ルアーブル基地仮設司令部

 

「こっちの整備はまだ終わってないぞ!回線はつなげない!他の方法で頼む!」

「第三区に火災発生!至急救援をこう!」

「なんでもいい!医薬品と医者を呼んでくれ!こっちは負傷者が多すぎる!司令部聞こえるか!?」

「第7SA小隊、これより周辺警戒に出撃する。」

「こちら第71工兵中隊。ドック内の障害物撤去を完了。第1ドックは使えます。」

「司令部聞こえるか!?こちら第120補給連隊。指示を請う!何処に持っていけばいいんだ?」

 がれきの散乱するルアーブル基地の仮設司令部の通信室は、一瞬で基地としての機能を失ったことにより、その復旧作業と周辺警戒に忙殺されていた。通信設備をはじめ、湾港施設、倉庫群、守備隊の多くに甚大なる被害を被り、基地の機能はほとんどが麻痺していた。唯一の救いだったのは、燃料タンクに引火しなかったことで、被害の拡大を防げたことぐらいである。

 その仮設司令部の奥で、司令官であるリヒャルト・フォン・メルダース大佐は、頭を包帯でぐるぐる巻にしながらも、必至に部下達へ指示を下していた。

「わかった、とりあえず早急に防衛隊の再編と、負傷者の救助に当たってくれ。設備の回復も通信設備とドックの復旧以外は、当面無視しろ。・・・・・・・周辺の友軍への連絡も忘れるな」

 メルダースの前に立っていた中年将校は、敬礼をして司令部をあとにしていった。それと入れ替わりに、基地の技術将校であるエパルス・リー中尉が入ってきた。

「大佐、空軍からの情報によりますと、当基地を襲撃したと思われるSA部隊を北40km地点で確認したとのことです。それと、通信設備はとりあえず方面軍司令部との復旧を終了、ドックの障害物除去もまもなく終了です。負傷者の方に関しては、ドクター達が全力を尽くしています。負傷者の数は現在の所1600名。死者の正確な数は分かりませんが、500ほどと思われます。あ、それから、パールモアからの暗号通信で、キールへと向かうとの報告が届きました。」

 基地の先任技術将校である彼は、基地のシステムのほとんどを掌握しており、SAの整備状況から基地の電話線の配置まで、彼に知らない設備はなかった。だから、彼はこの未曾有の大被害に際して、司令官であるメルダースよりも忙しかった。なにせ全ての情報が彼に伝わらなければ、ルアーブル基地は復旧することすら難しいのだ。

「エパルス、パールモアの現在地は?」

「はい、え〜と・・・・・・当基地から100kmまで接近しています。・・・すでに第45SA整備中隊にガルゴの輸送を依頼しました。パールモアは沖合1kmで第1特機のメンバーをボートでおろしたあと、キールへ向かいます。」

 エパルスは手に持っていたボードに書いてある情報を読み上げる、その口調はとても早く、彼の気がせっていることを物語っていた。

「そうか・・・・・・・・中尉、少し休みたまえ。君が倒れてしまったら、それこそ我が基地は復旧する前に敵の襲撃にあって、今度こそ全滅してしまう。今は最低限の仕事を部下に伝えて休め、これは命令だ。」

 メルダースは普段は厳しい上官ではあるが、臨機応変という言葉が彼の一番好きな言葉であるように、その時その時に応じて、部下の言うことを聞き入れる柔軟な思考も持ち合わせていたし、部下を思いやるという懐の深さがあった。

 エパルスは若干22歳の若い士官である。メルダースもまた、わずか35歳の大佐であり、歳がそれほど離れていないせいか、彼等には不思議な思いが相互に働いていた。エパルスから見れば、若いながら大佐まで上り詰めたメルダースへの尊敬の感情があり、それが彼に精力的にメルダースのために働く原動力となり、メルダースから見れば、自分の若いときの面影を、エパルスに見て、親身になって部下達を思いやることのできる感情をつくることとなっていた。

「分かりました大佐、・・・・・・・・お言葉に甘えさせていただきます、」

「よろしい、君のいない間はシュルツ少尉にまかせよう、彼なら君が抜けてもやれるだろうからな」

「は・・・・・・・・・・・・」

 気が抜けたのか、エパルスはため息とも了解ともとれそうな言葉を残して司令部を去った。

「通信士!友軍とコンタクトは?」

「はい、敵はピレネー戦線全域に対して攻勢をかけているようでして、現在どの戦線でも救援要請をしており、我が方への救援には第121機甲中隊と、第1044歩兵連隊、第3SA中隊がこちらへ向かっています。」

「そうか、沖合にいるパールモアと連絡が取れ次第、第45整備中隊に向かわせるように手配させておけ」

「わかしました大佐殿。・・・・・・・・・・・・む、これは?大佐、方面軍司令部より暗号通信です。」

「なに?なんと言ってきているんだ?」

「はい、・・・・・・・・・・・・・・これは!!空軍からの偵察情報によりますと、当基地に向かって、敵の大規模な部隊が接近中とのことです。」

「なんだと!!?現在地は?」

「確認された地点から、現在までの時間を計算しますと・・・・・・・・・・・・・当基地より約2時間の距離です。」

「なんということだ、・・・・・・・・・・・至急防衛部隊を編成・展開させろ。友軍が到達するまで時間を稼ぐ。今動かせるだけの兵力を動員しろ。」

「了解。・・・・・・・アローアロー、こちら司令部、全部隊に通達、第1戦闘配置。敵部隊接近中。総員迎撃態勢をとれ!繰り返す、総員迎撃態勢をとれ!」

 すぐさま生きていた回線を通して基地全体に戦闘配備がしかれたが、なにせ基地の60%以上が機能停止状態である。SAの発進や整備、戦車への燃料補給なども全て人の手でやらなければならなかった。

 それに加えて新型機であるガルゴは、先の迎撃戦で狙撃兵による集中砲火を浴びすぎて、装甲をはじめ各間接や動力が限界に達しており、使い物になるにはしばらく時間が必要だった。

「防衛部隊の指揮はパパロフ大尉か?」

「いえ、・・・・・・大尉は先ほどの襲撃で戦死されました。」

 メルダースは基地の防衛指揮官の名をあげたが、通信兵の言葉に、答える言葉を失った。

「そうか・・・・・・・・。ではだれか適当な人材はいるか?」

「それが、パパロフ大尉の後任であるミッチャー中尉はドイツの機甲司令部に出頭中ですし、防空主任のトリービック中尉は先ほどの襲撃で負傷。輸送部隊指揮官であったレイモンド大尉は行方不明です。」

「それでは満足に動ける将校はいないわけか?うむ・・・・・・・・・・・仕方ない。ここの指揮はマーネリー少尉に任せる。」

「は?司令官殿はどちらへ行かれるのですか?」

「何を言っている?現場指揮官がいなければ兵はうごけんだろうが。私が指揮を執る!」

 メルダースの突然の発言に、司令部にいた誰もが耳を疑ったかが、メルダースはそんな鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている部下達の顔を見て不機嫌になった。

「なんだ!?私が指揮官だと不満かね?これでも宇宙にいた頃は数々の戦功を立てたものなんだぞ!!」

「いえ・・・・・その。基地司令自ら前線に出ていかれては・・・・・・・・」

 司令部全員の思いを伝えるつもりで、突然基地代理司令を指名されたマーネリー少尉は進言したが、メルダースはそんな彼を一喝した。

「少尉!君に兵法というものが分かるのかね?君は地球におりてきてからまだ一ヶ月だ。まさか君に防衛部隊の指揮を執らせるわけにもいかんだろう?それに君ならこういう後方支援任務は得意なはずだ。これは君を信頼しての采配だよ!」

 メルダースは口調は厳しいが、さとすようなしゃべり方でマーネリー少尉に語りかけた。

「・・・・・・・・分かりました。大佐殿。小官は命令を承伏します。しかし、ご無理だけはなさらぬようにお願いいたします。」

「分かっている。戦術の奇才、メルダースの指揮ぶりを見ているがよい!」

 そう言うとメルダースは司令部をあとにして、外においてあったジープに飛び乗って防衛部隊が待機している方向へ向けて車を走らせた。

「・・・・・・・・・・大丈夫かな?」

 マーネリーは命令を承伏したとはいっても、いまだに不安が残っていた。そんな彼の横に、一人の老兵が近寄ってきて、

「大丈夫ですよ少尉殿。司令はああ見えて本当に戦術の鬼才です。いや・・・・・この場合は奇才とでも言いましょうか。」

 不思議そうな顔をして老兵を見るマーネリーの表情を見て、老兵は言葉を続けた。

「私は宇宙からずっとあの人の指揮の下で戦ってきましたが、あの人が陣頭指揮を執ったときはいつでも勝利しましたよ。あなたは士官学校出たてで知らないかもしれないが、古参の兵士で、ガリレオ海戦の英雄、第2艦隊の名参謀・リヒャルト・フォン・メルダースの名を知らない兵士はいませんよ。・・・・・・・・・安心してください。」

 そういうと老兵は持ってきていたコーヒーを飲み干すと、さっさとその場から去ってしまった。

 残されたマーネリーは老兵の言った言葉をうのみに信じることはできずにいたが、それでも多少の不安が消えたように思えて、自分の責任を果たすために司令部の中に入って基地機能回復に全力を尽くすことにした。

 

大西洋沖・・・・パールモア。

 

「艦長。ルアーブル基地から連絡です。当艦は基地沖1kmまで接近せよとのことです。そこで第一特機をボートで基地を輸送するそうです。」

「そうか、基地司令と連絡は?」

「はい、それが司令官殿は前線に出撃したそうで、現在司令部責任者はマーネリー少尉とのことです」

「なに?メルダース大佐が?・・・・・・そうか・・・・・・・・・・またみれるとはな、しかも地上で。」

「はっ!!?」

「なんでもない。気にするな。・・・・・・・・本艦はこれよりルアーブル基地沖合1000まで接近、そこで積み荷を降ろしたあと、キール軍港へ向かう。」

「了解です。」

 発令所で通信兵とこういったやりとりをかわしたパトリックスは、中央の戦術モニターをみながら、海図と情報が書き記された報告書が散乱している机を目の前にしていた。

 そんなところに現在パールモアがおろすための積み荷の責任者、いや当事者が発令所にやってきた。

「ミラー少佐、発令所には部外者以外には立入禁止ですよ、」

 パトリックスはとくに強くとがめるつもりもなく、やわらかな口調でミラーへ注意を促した。

「いや、なに。こう潜水艦生活が長いと、少しは違った空気を吸ってみたくなる。そういうことで、ここまできたんだが・・・・・・やはりおじゃまかね?」

「まぁ、現在の所君達が本艦の作戦上、重要な位置を占めている以上、閉め出すわけにもいかんし。知らせないわけにもいかないからな。それに上陸までの間に決めておくこともたくさんあるから、返ってここにいてもらった方が楽だな。」

 パトリックスの言葉が終わって、ここにいてもいいという公式な許可が下りたため、ミラーは発令所の入り口から中央のパトリックスの横まで歩んできた。

 そうして作戦台の上に転がっている報告書や海図を見て、ミラーは状況を瞬時に理解した

「なるほど・・・・・・我々は海の上にほっぽりだされるわけか。ちゃんとくるのだろうな?陸に上がったらSAなし、なんていうのはしゃれにもならんぞ。いくら我々が特殊部隊だといっても、SAなしではなんにもできん。」

「はは・・・・・その点は大丈夫だ。先ほど偵察用ドローンを一機飛ばした。もうそろそろ映像を送ってくる頃だ。」

「ああ、それでか。いきなりミサイル発射でもしたかと思って、びっくりしたぞ。ちゃんと前もって言って欲しいものだな。」

 数分前、パールモアは垂直ミサイル発射管から偵察用ドローン、つまり無人偵察機を目標浮上地点と味方輸送部隊の到着を確認するために海中から発射した。

 ミサイルブロックからの発射なので、潜水艦乗りで、しかもよほど搭載兵器についての知識がない限り、その発射音はミサイルと変わらなく聞こえる。つまり、戦闘が始まったと誤認するわけである。

「しかし、基地の方はもつのか?上陸したら敵さんばっかりってのも考え物だ。・・・・・・・・・まぁ、この報告書にある通りのスペックが、その新型機にあるって言うなら、統合のジックくらいじゃ、2個中隊いても勝てるけどな。」

「大丈夫だよ、心配性なやつめ。それに前線部隊を率いているのはメルダース大佐だ、最悪でも5日間は戦っているさ」

「へ〜あの大佐さんがね。俺自身はあの人の下で戦ったことがないから分からないが、戦歴は聞いているよ。・・・・・・・・・・・・にしてもなんであんなお偉いさんがこんな地球くんだりの、一地方基地の指揮官なんだ?聞いただけの戦歴があれば、いまごろ参謀本部の作戦局長になっていてもおかしくないぞ?」

「まぁ、そのへんはいつしか本人に聞くことだな。・・・・・・・・ああ、それと、君にはこの情報を教えておくべきだろう」

「なにか?」

 急に話題が自分と関係あることに変わったため、ミラーは虚をつかれたが、わざわざ教えてくれる情報と言うことは、よほど良い知らせか、よほど悪い知らせのどちらかである。ミラーとしては前者を期待したが、パトリックスの言った言葉は、前者後者ともにかねるものだった。

「・・・・・・・・・狙撃でこれだけの被害を?・・・・・・・・なるほど・・・・・・・・こんな芸道ができるのはやつしかにませんね。」

「まぁ推定的な情報だが、損傷したガルゴの状態は、的確すぎるほどの射撃によるものだ。同じ箇所に数発たたき込めるほどの技量を持つスナイパーなぞ、私だって一人しかしらんし、そいつだけにしてもらいたいものだ。」

「・・・・・・ほんとにそうですね、あんなレベルのスナイパーがたくさんいたら、我々はそうそうに宇宙へ返るべきです。・・・・・・・・・・・それにしても、こんなところで会えるとは、ベルリンやバルカンでの借りを返す機会がきましたよ、・・・・・・・・・・・ジャッジメント・タイラーめ!」

 そう言ったミラーの表情は、喜びと恐怖、そして執念の感情が表れていた。

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