第五章・反抗

10月16日   欧州・ピレネー山脈、統合軍大陸残存軍 第1124防衛狙撃中隊

「・・・・・・・ひまだ・・・・・・・・・・」

 そう真っ青な空に向かって、ユースケ・タイラー少尉はつぶやいた。

「・・・どうかしたんですか少尉?敵の攻撃があるよりは、よっぽど良いと思いますけど?」

 横で無線機を相手に、にらめっこをしていた伍長が言葉を返した。

「いや・・・・・・・・・戦争中なんだよな?俺達は?・・・・・・・・・・・・なんで一週間近くも敵の砲声すら聞いてないんだ?最前線なのに・・・」

 言葉を続けるタイラーは、どこか物足りなさそうな空気が周りに満ちていた。口にくわえたタバコにはすでに火がともっていなく、シケモクとなっていた。

「・・・・・・・・・・・自分は好きですけど?何にもないことに越したことはないじゃないですか。」

 伍長は無線機をいじりながらタイラーのぼやきの相手をした。その返答の仕方は、あまりタイラーのことを士官として認識していないように思えた。

 ・・・・・・・・・・おそらく戦時徴兵でかり出された男なのだろう・・・・・・・・・・

 タイラーは目線をずらして伍長の方を見た。タイラーの相手をしながらも、伍長の手は忙しく無線機の周波数をチェックしていた。その手つきは、若いが腕のいい事をしめしていた。

「・・・・・・伍長・・・・・・名前は?」

 タイラーはふと、この伍長に興味を抱いた。

「はっ?自分の名前でありますか?・・・・・・・・・・・クルツといいます。ヨハン・クルツ伍長です。戦時徴兵で、マドリードのラジオ局からかり出されました。」

「ほう、マドリードか。・・・・・・・いいところかい?」

「ええ、こんな時勢でなければ、いいところですよ。戦争が終わったら少尉殿を招待しましょうか?」

「それは光栄だ。是非その時はお願いしよう」

 タイラーとクルツは談笑をかわしあった。しばらくそれぞれの故郷自慢をしたところで、クルツが突然言った。

「・・・・自分、少尉殿のことを知っています。ジャッジメント・タイラーといえば、いまや統合軍で知らない兵士はいないでしょうからね。」

 そういわれたタイラーは、内心かなり驚いた。自分の異名については、部下から聞いていたが、まさかこんな末端の兵士にまで自分の名が知れ渡っているとは思っていなかったからだ。

「ほほう・・・・・・有名かい?俺は?」

 タイラーは少しいい気分になって、自慢げな声色で伍長に聞いた。

「そりゃあ、もちろんですよ。ベルリン防衛線、ユーゴ市街戦、ピレネー撤退戦・・・・・・第一機甲師団が壊滅したあとも、少尉殿の部隊は戦い続けて、多くの友軍を救った、と軍報に書かれていましたから。」

 クルツはまるで自分のことのように、目を輝かせてしゃべった。

「ふふん、まあな。お偉いさん方がもう少しまともな戦略展開をしてくれていたら、君のような一般人までかり出さずにすんだのだがな。まぁ過去を思いやってみても仕方のないことだけどな。」

「いいえ、そんなことは。それに自分はそのおかげで、こうして英雄殿としゃべることができているのですから、よかれ、わるかれですよ。」

 そういったクルツの言葉は本心からであると、タイラーは目を見て悟った。そして心から洗われたような感覚と、少しの悲しさを感じた。

「・・・・・・・・ま、お互い死なないようにがんばろうや。クルツ伍長。死んだらつまらんからな。」

「はい!少尉殿もお元気で。・・・・・・・・・・・・・・・・・ん!?あっ!!ちょっと待ってください少尉!」

 別れの挨拶を言ってタイラーが立ち去ろうとしたとき、クルツ伍長は耳に当てていたヘッドフォンを押さえて、受信したらしい内容をメモしていく。そして、そのメモをタイラーへと渡した。

「司令部より連絡です。タイラー少尉へ直接の指示のようです。」

 タイラーは渡されたメモを一通り読むと、肩をすくめてクルツに向かって言った。

「・・・・・・どうやら平和なのも今日までのようだな。出撃要請だとさ。」

 そういって、タイラーはメモをズボンのポケットに丸め込んで、駆け足で司令部へと向かった。

 

 

統合軍・ピレネー防衛軍仮司令部

  

 ここ、統合軍ピレネー山脈防衛司令部には、多くの対空火器をはじめ、山脈を越えて侵攻してくる連邦軍を迎撃するための兵器が充実していた。しかし、防衛部隊司令部と入っても、もともとあった山小屋に通信機器など、司令部用の機材を搬入しただけの、簡素なものである。そこらへんはどうしても不十分ならざるをえなかった。

 ここに存在する多くの部隊は、元々は欧州各地に点在していた統合軍なのだが、連邦軍の地球侵攻作戦により、各地で敗退して壊滅したり、本隊とはぐれたりした部隊が寄せ集まってできた混成部隊であった。

 規模的には正規の師団規模にまで膨れ上がっているが、なにぶん、歩兵隊から通信隊、戦車隊やら防空隊など、兵種が様々すぎて、指揮系統の統一が難しいため、大隊規模で防衛ラインを区切って現場の指揮を執っていた。もっとも、最終的な指揮をするのは後方・マドリードにある軍団司令部であるが。

 タイラーはここの防衛隊の中でも、一番最前線に位置する部隊の遊撃SA部隊指揮官であった。遊撃SA部隊というのは、固定の持ち場を持たず、敵の侵攻があれば、何処にでも対応できる、いわば持ち駒的な存在であった。

 タイラー隊の主な任務は長距離からの敵部隊の狙撃。つまり、スナイパー部隊としての仕事である。専用にカスタマイズされたジック改と、155mm狙撃ライフルを使っての半径10km圏内の敵を狙撃する任務。それが彼等の仕事である。最大射程は10kmではあるが、よほどのことがない限り、きっちり5kmいないまで敵を引き寄せてから、迎撃するのが常であった。

 タイラーの階級は少尉。それでもここの部隊の中では司令官に三番目に高い将校であった。

 統合軍は開戦初期において多くの高級将校を失うこととなった。これは有能・勇敢な将校は戦死し、無能・臆病な高級将校は後方で逃げる途中に捕虜となることが多発したためであった。

 統合軍上層部の誰もが予想していなかったのだ、SA部隊を主力として使っての機動進撃と、空挺降下など。そのおかげで、実戦部隊の優秀な兵士達は無理な死守命令や増援すらもらうことなく、為す術もなく死んでいった。

 タイラーは開戦時は軍曹であったが、部隊が転戦していくにつれて、戦果を挙げ、戦場任官で少尉となった。その過程で彼は、敵味方から「ジャッジメント・タイラー」という異名で呼ばれるようになった。その名の由来は、彼が生き残った部下達と共にポーランド戦線からバルカン半島へと駆け抜ける間、三個の機甲大隊を手玉にとって、逃げおおせたのだ。しかもその間に単独行動による狙撃によって、SA18機、戦闘車両40両以上を撃破したのだ。神出鬼没なこのタイラー機の動きに、連邦軍は慎重にならざるをえず、結果、多くの統合軍部隊はこのスペインへと逃げることができた。それがこの名のつけられた由来である。

 タイラーは薄汚れた野戦服をそれなりにきっちりと着こなし、仮司令部へと入った。

「ユースケ・タイラー陸軍少尉、出頭しました。」

 きれいな敬礼と共に、正面の机に座る女性士官にタイラーは大声で怒鳴った。

「・・・・・そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ。・・・・・・・狭い部屋なんだから」

 そういったのは、アンネ・アーカネイア・マーロン中佐。統合軍実戦部隊きっての女性作戦参謀である。士官学校首席卒、シュミレーション戦術において無敗を誇る天才であったが、女と言うこともあり、将軍にはなれずにいた悲劇の天才であった。

「まったく、総司令部の奴ら、なにが『戦力を回せ!こちらが優先だ』だよ!こっちは少ない戦力できりきりまいなのにさ!」

 そういって彼女は手元にあった報告書をぐしゃぐしゃにして捨ててしまい、近くにあったボードをタイラーに向けて投げつけた。

 タイラーは彼女とは比較的長い仲であった。天才肌に見えるときもあるのだが、時々こうやって暴走して、うっぷんを晴らしている癖も知っている。タイラーは渋々と飛んできたボードを拾って、彼女の机において言った。

「まーた司令部と喧嘩ですか?いいかげん勘弁してくださいよ。・・・・・・・・・・・このごろ送られてくる補給物資、特に食糧。・・・・・・・・・期限切れ寸前が多いって補給班が嘆いていましたよ。・・・・・・もっと上の人がうまくやってもらわないと、下の者が泣きますよ?」

 タイラーは心底ため息が出るような口調で、マーロン中佐に不平を言った。

 少尉と中佐ではずいぶんと会話に規律がないように思われるが、ついこの間までマーロンも大尉であったのだ。佐官クラスの人材不足のために、超法規的に中佐になったにすぎない。いっかいの部隊司令官が大尉では、指揮系統の成立上、まずかったためである。

 そんな彼女とタイラーは、同郷の出身であり、そして同じ部隊の数少ない生き残り同士と言うこともあり、上官と部下という枠を越えたつき合いをしてきた。彼女と彼は少なくとも今までの戦いの中で、互いに助け合って生き延びてきたのだ。

 ただ、タイラーにとってこの秀才の唯一の欠点は、妙なところで短気なところだと思っていた。作戦中は信じられないほどの忍耐力を持つのに、いざ補給やその他の雑務になると、同じ人物かと疑うほど、豹変するのだ。

「・・・・・・・うっさいわね!こっちはやりたくもない補給やら、雑務でいろいろとストレスがたまってんのよ!あなたぐらいに当たらないで、誰に当たるというのよ!?」

「・・・・むちゃくちゃ言ってるな、頼むから誰にも当たらずに、穏やかに生きてくれんか?そうそう怒られていては、おれもつらいんだが?」

「あんたはいいのよ、タフだから。私の小言に耐えられる人がこの部隊にいるのかしら?・・・・ね、タイラー中尉?」

「・・・・・・・・・・・・はっ?」

「うふふふふふ・・・・・・・今日からあなたは中尉よ。さっき師団本部から辞令が来たわ。・・・・・・・・・・大戦の英雄が少尉では、かっこがつかないからね。せめて中尉にでもして、兵士の士気を高めようって言う魂胆でしょ。・・・・・・・・・・君も大変ねぇ・・・・・・実力以上の評価をされて」

 さっきまでとはうってかわって、上機嫌な顔つきで戸惑うタイラーにしゃべりかける。タイラーが間の抜けた顔をしている間に言いたいことを言いまくるマーロンであったが、タイラーの方は昇進の話が唐突すぎて、混乱しているらしかった。

「・・・・・・・ちょっと?タイラー君?大丈夫??・・・・・・そんなに驚くようなことだったかしら?」

「・・・・・いや・・・・・・・その・・・・・・・・・俺が中尉ねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、部隊はどうなるんだ?」

「ああ、そのこともついでに連絡があってね、今君が率いている第4小隊の他に、もう2小隊、第1と第3小隊を君の指揮下におくわ。先日の戦いで、両小隊共に損失機が出たから、いっそのこと統合して、再編するようなの。・・・・・・・・おねがいね。」

 マーロンはかわいらしくウインクをして見せた。

 一方のタイラーは頭をかきながら辞令書に目を落としていた。そしてその辞令書の二枚目をめくった瞬間、タイラーの目は変わった。

「・・・・・・・・中佐。この作戦は・・・・・・・・・・・・いったい?」

 タイラーはそれが辞令書ではなく、指令書であることに気付き、視線をマーロンへとおくった。マーロンはすでに自分のデスクについて、いつの間にか手には紅茶が入ったカップがあった。

「・・・・・・・・・・・・ええ。それが私が怒った最大の理由よ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・明日より、我々は敵の前線に対して、大攻勢をかけることになったわ。・・・・・・・この作戦にはピレネー防衛軍の実に8割の戦力が投入される、そして敵の北部方面軍を引きつけるのが任務よ」

「・・・・・・・しかし・・・・・・・・この戦力の乏しいときになぜ??」

「・・・・・・・私の私的な情報筋によると、ようやく北米大陸のお偉いさんがたが動いたらしいわ。近日中に大輸送船団がこの大陸とイギリスに到着する。・・・・・・そしてその戦力を使って、我が軍は反攻作戦を開始するらしいわ・・・・・・・・」

 マーロンはゆっくりと紅茶を口に注ぐ。その前でタイラーはまだ腑に落ちない表情をしていた・・・・・・いや、腑に落ちないと言うよりは、怒りをあらわにしていた。

「だったらなぜ!!?陽動にしても、あまりにも規模が大きすぎるぞ!!?これではわざわざ実戦豊富な戦力を、死地へ向かわせるようなものだ!!!!」

 タイラーは張り裂けんばかりの大声で、マーロンに向けて返答を求めた。しかし、マーロンの表情は変わらない。 

「・・・・・・・・・・・・こんなことをいうのはなんだけど・・・・・・・・・・・・・・おそらく司令部にとって、我々のような混成部隊は・・・・・・・・・・・・邪魔なのよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっかい払いね・・・・・・・・・・・・」

 マーロンはうつむいて、紅茶に移った自分の顔を見る。その顔には悲壮感が漂っていた。

「くっ・・・・・・おのれ総司令部め・・・・・・・・・・・・・・・それで、この作戦目標である『ルアーブル海軍基地』ってのは?詳細はないんですか?」

 タイラーは振り切った表情で、うつむいたままのマーロンに問う。マーロンはうつむいたまま、机の上にあったもう一つのボードを差し出す。

「・・・・・・・・・・・なるほど、敵の機甲・機甲戦力が集結中・・・・・・・・・・・ここを叩けば確かに敵の戦線に打撃を与えることになりますね。それにしても・・・・・・・・・・戦力比は10:6と言ったところですか。無理にはかわりありませんね」

 タイラーは自嘲気味な表情を浮かべる。その顔には、悲壮というよりも、戦いに対する飢えが見られた。

「10:5といったところかしらね。タイラー君・・・・・・・・・・・この作戦は確かに捨てゴマ作戦よ。・・・・・・・・でもこれで生きて帰れば、上層部の奴らの鼻をあかせるわ。・・・・・・・頑張ってとはいえないけど、せめて・・・・・・・・・・・生きて帰ってきなさい」

 マーロンはうつむいたまま、振り絞った声で、そういった。

 タイラーはそのいつもとは違う態度を見せているマーロンに対して、ただ黙って、敬礼を送るしかなかった。

 

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