしていなかった。手持ちの戦力だけでこの状況から統合軍を押し返す気でいた。

「SA部隊!敵の軽戦闘車部隊を追撃してこれを撃破しろ!機械化歩兵も戦車に続いて前進!!」

 デーニッツは無線機に向かって声荒高に叫んだ。

 デーニッツの指揮車の横を、ものすごい勢いでSAが疾走していく。統合軍の旧式SA「ジック」でも時速70kmはだせる。加えて9mあまりの巨大な質量を持つ動く砲台である、その迫力とりりしさは近くで見る者を圧倒する。

「少佐!敵前線に穴ができました!突入しますか?」

 通信兵からの報告に、デーニッツは間髪入れずに突撃の命令を下した。

 同時に正面の戦区にすさまじい勢いで爆炎と煙があがる。デーニッツ旅団の総火力が一斉に投入されたのだ。立ちふさがる連邦軍の戦車や歩兵部隊は敗走するか、その場で死のワルツを歌い続けるしかなかった。

「少佐!やりましたな!」

 デーニッツの横にいた連絡将校がデーニッツにそう笑いかけ、作戦の成功を確信した。

 デーニッツもその笑みに答えるように、これからだ!といおうとしたところで、彼の人生はピリオドが打たれた。鈍い金属音の直後に、デーニッツ少佐が乗っていた戦闘指揮車は炎の塊となり、鉄くずと化した。

 

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