ユリシーズ攻撃隊、マスード隊。

 

「各機、輸送艦の下へ回り込め!駆逐艦からの砲撃と、対潜ヘリに注意せよ!」

 マスード隊は見事にエルンスト艦隊に近づくことができた。

しかし、予想に反して敵の火力は強力だった。敵は護衛艦の対潜能力と対潜ヘリの連携によって、少ない兵力で鉄壁の防衛戦をしいていた。

 マスード隊3機は歴戦の戦士達であったが、その力を持ってしても、護衛艦隊の防衛網をくぐり抜けて輸送艦に接近することはままならないほど、エルンスト艦隊の最後の抵抗は厚かった。

「曹長!六時方向から敵機だ!振り切れ!!」

 マスードは目標へと接近できない中、自分たちがどんどんと敵の包囲網の中に陥っていくのにいらだちを覚えた。

「クロスフォード!なんとかして曹長の援護にまわれんのか?」

「無理です、こっちも二機を相手にしているんですよ!?・・・・・・・・くっ!・・・・・・・このやろおおお!!!」

 クロスフォード中尉が必死で二機のシーザーから逃げ回る。統合軍は輸送艦に搭載していた稼働可能な全てのSA部隊を防御兵力として、12機のシーザーを展開させていた。

 上からは駆逐艦からの爆雷と追尾魚雷の嵐。そして水中からは12機の追っ手に追われる形である。どんなベテランのパイロットでも、この戦況はかなり苦しいものといえた。

「くそ、敵の戦力を見誤った・・・・・・・・・・・・全機!散開して敵の攻撃を分散させろ!」

 マスードは自分も三機のシーザーからの追撃をかわしながらも、部下達に命令を下していく。マスード機を追う三機のシーザーはそれぞれが連携しあって正確な射撃を加えてくる。マスードはその射線を左右に機体を振りながらかわし、時折反転しては攻撃を加えていた。

「・・・・・・・短期間の内によくぞここまで・・・・・・・・・・しかし!」

 そういって、照準ないにおさめたシーザーに向かってトリガーを引いた。放たれたサブロックミサイルは追っていた三機の内の最右翼にいた一機に直撃した。爆発した拍子に、その機体から数発の魚雷が暴発したようで、最も近くにいた機の右腕に直撃し、他に暴発した数本はマスード機の横を通り過ぎ、あさっての方向へと飛んでいった。あっという間に戦力が3分の1になってしまって、残された統合軍のパイロットは、一人ではどうにもできないと思ったのか、反転して逃げ出した。

 追っていた者をみすみす逃がすようなマスードではない、すぐさま最後の一機であったシーザーの後ろへとつき、ホーミング魚雷一発でしとめてしまった。

「中尉!曹長!無事か?」

「何とか無事です!」

「おうさ!」

 一息ついたところでマスードは部下達の身をあんじることができた。新米の創設部隊ならば常に部下達への配慮を怠るべきではなかったが、幸いにしてマスード隊にそのような腕の持ち主はいなかった。12機のシーザーを相手に、損傷らしい損傷も見せずに、マスード隊は圧勝した。が、しかし、一人頭4機のSAを相手にしたことで、マスード隊の武器残段数は限りなく0に近かった。

「隊長!手持ちの火器がもうありません。輸送船団は諦めるしか・・・・・・・・・・」

 マスードはクロスフォードからの通信に対して何もいえなかった。自分たちに与えられていた任務は輸送船団の壊滅であった、しかしその任務は結局の所失敗に終わった。戦術的には大勝利を納めたが、戦略的には敗北したことになるからである。

 しかし、一瞬のその思案が、マスードの命を奪う原因となった。

 先ほどの暴発した魚雷は、近くにいた輸送船のひとつに直撃していた。船は急速には沈まず、浅い仰角を保ったまま、沈没しはじめたので、雷撃されたところからずいぶんと流されたのであった。そして運が悪いことに、沈みゆく輸送船の高強度ワイヤー類がマスード機をからめ取ったのである。作戦の失敗の重大性を思っていた故に、その気配に気付くことのできなかったマスード機は、沈みゆく輸送船と共に深海へと引きずられていく。ある程度まで浸水した艦船は、その後さっきまでとはうってかわって、勢いよく沈み出す。

 クロスフォードやライラック曹長が必死に無線機に叫んでいるが、すべては無駄なことであった。

 すさまじい速さで沈みゆく輸送船は、あっというまに深度を下げていくので、ガーフィッシュの対水圧装甲強度は臨界に達し、圧壊した。

 ガーフィッシュの戦功限界深度は700mであったが、それは正確な潜行手段を用いた場合での性能であり、わずかな時間の間に百数十Mも深海に向けて進めば、当然装甲の強度は保たず、圧壊するのであった。

 戦場での一瞬の油断が、まさに生死を分けると言うのはこういうことなのであろう・・・・・。

 

10月17日  ベルファスト近海・統合軍輸送艦隊攻撃作戦において、第118潜水攻撃SA部隊・ユリシーズ隊隊長。

                                                            レイ・マスード中佐戦死

 

 

統合軍・エルンスト艦隊旗艦「ベローウッド」

 

「敵部隊後退、本艦隊周辺に敵影なし。」

 ソナー手が喜びを抑えきれない様子で、声を弾ませて報告した。

「うむ、各艦、被害状況を知らせてくれ。」

「輸送艦7隻沈没・15隻損傷。うち3隻はすでに搭載物を他の艦へ移動させています。また護衛艦4隻沈没・4隻大破です。SA部隊は未還機17です」

「痛い損害だな、・・・・・・・・・・・・・・とくにSA部隊はひどいものだ。」

「はっ、しかしその損害を上回る戦果を挙げることができるといえます。輸送船団の90%は確実にベルファストへの入港ができます。」

「うむ・・・・・・・・・・・全艦に連絡、第2種戦闘態勢に移行。対潜警戒を厳重に。艦隊半減休息」

 エルンストは横にいた参謀にそう命令を伝えると、深々とキャプテンシートに腰をうずめた。

 わずか数時間の間にいろいろなことがありすぎた。わずか兵力で護衛を任され、増援艦隊すら現れず、敵の奇襲にあった。彼の長い軍歴の中で、今までつちかったことを全て出し尽くしたようにすら覚えた。艦橋の天井を見つめながら、張りつめた緊張が徐々に解けていくのを感じられた。

「司令!前方より味方艦隊接近。ベルファスト基地所属の第104哨戒艦隊のようです」

 参謀が報告したときには、すでにエルンストは深い眠りについてた。

 

 

連邦軍攻撃型潜水艦「ユリシーズ」

 

 帰還したオグマ小隊は、被弾したオットー伍長の機体の損傷報告書と、戦闘報告書を書いているときにマスード戦死の訃報を聞いた。

 オグマは聞いたときはそれほど動揺を見せなかったが、しばらくして事態が現実のものだと認識できるようになり、何度も何度も拳を壁に打ち付けて、悪態をついていた。その何度も響き渡る拳の音を背景に、ガンルームにいた全員が口をつむったまま長い刻が過ぎていった。

マスードの軍人としての資質、人間としての魅力、なによりも隊の中でもっとも経験豊かな戦士の死は、衝撃が大きすぎた。

「こちら艦長のニコラスだ。本艦はこれより基地へと向かう、長い戦闘配置ごくろうであった。帰路の間も気の抜くことのないように頼む。」

 沈黙を破ったのはユリシーズの艦内放送であった。

「作戦は成功だったんでしょうか?」

 ガンルームの中で最初に口を開いたのは、クロスフォード中尉だった。 

「・・・・・・・・・・・・・・我々は敵の輸送船団を壊滅させることはできませんでした、しかも隊長を死なせてしまったんです。目の前で・・・・・自分の責任です・・・・・・・・・・・・・」

 クロスフォードはうつむき加減で、まるでいまにも消えそうな火のように言った。

「・・・・・・・中尉殿・・・・・・この作戦は連邦軍全体の失敗なのです、中尉の責任ではありませんよ。・・・・・・・・・・それに、マスード隊長だって中尉を責めるはずがありません。気を落とさないでください。」

 ベア軍曹は自責の念を深めていくクロスフォードに、自分の気持ちを振り絞って言葉をかけた。ベアにとってもマスードの戦死は応えていた。なぜなら、ベアは開戦からずっとマスードの部下として共に戦っていたからである。

「・・・・・・隊長はいい男でした、自分が今まで会ってきたどんな上官よりも、さっぱりとしていた人でした。・・・・・・・・・・・・・・こんな形で別れると思いませんでしたが、俺達は軍人です。これも運命と割り切るしかありません。」

 ベアは最後の方を、やや涙ぐんだ声で言った。

「・・・・・・・・・・・クロスフォード、こうなれば我々が生き残る以外、マスード隊長に報いることはできない。・・・・・・・・・・・俺は死なんぞ・・・・・・生きて生き抜いて、絶対に生き残ってやる。それが俺の隊長への敬意だ。」

 先ほどまで壁に向かって拳を打ち続けいたオグマが口を開いた。その声には怒りと、確かな意志の強さを感じさせるすごみが入っていた

「・・・・・・・オグマ・・・・・・・・・・・・・・わかっているよ・・・・・・・・・・・・・・そんなことは・・・・・・・・・・・」

 クロスフォードもオグマが言ったことが最善の選択のように思えた。それはガンルームにいる全員が思っていたことでもあったが。

「とりあえず、敵の戦力が回復することは間違いない。ひょっとかしたら元の陸上配置に戻されるかもしれん。そうなれば今までのように圧倒的な戦いはできなくなるだろうしな。・・・・・・・・全員死なないように気をつけていこうぜ」

 オグマは生き残った隊員全員に向かってそういった。

 それからずいぶんと立ち、ベア軍曹をはじめ下士官達はSAの修理や整備のために格納庫に向かった。ガンルームにはクロスフォードとオグマの二人だけが残された。二人は長い間一言もしゃべらずに見合った。それから、オグマがどこからか和紙を持ってきて言った。

「・・・・・・・士官学校を出るときにな、親友のマードックてやつに教えてもらったことがある、古来、日本とか言う国では誓いの印として、この紙に互いの血をつけるらしい。・・・・・・・・・・・こんなこと馬鹿なことと思うかもしれんが、付き合ってくれないか?」

 クロスフォードはオグマが神妙な顔をして真剣な目つきで言うので内心びっくりした。地球におりてからずっと同じ隊にいたが、こんな表情のオグマを見るのは初めてだったからだ。

 それからクロスフォードは和紙をじっと見つめ、うっすらと笑って、自分の指にカッターナイフで傷をつけて和紙に指を押し付けた。

 オグマはその様子を見てうれしいかったのか、すこし笑みを浮かべて、彼にならってオグマも自分の指を切り、そのとなりに指を押し付けた。そして自分の名前をその横に書き入れた。

「・・・・・・・・・・ありがとよ、これだけはけじめとしてやっておきたかったんだ。・・・・・・・・・・・・・・・救援に行かなかった俺の指揮官としてのミスもある。お前一人のせいじゃないことだけは覚えておけよ。」

 そういうとオグマはそのままガンルームを出ていってしまった。そこにはベア軍曹がドア際に突っ立っていたが、オグマは何も言わずに立ち去った。そしてクロスフォードも数分と立たない内に席を立って出ていった。一人ドア際に残されたベアは、肩でため息をついて和紙を見つめた。

 

 数分後、オグマがガンルームに戻ってくると、和紙にはオグマとクロスフォードの他に、全員の血判がつけられていた。

 オグマはそれを手にとって、腹から声を出して笑った。そして笑いながら涙をこぼしていた。

 

 

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