第5章ピレネー攻防戦。

ルアーブル基地南 

「全機用意は良いか?」

「デルタ2、OK」

「デルタ3、準備よし」

「デルタ4、OKです」

「よし、オールデルタ、クリア。これより作戦を開始する」

 そういうとタイラーは身を隠していた岩陰からSA専用105mm狙撃ライフルを構えて身を乗り出し、光学スコープの中に映し出されている建物に照準を合わせた。 ふと、タイラーはトリガーにかかる手の感触がいつもの何倍新鮮に感じられた。

 はっと我に返って、ぼやぼやしている場合ではないと思い直してタイラーは引き金を引いた。

 放たれた105mm砲弾は、建物に吸い込まれ、大爆発をおこした。劣化ウラン弾を改良した、高性能延焼弾である。その破壊力と、貫通力は、従来の徹甲弾を遙かにしのぐ。

 砲弾がたたき込まれた建物は、弾薬庫であった。

 燃え広がった炎は、あっという間に倉庫の中にあった弾薬類に引火し、次々と誘爆を繰り返す。

 連邦軍北フランスの要所。ルアーブル基地は、一瞬にして炎に包まれた。その炎はどんどんと基地の倉庫群に引火していく。

 そのなかで、時折、新たなる場所で建物が崩れていくことに、多くの連邦軍兵士達は気付くことができなかった。

「デルタ4からデルタ0へ、基地東のクレーン施設の破壊完了。」

「デルタ2からデルタ0へ、基地修理ドッグ破壊に成功。」

「デルタ3よりデルタ0へ、基地周辺に航空機及び近づく陸上移動物は見られません。」

 タイラー率いる特別攻撃隊は、基地を取り囲む形で、四つの地点に分散して攻撃を加えていた。

 ルアーブル基地は比較的開けた地形である。基地のレーダー範囲は、通常化なら70kmは軽い。防空レーダーに関して言えば、220kmをカバーするレーダーも装備していた。

 しかし、タイラーチームのデルタ3は電子妨害戦に特化した機体であり、その強力なジャミングシステムはこのルアーブル基地の全レーダーシステムをだましていた。

 加えてタイラー率いるデルタチームは、スナイパー部隊としての様々なカスタム化がほどこされたジック改を使用していた。SAの駆動音を隠すための消音機能の追加や、105mm狙撃ライフルのサイレンサー装備。電波吸収材仕様の特殊偽装ネット。10kmの索敵範囲を持つ高性能光学・暗視スコープ。などなど、ピレネー防衛軍の現状と、補給状態を考えると、これだけの装備をしているのは何とも贅沢なことであった。

「デルタ2よりデルタ3へ、敵湾岸施設にめぼしい標的を発見できるか?」

「こちらデルタ3、敵基地湾岸施設付近より多数のSA駆動音を確認、・・・・・・聞いたことのないタイプだ、おそらく新型と思われる、注意されたし。」

「こちらデルタ0、デルタ3、その未確認のSAをマークしろ。敵の新兵器かもしれん。各機、遠距離狙撃を一時中断。敵の出方を見る。」

「オールデルタ、了解」

 タイラーは自機を伏せたまま、スコープ望遠を最大にして敵の出方を探った。

 破壊され、炎上する敵基地の炎の向こうには、確かに見たことのないSAのシルエットが浮かび上がっていた。その形は、彼が知っている連邦軍の主力機、コーリスタイプではなかった。コーリスタイプよりも一回り大きく、重厚な感じが、シルエット越しにでも分かった。

「こちらデルタ0、敵の新型を確認した。デルタ1,2は西側の2機を。俺は東側の1機をやる。各機狙撃態勢に入れ。」

 いうがはやいか、タイラーは初弾目をライフルに装填し、一瞬でねらいを付けて発射した。スコープ内に浮かび上がるそのシルエット向けて、まっすぐ弾丸は発射されたが、目標に当たっても爆発することはなかった。

・・・・・・・・・・・不発か?

 タイラーはびくともしないシルエットの状況を見て、そう思ったが、あり得ないことだとも同時に思った。

 狙撃ライフルの弾は、他の一般火器とは違って、かなり精巧に作られる。しかもタイラー自身が選んだ状態のいい弾を使っているからである、不発なんてことは考えられなかった。

 ・・・・・・そうなると、あの新型、とんでもない装甲をしているな。

 瞬時に思考を切り換えたタイラーは、対峙している新型SAが、こちらの予想評価よりも遙かに高いことを考えた。

 7km以上の遠距離からの105mm狙撃砲の破壊力は、劣化ウラン弾を使用したとしてもちょっと装甲を強化したSAには通じなかった。

「全機、作戦を中断する。ポイント07まで後退せよ。敵の新型は現状装備でかなう相手ではない。ひくぞ!!」

 タイラーは一介の兵士としてよりも、指揮官である自分の立場を考え、撤退を決意した。初期の目標である基地の破壊は済んだのだ。作戦は成功といえる。ただ、兵士として、敵の新型を目前にしてひくのは何とも口惜しいことであった。

「デルタ3より全機へ、敵の新型が移動を開始!こちらへ向かっています!!」

「各機、いらない装備を爆破破棄して最大速度で現場を離脱しろ!いそげ!!!」

 タイラーには嫌な予感がしてきた。10km以上の距離から砲撃していたのに敵はまっすぐこちらに向かって来るというのだ。何か自分たちの性能を凌駕した力が敵にはあるとしか思えなかった。

「こちらデルタ2!!敵の速度が速すぎます!どんどんとこちらに近づいてきます!!逃げ切れません」

「馬鹿な!!時速70kmで走っているのだぞ!それを遙かに上回る速度を持つSAなど・・・・・・・・・」

 タイラーは耳を疑った。現在の歩行型SAの能力では、どうがんばっても70km以上の速度を出すことは難しかった。

 しかし、タイラー達が相手にしているのは、連邦軍の最新鋭SA、SA-09「ガルゴ」であった。

 SAの地上におけるその最大の弱点は、移動力の低さである。汎用性の高いSAでも、速度の勝る航空機やヘリかからの攻撃には、なかなか対処しずらく、移動中を狙われることがしばしばあった。

 これを改善するために生まれたのが、ガルゴに搭載されているローラーシステムである。足の裏に走行用の大型車輪をつけただけの話であるのだが、技術的な問題で今まで実用化されることはなかった。SAの自重やバランサーの調整、小型の動力、なによりも電力を使用して起動しているSAにとって、ローラーシステムは電力の大幅な消費になることは必至であったからだ。

 しかし、連邦軍技術陣はその問題を解決した。SA開発こそが大戦の命運を握っていた連邦軍は、統合軍の何倍もの技術的開発と推敲を重ねていた。

 技術陣は電力やその他の問題を、単純な機体の大型化と装甲材の変更によってクリアした。兵器として、大型化すると言うことは良いことではない。いい標的になるし、生産性やコストも高くなるからだ。

 事実、このガルゴは、コーリスタイプの二倍の生産費と、生産工程が必要とされた。しかし、資源的に統合軍より苦しい立場にある連邦軍は、ひとつひとつの兵器の質の向上により、戦局を打開するしかなかった。

「デルタ0!敵機を引き離せません!打って出ます!!」

 デルタ2からは悲鳴に近い通信が届く。

「くっ!デルタ1、デルタ3、各機散開してデルタ2を援護しろ!」

 良いながらも手持ちの火器を放つタイラーではあったが、ガルゴの重装甲を貫くほどの威力ではなかった。

「くそ!何で劣化ウラン弾がきかないんだ!」

「だめだ!はじかれる!!デルタ2かわせ!動き続けるんだ!!」

 半ばやけくそになりつつあるデルタ各機からの通信が入り乱れる。

「デルタ3より各機へ、こちらに急速接近する飛行物体多数確認。敵航空部隊と思われます!!」

 ここにきて敵の航空部隊の増援。まさに前門の虎、後門の狼である。

 状況は悪化の一途をたどっている。

「全機!!散開して後退しろ、味方のいる所までひくんだ!!」

 タイラーはこの状況で唯一とれそうな行動を指示するしかなかった。

「隊長!!デルタ2が・・・・・ヴァールゲンがやられました!!!」

 命令を伝えてから二秒もなく、デルタ2が撃破された。タイラーは怒りを抑えながら撤退をせざるえなかった。

 運がいいのか、連邦軍のSA部隊はそこで引き上げていった。航空戦力による誤爆を引き起こさないためなのだろうが、これがタイラー達の命を救うことになった。

「くそ、完全に俺達の負けだ。連邦にあれだけのSAがいるのでは・・・・・・・・・・・・デルタ3。本部に暗号電文を送れ。敵新型機出現とな」

 タイラーは後退するなか、この攻勢が失敗することを何となく予感するしかなかった。

前へ 次へ