10月17日 ブリテン島ベルファスト軍港近海
北大西洋・連邦軍予備潜水艦隊旗艦「ユリシーズ」
「・・・・・・・中尉!・・・・・・・・・・中尉!!・・・・・・・・・・聞こえんのか!!!??オグマ中尉!!!!」
怒りをあらわにして、レイ・マスード中佐はちっとも耳を貸さない部下に向かって声を張り上げた。
ユリシーズのガンルームで雑誌を読みふけっていたオグマ・シーベルトは、ようやくその声に気付いたらしく雑誌から目をそらして上官の方を見た。
「まったく、いくら作戦行動に直接参加していないとはいえ、貴様・・・・・・・・・・・もう少しの緊張と・・・・・・・上官に敬意をはらわんか!!!?だいたい貴様は・・・・・・・」
肩を上下させるほどの怒号でマスード中佐はオグマに向かって叱りつけたが、そこで、マスードは自分の方を見ていながらも、オグマの目の焦点が合ってないことに気付いた。マスードは肩をふるわせながら、きょとんとしているオグマの側までくると、その耳に挟まっていた物を取り除いた。
それはよくある耳栓だった。
「・・・・・・・貴様というやつは・・・・・・・・・・・・・・そこまでして逆らいたいのか?・・・・・・・・・・・・・・・き・さ・ま・はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
肩を激しくふるわせながら、マスードの声は部屋に響きわたった。
さすがにその声にオグマは肩をすぼませて、耳を手でふさぎしかめっ面を表した。
「中佐殿。どうしたんです?・・・・・・・・あんまり怒りすぎると心身共によくありませんぜ。もっとこう冷静かつ穏やかに・・・・」
そこまで言ったオグマの頭を、マスードは思いっきりオグマが持っていた雑誌で叩いた。実に軽快な音が部屋に何回も響き渡る。
「はぁはぁはぁ・・・・・・・・・オグマ中尉!!いい加減にしたまえ!いいか?我々は作戦行動中なのだ!そんな気の抜けた状態でどうするんだ!!?あ?!!?」
叩かれた頭をさすりながらオグマは先ほどよりさらに肩で息を切らしているマスードを見上げた。
「・・・・・そうはいっても中佐。どうせこの艦の連中は我々の力なんか借りませんよ。さっきだって、我々が配置につく前に攻撃を始めちまうし、なんでした?確か敵さんの125部隊とかいいましたっけ?奴らが海戦型SAを持っていたら間違いなく沈んでいましたよ・・・。まったく、連中、俺達の存在価値なんて気にしてないんですよ。」
マスードを見ながら半分ふてくされた言い方でオグマは先ほどの戦闘の件を言い出した。
オグマたちが乗艦している攻撃型潜水艦「ユリシーズ」はベルファスト近海に展開しており、統合軍輸送船団に対して増援されるであろう統合軍艦艇を封じ込める任務に就いていた。任務に就いてからすぐに敵の港から数隻の艦船が出撃してきたので、ユリシーズは当初の作戦通り港を封鎖するために攻撃を開始した。しかし、何を考えたのか、ユリシーズの艦長はSA部隊の発進よりも先に魚雷による攻撃を開始したのだ。
運良く魚雷は先頭をいっていた重巡洋艦を大破させ、後続に続いていた駆逐艦数隻の足を止めることができ、順次撃沈することができたが、一歩間違えばユリシーズは為す術もなく、海の藻屑とかしていただろう。
これにはSA部隊の戦闘指揮官であるマスード中佐は艦長に対して抗議したが、艦長は作戦執行権を主張してマスードの意見を一蹴してしまった。腑に落ちない気持ちでガンルームに引き返してきたマスード中佐は、部下達の前では冷静を保っていたが、内心はひどくあれていた。オグマをはじめSA部隊要員達は出撃できずに鉄の棺桶の中に入ったまま死ぬのか、と思いつつマスードの抗議の結果を待っていたのだが、マスードのがっかりとした態度を見て事態を把握し、ほとんどやる気を失っていた。
「だいたい、なんで俺達だけがこんなへんぴなところに配備されなきゃならんのです?もっとこう、敵の主力艦隊とやり合えるような戦場がよかったですよ。」
オグマはふてくされついでに不満を漏らした。マスードはオグマの横に座って神妙な顔をしていた。
「・・・・・・・・・連邦だってバカではない。上層部だって何の意味もなく我々をこんな所に配置するとはおもえん。・・・・・・・まぁ保険なのだろう。」
「保険?何の保険だって言うんですか?敵の主力とやり合えば、間違いなくそこにいる輸送船団だって撃破できるでしょう?潜水艦隊が5個もで張ってるんですから。その囲いを抜けられて俺達が必要になるんだって言うなら、そりゃ、間抜けな話ですよ」
オグマは笑いながらマスードに言い返したが、マスードは依然として顔つきを変えない。オグマはマスードを見ながらまだ本調子の中佐に戻っていないことに気付いて、少し言葉を次ぐことをためらった。
「ま・・・・・・・・・・・次の機会があったら、えも言わさず出撃・・・」
そこまでオグマが言いかけたとき、艦内全体に響き渡る警告音が鳴り渡った。
「これは・・・・・・・」
オグマが言葉に出しかけて椅子から腰を浮かした横で、マスードがすっと立ち上がって、言った。
「・・・・・・・出撃の合図だ。」
それは敵接近を知らせる警戒警報であった。
統合軍輸送船団輸送艦隊旗艦・駆逐艦「ユキカゼ」
「味方の護衛艦隊はどこにいるんだいったい?」
艦橋で副官からの報告を受け取りながらエルンスト少将は悪態をついた。彼等は北米から護衛してきてもらった主力艦隊から離れてここまできたが、護衛を引き継ぐ手はずの第125海師の姿は何処にも見えない。輸送船ばかりが大小とはず約500隻。ここまで敵の潜水艦や航空機による攻撃を受けなかったのは濃霧と巧妙な作戦のおかげともいえるが、一刻も早く護衛の戦力をえたいのが、輸送艦隊をわずかな戦力で護衛している彼の心情であった。
彼が指揮する輸送艦隊は本隊の主戦力部隊とは行動を別にして、連邦軍の目をごまかすことには成功したが、作戦計画ではベルファスト近海で友軍の支援艦隊と合流するはずなのである。しかし、あらゆる交信手段を用いても支援艦隊をいまだに見つけだすことはできなかった。
彼等は知らない。彼等の求める支援艦隊がすでに海の底に沈んでいることを。
「ベルファストまであとわずか、これだけの輸送艦を無事に届けられればよし、だが・・・・・・・・・・これだけの戦力しかない今、敵の攻撃を受けたら・・・・・・・」
エルンストの不安は何処までも広がっていく、まるで今彼らがいる大海原のように。その先が見えないような気がしてならなかったからだ。
主力の護衛艦隊から離れて、わずかな高速駆逐艦数隻のみで護衛するという奇抜な作戦の上に成り立ったさらに奇抜な戦術は、ここまで功をそうしている。しかし戦場では一分後には現状が180度反転していることだって十分にあり得る。古来より補給部隊の壊滅と生還がもたらす軍事的結果は戦局を大きく左右する、エルンストはさっさと任務を終えて陸に上がりたかった。
「対潜哨戒と対空監視を怠るな!少しでも変な動きがあったらすぐに知らせろ、1番から12番までの対潜ミサイル、およびスタンダートミサイルはいつでも発射可能なように全艦に伝えろ!」
エルンストはいつまでも来ない支援を当てにするよりは、自ら道を切り開く方を選べる軍人であった。無能な指揮官ほど増援というものを当てにしすぎて破滅を招くものである、兵法の基本は現状の戦力で最も効果の大きい戦術運用法を実施することである。
そう言う意味ではエルンストは優秀な指揮官といえた。ただ、彼にとって不幸であったのは、手持ちの戦力があまりにも少なすぎたことであった、500隻の護衛対象に対してわずか駆逐艦10隻ではどんな希代の用兵家でも無傷で任務を遂行するのは無理というものである。
それでも彼はできうる限りの戦術を駆使しているのであった。
「駆逐艦スレッチャーより入電、我、敵影を確認。対潜攻撃を開始する。とのこと。全艦に第一種迎撃態勢発令します」
通信士がそう叫んだところで、エルンストは我に戻った。
「よし!艦隊、対潜防御態勢に移動!各輸送艦は互いに距離を保ち、混乱を招かないようにしろ!各SA小隊に出撃を急がせろ!」
「了解!」
エルンストの指示と間髪入れずに部下達は任務をこなしていく。
護衛艦隊は最初の縦陣体型から対潜攻撃を目的とした輪陣陣形へと徐々に形を変えていく、数隻の輸送船からは統合軍がようやく実戦に投入することができた海戦型SA「シーザー」が発進しつつあった。ある意味では、この海戦型SAを輸送しているところが、わずか駆逐艦10隻で護衛部隊を編成した理由でもあった。いざとなったらこのSA部隊をもって迎撃に出る!その計算をもってエルンスト艦隊は護衛任務についていたのだ。
艦隊は敵発見からわずか30秒ほどで完全な防御態勢に移行しており、改めて統合海軍の練度の高さをもの語っていた。
「敵潜水艦より多数の小型スクリュー音を確認。敵SAと思われます。」
「我が方のSA隊はどうなっているか?」
「現在出撃中です、第1,第2小隊はすでに展開を終了、コンバットモードに入っています。・・・・・・・・・・駆逐艦スレッチャーの対潜ソナーが敵をキャッチした模様」
「アスロックを順次発射。対潜ヘリの発進を急がせよ。ソナーブイおよび対潜・対空警戒を厳重にしろ!!」
エルンストは的確に指示を部下達に下していく。部下達もまたそれにすんぷの狂いなく従い、艦隊は鉄壁の防御陣形をひいていた。
機動兵器と艦隊による重火力制圧。理想的な戦術展開といえたが、エルンストをはじめ、艦隊幕僚のほとんどが数分後に悪夢にうなされることになるとは、彼等に知る由はなかった。
「来たぞ!各機、火器管制システム解除!アルファ小隊は敵輸送船団を、ベータ小隊は敵SA部隊を攻撃。ユリシーズからの援護射撃に巻き込まれるな!!」
マスード中佐は迫りつつある敵SA部隊を確認しながら部下達へ指示を下していく。
ユリシーズから発進したマスード隊6機は、3機2小隊に別れ、それぞれが攻撃目標に向かって攻撃を開始した。マスード隊:アルファが輸送船を攻撃し、オグマ隊:ベータが敵SA部隊の相手をする。オグマ中尉は士官学校出たての新米士官ではあったが、宇宙での戦いと、地上に降りてからの実戦経験の豊富さから、小隊指揮官に任命されているのである。マスード中佐は軍規には厳しい男ではあったが、力のある士官を小隊長に抜擢する寛容さもあった。それが、この例というえよう。
「こちらベータ1、敵SA部隊を確認、これより迎撃に入る。・・・・・・・ベータ2、ベータ3、落ち着いていこう、実戦経験はこちらの方が豊富だ。散開した敵を各個に撃破する。焦るなよ!」
オグマは若いが功を焦るような男ではなかった。それゆえに小隊長に任命されているのである。
「ほほう、中尉殿も言うものになったもんだ。地球におりてからずいぶんと経験を積んだような言い方ですな」
無線越しに部下のベア軍曹から返事が返ってくる。彼の小隊の中では最古参の兵士で、軍歴25年という筋金入りのたたき上げ軍人であった。
「軍曹、作戦中だぞ?・・・・・・・・・私語は慎んでもらいたい。」
オグマは自分より年上のベアに命令するのは気が引けたが、戦闘中におしゃべりをしていては、軍規に関わるというものである。
「はっ!!統合軍のへこたれどもの攻撃なんぞは、目をつむっていても回避できますよ!」
ベア軍曹も減らず口を間髪入れずに返してくる。
二人は無線越しに話ながらも、しっかりと攻撃態勢をとるために優位な位置へと移動していく。ベテランらしい、まったく無駄のない動きは、一種の芸術ともいえた。
対して統合軍の小隊はどこか、ちぐはぐした動きであった。この日のために猛特訓をつんできたのであろうが、所詮、実戦と訓練の差は埋めることはできないものがある。恐怖を克服し、冷静な判断力を維持できる者だけが、戦場では生き残れるのは、自然の摂理といえよう。
先頭をいっていたオグマ機が6連装アスロックガンを正確な射撃で分散していたシーザーのうち一機へ向かって撃つ、シーザーは一発目二発目をうまくかわすが、三発目は右腕に直撃し、四発目は胴体に直撃し、四散した。ベア軍曹と僚機のオットー伍長は二機がかりで他の一機へと襲いかかる。
数の優位を生かして方位殲滅する予定だったらしい統合軍SA部隊は、どうやらオグマに最初にやられたのが隊長機だったらしく、うまく連携がとれなくなり、次々に各個撃破されていく。
連邦軍の各SAも手持ちの火器をフルに活用して応戦してきたが、百戦錬磨のオグマ隊にとってはその攻撃はかわすのに造作もなかった。サブロックガンや魚雷攻撃をしてきても、神業的な回避行動とデコイの使用によってオグマ隊の面々はかわしてしまう、統合軍の新米パイロット達は教えられた戦法がまったく歯が立たないのに驚き、絶望し、なすすべがなかった。
ようやく統合軍が体勢を立て直して、初めの分散陣形から数機同士が固まりあい、連携して攻撃をしてきたが、12機いたシーザーはそのころには6機にまでになっていた。わずか4分ほどの戦いで、たった3機相手に、6機のSAが深海へと消えていったのだ。統合軍SA部隊にとっては悪夢以外のなにものでもなかった。
そしてオグマとベア軍曹が押し問答をさらに続けている間に、あっさりと残りの6機も撃破されてしまった。
「軍曹!いい加減にしてくれ!おれのどこをとったらひよっこというんだ?」
「はん!!自分から言わせてもらえば、中尉なんてまだまだけつに卵の殻がついているようなもんです。」
「しかし、現にこうして戦いには勝利したぞ?5機も撃破したんだぞ?」
「それはオットー伍長と自分の働きのおかげです、こんな戦闘で思い上がってもらっては困りますな。だいたい敵の兵士が弱すぎるのです、比べるまでもありませんな」
「・・・・・・・・・・・・・・君は俺になんか根に持つことがあるのかい?」
「もちろん!この間はポーカーで200も巻き上げられましたし、その前は整備の完了した自分の機体にペンキをぶちまけたし・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・ポーカーはお前が弱いのが悪いんだ。・・・・・ペンキは・・・・・・・・・・・事故なんだから仕方なかった。」
「ともかくも、中尉にはもっと腕を磨いてもらいたいものですな、そうでなければ自分とオットー伍長の心労がかさみますから」
「心に留めておくよ、ベア軍曹・・・・・・・・・・・・・・・ところで中佐は大丈夫かな?」
「中尉殿に心配されるようになるとは、マスード隊長もかわいそうに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・まだなにか言い足りないようだな??」
「いいえ、めっそうもない。事実を言ったまでです。」
「・・・・・・・・・・・・・オットー伍長、通信は?」
「・・・・・・・いいえ、特になにも。感度は良好なので通信障害ではないようです」
オグマはベア軍曹との言い合いから何とか逃れようと、話の矛先をオットー伍長へと向けた。このまま言いなっていてもオグマはベアには勝てないことが分かっていたからだ。中隊一の減らず口男「オウムのベア」と呼ばれる軍曹はそれほどに強かった。
一方でオットー伍長は無口であった。彼はベア軍曹と並んで隊内では軍歴が長い方である。ただ、前は通信部隊にいたらしく、目立って戦闘技術に秀でているわけでもなく、場数が豊富なパイロットと言うだけであって、おおよそセンスというレヴェルではオグマやベアに勝てるものはなかった。そして彼の乗っているガーフィッシュマーク9は、特別に通信機能が強化された機体であって、深度600でも交信が可能というものであった。
「オグマ隊長、どうします?中佐の隊を援護に向かいますか?」
オットーは素直に次の命令を聞いた。一方のオグマは現状の戦力を見て決めかねていた
「両機とも残弾は?」
「自分はサブロックガンが17発、ホーミング魚雷が2発、ただ敵との戦闘でジェット推進ユニットが損傷したらしく、動きがよくありません。」
「自分はまだまだ残弾はありますが・・・・・・・・・・大丈夫かオットー?・・・・・・・・・中尉殿、これではオットー伍長をつれていくのは無理です
し、一人で帰還させるもの危険です、ここはひくしかないんでは?」
オグマは迷った。SA以外の輸送艦や護衛の駆逐艦相手ならオットーの損傷は無視してもよい程度ではあったが、深海での戦闘は地上とはまったく違って、いつ予測不可能な事態が起きるか分からない、小さな損傷が致命ともなりかねない。そしてその時の生還率はきわめて低い。
それに護衛艦隊の方にも敵のSA部隊がいれば、間違いなくオットーはやられることだろう。
「ベア軍曹、オットー伍長と共に戦闘空域を脱出、俺が先導する、君はしっかりと伍長のサポートをしてくれ。全機、ユリシーズへと帰還する。」
オグマは結局、帰還の方を選んだ。このとき、彼は後に起こる事態のことを予想しようがなかった。