大西洋上、ルアーブル基地より北東55km。攻撃型潜水母艦「パールモア」

 

「なに!ルアーブルが攻撃を受けた!!?」

 浮上して航行していたパールモアの船上で、パトリックス艦長は副官のシュタインス大尉からの暗号電文を受け取った。

「で、被害の方はどうなっているんだ?大尉。」

「は、それが、湾港施設は壊滅に近いそうで、本艦はドイツのキールか、南米のフォークランド基地へ回されると思われます。」

 シュタインスは優秀な軍人であった。敬礼と共に、伝えるべき情報は全て言われる前に報告できる状態をいつでもつくっていた。そしてその報告はいつもパトリックスを満足させるものであった。

 母港が壊滅したという報告を聞いて、パトリックスは動揺を隠せなかった。なにせルアーブル基地は彼の多くの仲間達がいた基地であるし、地球で最初に配属された基地でもあったので、愛着があった。

「そうか・・・・・・・・大尉、艦を潜行させろ。通信可能な深度まで潜行だ!しばらく機関停止、詳細な情報がくるまで、この海域で待機だ。それとSA隊のミラー隊長を呼んでおいてくれ。」

「了解!総員潜行準備!!深度200まで潜行せよ、潜行後は機関停止、各員部署を離れず、その場で待機、急げ!!!」

 シュタインスが命令を復唱して、艦全体に命令が伝えられる。こういうとき、艦の艦長であるパトリックスが判断を躊躇していてはいけない。それは潜水艦では特に重要なことである。陸からの支援が無理になりつつあるのなら、のんきに海上に頭を出しているわけにはいかない。

 ほどなくして、パールモアは潜行を開始し、その姿を海上から消した。

「艦長、現在深度200。水平航行に入ります。」

 艦の指揮をする発令所に場所を変え、パトリックスは海図とルアーブル基地周辺の地図を眺めていた。

「それにしてもいったいどこから攻撃を受けたんだ?大陸に残っている統合軍にそれだけの戦力があったとは思えなかったのだが・・・・」

「それが、集まった情報から推測した戦力は、統合軍のピレネー防衛軍の全戦力に相当し、全面的な大攻勢だったようです、補給を考えない自暴自棄的な行動です。・・・・・・・統合軍ご自慢の特殊部隊の参加もあったとも報告がありましたが・・・・・」

「・・・・・・・そうか」

 パトリックスは頭をひねりながら、考えていた。少なくとも彼が出撃する前に聞いていた情報では、ピレネーに立てこもる統合軍の戦力は乏しく、とても我々に対して攻勢を仕掛けるだけの余剰戦力はないというのが、情報部からの見解であった。

 それにもかかわらず、統合軍は攻撃を仕掛けてきた。しかも、完全に油断していた我が軍の要所をついて。パトリックスは戦争というものの不思議さを感じざるをえなかった。普通に考えれば補給なしの作戦などは考えられない。士官学校や、どの教本にも補給を考えての作戦立案が原則である。

 それでも極限状態になれば、学校や本に書いてある程度のことなど、問題にはやはりならないのだろうか?

 もちろん、パトリックスが統合軍の内情について知っているわけはなかった。統合軍にしてみれば、あまりにもリスクの高いばかげた作戦であるうえ、それに従わなければならない不条理さを、パトリックスの数万倍は感じていた。

「副長、とりあえず艦をキールへ向けろ。そこで他の艦と合流する。」

「イエッサ。全艦に通達、方位2−2−0、速度35、目標キール軍港!!深度200を維持」

 シュタインスの号令の元、発令所要員達は伝えられた命令を、各々声に出して作業に移っていく。

 とにかくも、ルアーブルが潰された以上、こうしていても始まらないからな。

 パトリックスはあれこれと今考えるのはよくないと考え、現状で一番最適と思われる命令を下した。

「艦長、ミラー少佐が来ました。」

 艦の方向転換や各作業が終わり、パトリックスが再び海図を眺めているときに、シュタインスの後ろについてミラーが発令所に顔を出した。

「おお、ミラー少佐、わざわざ格納庫からすまんな。」

 油で汚れた作業服と、顔に重油の汚れをつけたミラーが、状況を理解できないような顔をしていた。

「どうかしたんですか中佐?妙に忙しそうじゃないですか。」

「まぁね。・・・・・・・・・・SAの整備の方はどうかね?」

「はい、全機とも応急的な修理と整備は終わりました。いま、各員に休憩の命令を出してきたところです。」

「そうか・・・・・・・・・・君には全てを知っておく権利があるな。副長!」

 パトリックスがそう言うと、横にいたシュタインスがミラーに書類の束を送った。

「これは?」

「読んでみてくれ、それで状況は理解できるはずだ。」

 怪訝な顔をしながら、ミラーは書類の束に目を通す。・・・・・・・・その表情は読むにつれて驚愕の表情へと変わっていった。

「・・・・・・・・・事実なのですか?これは・・・・・・・・」

「ああ、事実だ,それもかなり信憑性の高いものだよ。・・・・・・・・さて、君を呼んだのは他でもない。ルアーブルがそのような惨状である今、パールモアはキール軍港へと向かっている。そこで他の艦と合流して、今後の対処を決めるのだが、なにぶんこの攻勢で、地上軍のパイロット不足に悩みそうなんだ。まだ次の補充要員が来るまで一ヶ月近くあるだろうからな。・・・・・・・・ミラー少佐、君には第1特機(特殊SA部隊の略)と共に、陸上勤務へ戻ってもらうことになるだろう。」

 突然の転属命令に、ミラーはさらに驚いた。

「しかし、それでは潜水艦隊の護衛兵力が!」

「その点はおそらく大丈夫だ、今回の海戦で統合軍大西洋艦隊は事実上消滅したと言っても良い。多少の駆逐艦と、敵のSA部隊なら、第2特機だけでも大丈夫だろう。それにだ、人材不足の我が軍は、各戦線からの引き抜きで最前線が成り立っていると言って過言ではない。これは至極当然の処置というものだよ」

 パトリックスはうつむき加減で淡々と語る。彼自身も予想もしなかったこの事態に、多少のいらだちを覚えているようだった。横で立っていたシュタインス大尉は、艦長の気持ちを察してか、ミラーに他の情報を彼に変わって伝えた。

「・・・・・・・・了解しました。ともかくも、第1特機は地上勤務への転属と言うことですね、・・・・・・・・・・・・・・・・・・それで、自分たちが地上で使うことになりそうなSAはなんですか?まさかコーリスじゃないですよね?それとも空軍のフィフィでも使えるんですか?」

 踏ん切りをつけたらしく、ミラーは気にしないでくれと伝えるように、パトリックスに明るく答えた。

「ああ。君達が使用することになりそうなのは、最新鋭機である「ガルゴ」とかいう重攻撃型SAだそうだ。かなりの高性能機らしい。ガーフィッシュよりも扱いやすいと思うぞ。」

「海戦以上に疲れる戦闘はありませんよ、艦長。特に潜水艦に乗っている間はね。潜水艦乗りって言うのはよっぽど図太い神経をしていらっしゃる。私はほとほと疲れましたよ。配属されてから4回は潜水艦の中で死ぬのかと思いましたからね。」 

「まぁ潜水艦乗りっていうのはそういうものだからな。・・・・・・・・副長、艦を深度30まで浮上させろ。」

「イエッサ。浮上用意!アップトリム15、深度30まで浮上せよ!」

 シュタインスが命令を伝え終わえた時、ソナーマンであるフィアット伍長が叫んだ。

「航空音を確認。当艦より方位1−4ー0、距離5700、IFF(味方識別信号)に反応なし!」

 和やかな雰囲気が漂っていた発令所全体に、瞬間的に緊張が走る。

「浮上中止!、現在深度を維持。機関微速前進。フィアット!機種を識別できんか?」

「該当機種は・・・・・・・・・・・・これはおそらく統合軍の輸送機と思われます。」

「輸送機?こんな海域に、こんな時期にか?・・・・・・・・・・こちらに向かっているのか?」

「いえ、未確認機の予想進路は当艦からはずれております。敵機がこちらに気付くことはないと思います」

「そうか・・・・・・・・よし、敵機をやり過ごす。全艦全クルーは部署についてそのまま待機。」

「了解。全艦物音をたてるな!いっさいの作業を中止せよ!」

 パールモアは深度200の海中で、息を殺して待つこととなった。相手はたかだか輸送機ではあるが、潜水艦というものは、敵に発見されることは極力避けるべきなのである。絶対に打ち落とせる確証のない敵機に対して攻撃を仕掛けて、失敗した場合の敵の増援による反撃を振り切ることが難しいからだ。

「ミラー少佐。整備が終わったところ悪いが、第1特機は戦闘準備をして待機していてくれ。」

「了解だ。ま、相手が輸送機なら出ることはないと思うがね。」

 そういって手を振りながら発令所をあとにするミラーは、入ってきたときのような表情は見せず、振り返ることなく出ていってしまった。

 その無言の背中を見て、パトリックスとシュタインスはいたたまれない気持ちになったが、軍人である以上、避けては通れないことだと、こちらこそ踏ん切るしかなかった。

「未確認機、当艦より離れていきます。電波にも以上はありません。おそらく、かわしたものだと思われます。」

「わかった、フィアットはそのまま警戒を。副長!キールへ向けての再発進の準備を。」

「了解・・・・・・機関微速前進!SA部隊発進中止。深度150。総員第2級戦闘配置へ。」

 いつものようにシュタインスが命令を復唱する。そう、彼等にとって空からの攻撃は常である。ない方が返って不安になることさえある。これが潜水艦乗りにとっての平常で、それ以外は平常ではない。

 海軍の乗組員が、陸(おか)に上がったときに物寂しさを覚えるというのは、それが平常自分がいることのない世界だからである。

 それほど、彼等にとってこの海は。この狭い空間は、特別なものなのである。

「艦長!ルアーブルから緊急入電!!暗号電文アルファ7!・・・・・・・救援要請です!!」

 一瞬の緊張からつかの間、今度は思いもかけないところからの救援要請である。

 発令所にいた全員が、一斉にパトリックスの方を見る。

「・・・・・・・・・転進しろ、方位0−5−0。目標ルアーブル基地沖400。第1戦闘速度!。SA隊発進準備、各艦、第一級戦闘配備!当艦はこれよりルアーブル基地救援に向かう。」

 パトリックスは端を発したように、力の入った声で命令を下した。

 発令所の全員が、その命令に満足そうな顔をして、各々の作業へと移っていった。

「・・・・・・・・・今日はまだ長いな。」

 パトリックスはそう感じざるえなかった。朝から大西洋で死闘を繰り広げ、帰りに母港が敵の包囲に合っている。彼にとって、一番長い日はまだ始まったばかりであった。

 

 

 統合軍第1特別攻撃部隊。タイラー小隊。

「なに?増援をよこすだと?」

 タイラーは山間に隠れて、休息をとっている自機の中で、僚機のデルタ3からの報告に驚いた。

「はい、一個歩兵大隊、四個SA中隊、三個戦車中隊、四個機械化歩兵中隊です。それと二個戦闘ヘリ部隊が増援・支援待機しています」

「いったいなんでまた?ルアーブルひとつにそんなに過大な戦力を投入する意味があるのか?」

「いえ、これはどうやらマーロン中佐の直々の司令のようでして、側面驚異の排除が、戦闘目的らしいです。」

 デルタ3からはタイラーの驚きをよそに、増援が来るという報告に安心感を抱いていた。

 タイラー達はルアーブルを強襲してから、その高性能な電子妨害システムと、機動力を生かした逃走により連邦軍の追撃から逃れ、今こうして山中で本隊と連絡を取り合っているところであった。

「・・・・・とりあえずだ、了解とだけ伝えろ。あとは暗号信号が届くまで周辺警戒だ。」

「了解です」

 タイラーは部下にそう命令して、自分は愛機の中で眠りにつこうとした。昨日の夜から寝ずにピレネーからルアーブルまで敵の目をかいくぐってきたのである。疲れと緊張はピークに達していた。

「デルタ3,あやしいものが接近してきたら、すぐにおこしてくれ。2時間で交代だ。頼んだ。」

「わかりました、中尉。」

 そういうと、デルタ3は自機の高性能レーダーをフルに生かせるべく、少し小高い山の方へ機体を走らせた。

・・・・・・・援軍来るのはもう少しかかるだろうな。その間休めるんだからもうけものか・・・・・・。

 そう思いながら、タイラーは眠りについた。

 しかし、決して深い眠りにつくことはない。いつでも即応できるように、浅い眠りで身体をいやす。前線暮らしの長い兵は、自然と眠る程度みたいなものが調整できる一種の特技を修得する。開戦から五ヶ月の間、タイラーが生き残れてきたのも、そんな特技を早々と身につけたからだったかもしれない。

「デルタ3よりオールデルタ。当空域に進入機あり、警戒せよ!」

 眠りについて五分としないうちに、デルタ3からの警告でタイラーをはじめデルタ小隊の面々はおこされた。

「早いな。やっこさん、相当あわてているようだな。・・・・・・・・デルタ3。詳細を報告せよ!」 

 タイラーはすぐさま指揮官として状況判断を正確にするために、敵の詳細な戦力を知ろうとした。

「敵の電磁妨害で確認は困難ですが、少なくとも4機の航空音を確認できます。」

「了解、敵はこっちへ?」

「はい、現在の予想進路からすると、我々の方向へ進んできます。その場合、我々が見つかる確立も生じます。」

「全機、偽装網とサーモプロテクト。敵機をやり過ごす。」

「了解。」

 一斉に通信機から部下達ぼ返事が返ってくる。タイラー隊は全員がベテラン揃いである、よほどのことがない限り、所在を知らない航空機に見つかるようなへまをすることはなかった。

 そうこうしているうちに、連邦軍の戦闘爆撃機の編隊はタイラー達の上を難なく通過していった。

「だいぶ敵も焦っているようだな。」

 タイラーはコクピットの中でつぶやいた

「そのようですね。我々の攻撃がきいたのでしょうか?」

 タイラーはひとりごとのつもりで言っていたのだが、部下からの返信で、急に我に返った。

「ああ、その、そ、そうだな。きいたようだ。」

 つっかえながら、照れ隠しのようにタイラーは答えた。

「隊長。本隊から通信。明朝0630時に攻撃を加えるそうです。我が隊は側面援護をせよとのこと。」

「わかった、・・・・・・・・いまから6時間後か。全機交代で休息をとれ。我が隊は0600時に目標に向けて再度行動を開始する。」

 そういうと、タイラーは再び眠りにつくことにした。

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