統合軍臨時欧州方面軍基地  ーロンドンー     10月17日

 

「連邦軍が動いている?」

執務室の豪勢な革張りの椅子に座っているランカスター中将は驚きの声を上げた。

「はい、情報部の情報によると北フランスのルアーブル基地周辺に敵の大規模な兵力が集結中との報告がありました。ドローン(無人偵察機)による情報も重ねて考慮いたしますと、我が軍の補給船団に対する、攻撃準備である可能性があります。」

副官の真田大佐は答えた。

 ここはイギリス本国の南、旧イギリス王国の首都「ロンドン」の統合軍欧州方面軍臨時司令部である。開戦初期、統合軍は破竹の勢いで侵攻してくる連邦軍に対して各地で敗退した。中でも欧州方面軍は連邦軍の主力部隊が降下したこともあり、各地での必死の抵抗もむなしく、当時、欧州方面軍司令部があったパリは占領されてしまった。ランカスターは元々北フランスにあった中規模程度の海軍基地司令であったのだが、本部であるパリが陥落するときに、脱出を図った上層部が敵に捕まり上層部が所滅するという事態がおこり、急遽彼が残存部隊を統率して撤退作戦を進めたのだ。総司令部を失った欧州各地の統合軍はピレネー山脈を越え、スペインに脱出するか、イギリスに脱出するかの二つに大きく別れた。

 第二次世界大戦において、フランスがドイツ軍によって陥落したとき、イギリス大陸派遣軍と残存フランス軍35万の兵力はナチス・ドイツの追撃を振り切りダンケルクからの撤退に成功した。そのおかげで貴重な人員と装備を失わずにすんだイギリス軍は、後の大反攻作戦において勝利することができたのである。 今次大戦においても、統合軍はダンケルクから12万の兵力と数個の機甲師団を脱出させることに成功した。

 正規軍12万という兵力は大きい。しかし、その大部分が歩兵と戦車隊であったことが、そののち統合軍を苦しめた。現在の戦闘において最大の戦力となるのはSAである。統合軍大陸軍は大して戦力と思っていなかったSAをなんと脱出に際して全て爆破処理してしまい、戦車を優先的に輸送船に積み込んだのである。

 全長10M近い人型兵器、戦車と同口径のライフルを振り回し、時速100km近い速度で戦場を蹂躙する戦場の鉄鋼の兵士は、すでにこの戦争において、なくてはならない存在となった。SAなしでの作戦など、もはや作戦とは呼べないのだ。前線で戦う兵士にとって場合によっては戦車一個中隊よりも、SA一小隊の方がよっぽど心強いこともある。熟練されたSA部隊は時としてわずかな戦力で最大の戦果を生み出す。地形に左右されないこの兵器の戦術的価値は、まさに戦場の花形であった。

 SAは現在空海陸どの軍でも使用されている。中でも連邦軍のそれは各地で信じられないような戦果を挙げている。SAの能力を過小評価していた統合軍上層部では、各軍用のSAの基本設計図は大戦前から存在していたが、空軍幕僚や海軍潜水艦隊の幕僚達は自分たちの存在価値を脅かすこの兵器の導入に対して首を縦に振らなかった。唯一導入を決めた陸軍でも、SAの存在は後方での物資の運搬、補給部隊及び後方部隊の支援・護衛が主たる任務であった。最前線で戦うのは機甲師団、花形は戦車であった。

 その差が歴然として現れたのが、大戦初期の各地での連邦軍によるSA部隊による機動襲撃であった。統合軍が最強と自負していた虎の子の戦車部隊はあっという間に殲滅され、連邦軍は破竹の勢いで戦線を突破していった。もちろんSAとはいえ戦車砲の直撃を受けたらおしまいでる、そういう事実があったために統合軍のSA配備は遅れたのである。ただ、統合軍の不運は自軍のSA「ZIC」を基本データにおいて戦術を理解しようとしたためであった、ZICは元々作業用のSA(当時はまだSAという呼称はなく、人型作業用重機「HS」とよんでいた)を改造しただけであったため、ひどくの性能が悪く、移動速度も劣悪だった。そのため戦車の前では大した威力がないと判断にした統合陸軍上層部はSAを軽視したのである。しかし、連邦軍はSAの弱点ともいえる機動力の弱さを完全な形で克服し、戦場へと投入した。統合軍のSAに比べて実質4倍以上の速度で機動した連邦軍のSAは,戦車砲を巧みによけ統合軍戦車隊を圧倒したのだった。

 ともかくも、そうした軍事的苦境故に、統合軍欧州方面軍は分裂してしまった。大陸残存軍にしろイギリス駐留軍にしろ、補給を北米からの輸送船に頼っている以上、海路の死守は生命線といえた。今回の作戦もそんな補給作戦の一つである。

 ただし、今までにない大輸送船団を一挙にイギリスと大陸軍の両方に送り込み、わずかに制圧しているこの地域を絶対死守しようとする統合軍上層部の威信を懸けた作戦が展開されつつあるのである。輸送船の数だけでも数千隻、それを護衛する北大西洋艦隊の布陣は空母3、戦艦6、巡洋艦25、駆逐艦57隻、海戦型SA100機以上という、この大戦が始まってから統合軍にとっては、初の大がかりな軍事行動といえた。その輸送船団がついに北米を離れて一路このイギリスへ向かっているというまさにその時、ランカスターは連邦軍が動いている情報を手にしたのだ。

「それで、敵の機動部隊かなにかはすでに出撃したのか?潜水艦部隊への連絡はすでに報告済みか?」

 ランカスターは渡された報告書に目を落としながら真田大佐に次々と質問を投げかける。

「いえ、いまだに敵は行動の様子を見せた気配はありません。補給船団にもすでに警戒を促す報告をしてあります。我が方の海戦部隊も迎撃と救援準備は万全です」

真田は背筋をしっかりとのばして、ランカスターの問いに答えた。

「そうか・・・・・・・・・大佐、大陸軍の方はどうなっている?」

「すでに作戦準備を終え、所定の配置につきつつあります。ですが、絶対的な兵力不足から全面に対しての攻撃はやはり不可能のようです」

ランカスターは深いため息をついた。それは疲れから来るものなのか、それとも今の状況を考えてつい出してしまったものなのか、彼自身にも判断は付かなかった。

「・・・・・・至急、ベルファストに展開している第125海師(海兵師団)を補給船団に向けて出撃させろ、各防空監視部隊にも警備の強化と、敵機の来襲に備えるように連絡するんだ、各湾港の警備部隊及び哨戒艦艇に対して対潜警戒を怠るな。この24時間が正念場だぞ!」

ランカスターは自分に言い聞かせるかのように最後の語を強調して真田に命令を下した。

 そう、この補給船団が万が一にも壊滅でもしたら、自分の指揮しているこのイギリス方面軍と残存大陸軍は降伏するしかないのだ、武器弾薬こそ、いまはまだ心配がないが、食糧の方は心細い、戦争で勝つためには優秀な兵器や兵士も必要だが、それ以上に食糧がなくては兵士は動かないし、民間人達も協力はしてこない。この補給船団にはそれら多くの物資が積み込まれている。新型SAをはじめ、補充の武器・弾薬、イギリス方面軍50万の兵士達と市民のための6ヶ月分の食糧、医薬品、その他生活必需品などである。

 開戦から約半年、各地で敗退し続けた統合軍にこれ以上の補給や戦力増強はこれ以上は望めない。ここでなんとしてでも補給船団は守りきる。それがランカスターの心情であり、イギリス方面軍幹部をはじめ、イギリスに立てこもる全ての人たちの願いであった。

(ふう、ルアーブルで暇な時間を読書にふけっていたあの時が懐かしい・・・・・・・・・・)

ランカスターは自分の質素な職務室でゲーテやシラーなどの本を読んでいた自分の姿を思い出して、現実とのギャップに肩を落としていた。しかし、ラン貸しターの心情とはウラハラに、まさに統合軍欧州方面軍にとっては、開戦以来最大ともいえる山場が近づきつつあった。

 

輸送船団、イギリス到着まであと・・・・・・・・・25時間30分                                   

前へ 次へ