第5章

ピレネー山脈より北へ18km。

「こちら第4小隊狙撃手キム・ユンファ。 アップルジャック、聞こえるか?」

「こちらアップルジャック。感度良好。報告せよ。」

「敵機甲部隊を発見。SA8、戦車10、軽戦闘車20、歩兵約120。現在ポイントS3にて待機中。」

「こちらアップルジャック、敵指揮官機らしきものは見えるか?」

「部隊中央部に通信機能強化型の装甲車を確認。・・・・・・・・・おそらくは目標と思われます。」

「了解、そちらの攻撃にあわせて、こちらより支援砲撃を開始する。敵指揮車を狙撃せよ。」

「こちらキム、了解した。・・・・・・・カウント合わせそちらでどうぞ。」

「了解、・・・・・・・・・・・カウント開始。10、9,8,・・・・・・・・・・・・・,3,2,1、Feuer!!!」

 かけ声と同時にキムは発砲した。その弾はねらいを定めていた装甲車を直撃し、一瞬にして鉄のかたまりへと変えた。

 連邦軍の兵士達は突然の狙撃にあわてたが、狙撃に対する防御をしようと移動を停止したところに、さらなる悪夢が襲ってきた。キムの狙撃から二秒としないうちに大量のロケット弾が降り注ぎ、連邦軍の部隊は火の海に包まれた。

 数百を越えるロケットと砲撃の弾幕の前に、戦車やSAは、次々に炎上・爆発していく。兵士達は逃げ回り、戦慄と恐怖の悲鳴を上げた。

 まさに地獄絵図であった。

 いたるところでSAや車両が炎上し、兵士の死体がそこらじゅうに横たわる。砲撃がやんで、無事に済んだ車両などに近寄りだした兵士達のよこで、輸送用トラックに積まれていた弾薬類に引火したらしく、二次爆発が砲撃によって混乱した兵士達の精神を追い打ちをかける。

 キムは最初の狙撃により位置を知られないため、すぐさま違う位置に移動していたが、連邦軍はすでに狙撃兵のことなどかまっていられる状況ではなかった。動けるSAや戦車は、円周防御の姿勢をとりだしていたが、生身である兵士達は爆発した破片や、爆炎によって部隊は壊滅と言っていいほどの損害を被っていた。

「・・・・・・こちらキム。第一波攻撃の成功を認む。続いて本隊による作戦を開始せよ!」

 キムは目の前に広がる地獄を見ながら、震える声で報告をした。

 報告から十秒もしない内に何処に潜んでいたのか、味方のSA部隊が突撃を仕掛けて、連邦軍の敗残部隊をあっというまに殲滅してしまった。

 捕虜になった者や、降伏した連邦軍の中に、満足に動けるものは誰一人としていなかった。

 キムはその光景を見ながら、自分の行いが、ただの大量虐殺のように思えた。戦争という口実さえなければ、自分がしたことは、あまりにも一方的な攻撃だったからだ。キムの目の前で友人や母親の名を叫んで、死にゆく姿の兵士達の映像は、強烈な印象を与えた。

 キムは嗚咽(おえつ)を感じた。自分がいつ、ああなるかと思うと、ふるえが止まらなかった。

「こちらアップルジャック。ビックアイより入電、こちらに敵の増援部隊が接近中とのこと、急いで撤退する。最低限の医療品を捕虜に渡して、撤退しろ!ポイント180で合流する、以上だ!」

 本隊からの通信で我に返ったキムは、すぐさま愛機「ジック改タイプ4」を隠れていたところから山道へと移動させて、撤退に入った。

「キム。こちらタイラーだ。ご苦労だったな。こっちも仕事を終えた。敵の航空戦力が来る前にここを離脱するぞ。」

 愛機を走らせているキムのヘッドフォンに、直属の上官であるタイラーからの通信が入った。

 元々キムはタイラーの指揮していた第4狙撃小隊の隊員だったのだが、この広範囲な一斉攻撃作戦のために、タイラー自身が自分の部下達を各部隊に分けて配属させて、狙撃任務を確実に遂行できるようにしたのだった。

 そうでもしなければ所詮は混成部隊であるピレネー軍は、各部隊ごとに戦力の差が大きくなりすぎて、どこかの部隊が攻撃に失敗した場合、他の部隊が敵中に取り残される可能性があったからだ。

 ・・・・・・・・昨日、司令官であるマーロン中佐から正式に、ピレネー防衛軍全部隊に対して、全面攻勢に出ることが告げられた。

 多くの兵士達はこの作戦の裏にある本当の目的に気付いていた。・・・・・・・・・・・・・・・・自分たちは切り捨てられるであろう事を。

 統合軍ができて数十年。巨大化した軍部を押さえるために、シビリアンコントロールをしいていた統合軍上層部は、部隊の配置換えや、新部隊の創設には、必ず政治家達による民主的な決議による決定方式がとられていた。多くの優秀な軍人達は、その優秀な軍人性ゆえに、政治家達に嫌われて中央からはずされ、辺境の司令部勤務が多かった。

 そういう人たちほど、現場の兵士達の気持ちというものを理解できるものなのだが、残念ながら正規の軍人として軍中奥部にいるのは政治家のご機嫌取りが上手な烏合の衆ばかりであったので、実質、軍部は政治家達の言いなりであった。

 そして、最も不幸なのが、多くの権力を持つ政治家達は、前線の兵士など換え可能な道具ぐらいにしか思っていないので、一度敗れ去った部隊の兵士など信用せず、自分たちの目の見える範囲内で育てたエリート兵士達の方を信用したことであった。

 そんなことが開戦から世界中の戦線で見られたため、統合軍の各戦線では貴重な実戦経験者が次々と失われていった。そして後方にいた戦闘を知らないエリート兵士達で構成される多くの部隊は、前線に投入されてもたいした戦力とはならなかった。

 そもそも地球上から「国家」という概念が消えて百数十年。地域的な紛争こそあったが、それは主に対ゲリラ戦がおもであり、正規軍同士の近代的な戦闘などはすでに忘却の彼方であった。エリート兵士達と入っても、バーチャル訓練を受けた兵士だけということで、本物の戦闘など経験したことはない。それでも政治家達は自分の育て上げてきた部隊こそが最強と信じて、古参兵達よりも、エリート意識のある部隊を前線に投入して、自分の軍上層部・政治会での株を上げたがったのだ。

 当然の事ながら、各地で敗退してここまで命かながら逃げ延びてきたピレネーの兵士達も、その政治家達のいやしい行為が及んでいた。

 エリートではないにしろ、もともと精強で知られた欧州方面軍は、開戦から5ヶ月に及ぶ戦いで、かつての正規部隊の約6割を損失しており、その機能性を疑問視する声は、軍上層部で多かったのも確かである。

 それでもわずかな兵力で、5ヶ月間に渡って連邦軍の攻撃を防いできたことは、彼等に自信と実戦経験を学ばせるのに大いに役だった。タイラーなどの英雄的存在は、敗退を続ける部隊にとって、希望の存在となった。

 マーロンや、英雄タイラー、そして、その他多くの部隊指揮官達は生き残るために、この作戦に死力を尽くしていた。

「こちらアップルジャック、敵航空部隊が接近している。全部隊対空戦闘用意。敵編隊は13時の方向から飛来。弾幕をはれ!」

 疾走するキムのSAの通信機に、本隊の通信が流れ込んでくる。どうやらかなり事態が切迫しているように思われた。

 キムの後ろには先ほどの連邦軍部隊に突撃をした味方のSA部隊8機がついてきていた。バックモニターでその機影を確認しながらも、2機の損失を出したことにキムはいらだちを覚えた。

「もっと性能のいいSAがあれば、みすみす死なないで済むものを・・・・・・・・・・・。」 

 統合軍のSA部隊装備率と性能は、連邦軍のそれに比べて格段に下回っている。配備されている機体も、連邦軍の最新鋭機にくればれれば、2つくらいの格下の機体といえた。

 統合軍は先ほど説明したように、政治家が軍の実権を握っている。それゆえに、兵器として登場してまだ日の浅いSAは、その評価を受けられずに、配備が停滞していた。SA部隊を一個創設するよりも、戦車やヘリ部隊を配備した方がコスト的にも、また編成的にも楽であったし、兵器としての信用も高かったからだ。

 中には確かにSAの能力の高さを評価し、実戦配備を進める部隊もいたが、そういう部隊はごく少数であり、とても統合軍全軍にその評価が浸透することはなかった。

 キムの駆る「ジック改」は統合軍が初期のSA部隊装備の時に開発された「ジック」の後継機で、性能的には改修の成功もあり、戦い方次第では、なんとか連邦軍のSAとわたりあえるほどのものであったが、それでも一対一での格闘戦能力やその他の諸能力においては、連邦軍が上回っていた。

 改修機でさえそのような状況であるのだから、一般にまだ使われているジックでは、事実上、奇襲以外の攻撃はできなかった。それでも今回のような、完全な奇襲が成功したとしても、2機の損失機を出す始末である。

 キムが率いるSA部隊は、先ほど連邦軍の部隊を襲撃したところからだいぶ離れたところで、物陰に隠れて本隊との連絡を待った。通信機からは依然として本隊が敵の航空部隊と激しく交戦している様子が伝わってきた。

「キム隊長、どうやら本隊はかなりてこずっているようですし・・・・・・我々も前進して、独自の行動をとった方がいいのでは?」

 周囲を警戒していたSAの一機が、通信を通してそういってきた。キム自身も本隊を当てにせず、独自の判断で行動した方が生還できるような気がしてきていたところであった。

「・・・・・・ああ、そうだな。・・・・・・そうするか。よし!全機、これより本隊との合流を断念し、当初の撤退ポイントまで後退する。敵の航空兵力に注意せよ!」

 そういって全機が再び物陰から路上に出ようとしたところで、突然、岩が吹き飛んで、そこに隠れていたSAが爆発した。

 キムも含め、全員が一瞬何が起こったかわからなかったが、キムだけは行動をおこすのが早かった。自分の機体をとっさに地面に伏せさせると、さっきまでキムの機が立っていたところをかすめるものがあった。それはキムの後ろに立っていたSAに当たると、一撃でSAを粉々に四散させた。

「全員伏せろ!狙われているぞ!姿勢を低くして物陰に隠れるんだ!」

 キムが叫んでいる間にも、さらに1機の仲間が吹き飛ばされ、その場に倒れた。パイロットが倒れた機体から逃げ出さないところを見ると、どうやら即死だったらしい。

「全機、その場を動くな。敵のスナイパーだ。・・・・・・・・・・・・・・相手は腕がいいぞ。」

 キムは素直に敵のスナイパーとしての力量を認めた。こちらの索敵範囲外から、まったく気配を見せずに初段を命中させ、あっという間に3機のSAを破壊したのだ。同じスナイパーとして、かなりの力量を持っていることを肌で感じとった。

 キムたちは、一瞬にして一歩も動けない状況に陥ってしまった。

「・・・・・くそ!うかつだった・・・・・・・・・・・・・なんとかせねば。・・・・・・・・敵の航空機が来たらいっかんの終わりだ」

 キムは焦りが自分の心を切迫しているのを感じた。敵部隊を殲滅したことが自分のスナイパーとしての心に隙を与えたのだ。平生の自分ならこんな事はなかっただろうと後悔した。

 焦るキムの機体の横を、冷酷なるスナイパーの砲弾が通過し、後ろにいたSAの右腕を消し飛ばした。恐ろしいほど正確な射撃である。

「この正確さ・・・・・・・・・タイラー隊長級だな。なんとかせんと、なんとか・・・・・・・・・・・・・・」

 焦りだけが頭の中を奔走し、肝心の打開策が出てこない。・・・・・・・・キムは自分の能力のなさを呪った。

「隊長」

 焦り続けるキムの横で、先ほど右腕を吹き飛ばされたSAが通信を開いてキムに問いかけた。

「隊長、自分がおとりになります。その間に射撃ポイントについてください。この攻撃は長くて4km以内からの攻撃です。キム隊長なら自分がおとりになっている間に狙撃仕返せるはずです。」

 キムはうんともうんともすんとも言わずにその通信を聞いていた。彼とて隊を預かる身である。一人を犠牲にして他のみんなを助ける。そんな簡単な計算ができないわけではない。しかし、それが本当に正しい判断なのかは、指揮官として常にまとわりつく悩みともいえた。

「しかし。その機体では10秒と持たないぞ?それに君は・・・・・・・」

「隊長、どちらにしろこのままでは全滅です。それに・・・・・・・・・・自分はこれ以上持ちません・・・・・・・・さっきの損傷で・・・・・腹に破片がささっちまいましたから・・・・・・・・・」

 そのときになって初めて、キムは通信機の向こうからかすかに聞こえてくる、彼の苦しむ息づかいに気付いた。

「どこをやられた?傷の程度は?」

「肝臓あたりです。でかでかと刺さってますよ。・・・・・・・・・・はぁはぁ・・・・・・・・時間がありません。・・・・・・・・・・・カウント5で出ます!」

「・・・・・・・・・了解した。」

 言うが早いか、キムは自機の索敵モードを最大限に使って、今までの弾道計測と合わせて敵機の位置を予想した。そしてきっかり5秒後。キムの後ろのSAが一気に道の中へ最大速度で突き進んだ。

 その機体に向けて容赦なく弾丸が撃ち込まれる。パイロットはベテランらしい機体操作で右へ左へと上手にずらして的を絞らせない。一発目は足下に着弾し、二発目は左肩をかすめた。

「・・・・・・・神よ」

 キムは祈りながら岩陰からライフルを予想される敵機の方向へと向けた。

 スコープの十字線の中に、迷彩塗装された敵機の姿が入ってきた。

 呼吸がいつも以上に荒く、心臓の鼓動が早く感じた。指に全神経が集中し、十字線とロック音を知らせるトーン音がなるまでのわずかな時間が、永遠の時間のように感じられた。

 その間にも仲間のSAは攻撃をかわすために、機体限界を超えた運動を繰り返している。

(まだか・・・・・・・・まだか・・・・・・)

 スコープをのぞく眼に、神経がとぎすまされ、トリガーにかかっている指は、今や遅しかと脳からの司令を待っていた。

 そのよこでついにSAが足を射抜かれ、もんどりうった。

 他の仲間の隊員から悪態と、悲鳴、そして祈りの声が無線機を通して聞こえた瞬間。ロックオンの電子音が鳴り、キムはトリガーを引いた。

ライフルから発射された155mm砲弾は、一寸の狂いもなく、スコープ内にとらえていた敵機のど真ん中を貫いた。 

 ほとんど同時に、おとり役だったSAが頭部を吹き飛ばされた。

 一瞬、ほんの一瞬。その場の空気やなにもかもがとまったような静寂さが訪れた。

 キムは残敵の姿がないことを確認すると、一目散にその機体へと駆け寄った。

「・・・・・おいしっかりしろ!!成功だぞ!!よくやってくれた」

 キムは心の底から喜びの言葉をかけたが、通信機の向こうから応答はない。キムの表情は喜びから不安へと変わっていった。

 おそるおそる機体からおり、倒れているSAのコクピットハッチを開けると、

 そこには、満足しきった表情で息絶えている部下の姿があったのだった。

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