10月17日

北大西洋イギリス本当より300kmの海域

 

「それにしても敵はこれだけの戦力をまだ有していたのだな」

発令所の中央に位置する海図や報告書を見ながらパトリックスはうめいた。彼が手にしていた報告書には統合軍大艦隊の陣容が空軍からの情報により、ありありとかかれていた。その陣容は、開戦から負けっぱなしの統合軍に、まだまだ余力があるのかと疑わせるのには十分な兵力が報告されていた。

「輸送船の数は千数百隻、それを護衛する護衛艦の数は数十隻。布陣としては最高の陣形をとっているな。たったこれだけの艦艇で、この数を護衛するとは。敵の指揮官もなかなか機転の利く奴がいると見える」

 パトリックスは素直に、相手の指揮官の裁量の良さと、大胆さ、それに意気込みを感じ取った。パトリックスの聞いていた開戦以前の統合海軍の戦力と、いままでに撃沈した艦艇の数を計算すると、今、彼等の目の前にいる輸送船団を護衛している機動艦隊は、ほぼ統合海軍機大西洋艦隊の全戦力に当たるのだ。つまり、今統合軍本部がある北米大陸、西海岸を守る主な水上艦艇は、いないのである。これは戦略上から言ったら賭を通り越した行為である。この間に連邦軍の上陸部隊や、潜水艦からのミサイル攻撃を受けたら、まず間違いなく、連邦軍は北米大陸侵攻の足がかりを手に入れていたであろう。それを無視したと言っても過言ではない戦力を、この一部の戦場に投入しているのだ。

「・・・・・・・・・・・まぁ、今の我が軍に北米大陸を落とすほどの戦力はないが、それにしても・・・・・・・・・・・・・」

 パトリックスはどう考えても驚きを隠せなかった、事実を受け止めるのは簡単ではあるが、どうしても頭が理解しようとしなかった、彼とて一介の将校ではない、知識と戦略、そして経験を兼ね備えた歴戦の指揮官である。この作戦行動がどれほどのデメリットを含むかぐらいは容易に想像できる。そして、この作戦の成功によるメリットも。

 パトリックスが海図を見ながら頭を抱えていると、副館長であるシュタインス大尉がブリッジに上がってきた。

「艦長、SA部隊の出撃準備は整いました、僚艦や友軍の攻撃部隊もすでに配備についています、パールモアの全防御システム及び、火器管制も万全です。・・・・・・・・・・・出撃させますか?」

 パトリックスはシュタインスの顔を見て、それから発令所全体を見渡した、パールモアの発令所はすでに臨戦態勢に入っている、ソナーマンはソナーの反応だけに集中しており、通信士は友軍からの動向に注意を払い、操舵士は艦が水平を保て、いついかなる時でも潜行可能な状態を保っている。

 パトリックスはその状況を確認し、もう一度シュタインスの顔をじっくりと見て、押し殺した声で、命令を下した。

「・・・・・・全艦、全部隊に報告、これより「海狼作戦」を開始する。繰り返す、作戦を開始する。全艦第一種戦闘配備。・・・・SA部隊は直ちに発進。その後バラストタンク注水、深度400まで潜行し、敵船団に接近する」

 パトリックスの声を待っていたとばかり、発令所のクルー達は一斉に各々の仕事を開始する、そしてパトリックスの頭の上にあった格納庫の扉の開閉を示すライトが、赤から緑へと変わった時、艦全体を重低音が響き渡った。

 

パールモア・前部格納庫

 

「いいか、絶対にバラバラになるなよ、絶えず周囲に気を配りながら行動するんだ、今までとはわけが違う、心してかかれ!」

モニターの向こうのハッチが開きながら、ファウルス・ミラー少佐は、部下達にそういった。

 すでに格納庫には海水が満たされており、いつでも発進が可能な状況である。格納されていたのは、連邦軍製海戦型SA「ガーフィッシュ」。連邦海軍が全世界規模で使用している、高性能海戦型SAである。連邦地上軍が設立されたときにはすでに初期生産が終了しており、降下作戦と同時に地球へ降下し、物量でまさる統合海軍を相手に世界各地で激戦を繰り広げた名機であって、その信頼性と汎用性は地上用SAと引けを取らず、多くのパイロットに好まれている。

 そのガーフィッシュがパールモアには4機搭載されている。これはSAの基本行動・小隊規模の編成である。もっとも、宇宙や地上では4機の内必ず一機がECM(電波妨害発生器)を搭載しており、仲間のSA部隊を敵のレーダーから守っている。そうしなければ機動力に富んだSAであっても、ミサイルなどの電子兵器の前にはロングレンジ攻撃で、あっというまに倒されてしまうからだ。その点、海中ではミサイルが潜ってくることがないため、ECM装備機は必要ないのだが、海中は地上とは違ってわずかな損傷が命取りとなる。僚機が損傷した場合にそなえて、一機がサポートなどに回るために海軍でもSAの基本行動は4機としていた。

 そのガーフィッシュの外見は、一言で言うなら大昔のダイバーのような装甲と景観を持っていた。このSAは基本装備のみで海底1000Mまで潜れる優れた潜水能力と、海中を40ノットという驚異的なスピードで移動できる能力を有していた。そして単独兵器としての重要な要素である火力も充実していた。初戦における連邦軍が破竹の勢いで世界各地を制圧できたのも、少数ながらも精鋭を誇った彼等、海戦隊がいたからこそである。

 ミラー少佐が指揮するこのガーフィッシュ小隊は、連邦軍海戦部隊の中でもとくに名声高く、優秀な戦闘力と実績を持つ部隊のひとつで、現在北大西洋地域で作戦行動をしている海戦部隊のパイロットの中から選抜されたベテラン中のベテランであった。ミラー少佐自身、開戦から現在までにすでに数十隻以上の艦船を単独で撃沈している。彼の戦歴は宇宙でも華々しいものであったが、上官との対立が絶えず、そのおかげで最前線に左遷されたのである。本来なら、本国で機動部隊の教官などを任務にしていても良い人物でもあった。しかし、彼の上官に対する抵抗というものは、無謀な作戦などで部下達を死地へ向かわせることのできない彼の性格が災いしたものであり、軍人としての気質・能力は立派なものであった。しかし何処の軍隊にも上官の命令に従わない軍人は煙たがれるものである、たとえそれが正論であっても。

 ファウルス隊は一定の間隔を開けながら、海中の中を航行していく。一糸乱れぬその動きは、さながら魚群のように正確で、彼等の腕の良さを如実に語るものであった。そして、彼等はパールモアからある程度離れたところで、通常では考えられないような行動に出た。

「全機、推進器を切れ、これより遊泳を開始する。」

ミラーがそういうと、4機のガーフィッシュは動力源を落とし、海中の中で身を漂わせはじめた。沈んでいくかと思われた鉄の巨人の身体は、不思議なことにどんどんと進んでいく、まるでなにかに操られているかのように止まることを知らず、海中の中を進んでいくのだ。

 これには作戦があった、ガーフィッシュの至る所にはある程度の深度を保てるようにあらかじめエアータンクがつけられており、これにより機体が沈むのを避け、加えて、北大西洋を流れる海流に機体をのせたのである。これによってファウルス隊は敵に悟られることなく、統合軍輸送船団に近づく手はずなのだ。今回の統合軍の規模では、連邦軍北太平洋艦隊の総力を挙げても、正攻法で太刀打ちできる戦力はない、奇襲と奇策をもって戦うしかないのである。ファウルス隊を含め、この戦闘に参加いているSAの数はわずか30機足らずである、空母戦力と駆逐艦などの機動戦力を有する統合艦隊に対して、この程度の戦力で挑むのはかなり酷な話ではあったが、ミラーにしろ、パトリックスにしろ、作戦に参加している連邦軍全将兵の気持ちはただ一つ、勝たなければならない。そして生きて帰る、というだけであった。 

 狭く、居住性の悪いSAのコクピットの中で、ファウルスは目をつむり、手を組みながら気持ちを集中させていた。

「・・・・不思議なものだ、これほどの悪条件というのに、恐怖心がわいてこないとは・・・・・・・・」

そんなことを考えながら、口元に笑みを浮かべてしまう自分のことが、どうしようもなくおかしく感じていた。彼としてもこれだけの大がかりな作戦に参加するのは、開戦時の統合軍の混乱に乗じてムチャをやったとき以来だ。

 敵の主力攻撃艦艇が約50、それを護衛する護衛機部隊はその4倍ほどである。それに、情報部の情報によると、敵の船団の中に海戦型SAらしきものを運んでいる船があるらしい。それを考慮に入れれば、今回の作戦に参加すべき部隊は二倍は欲しいものであった。

「現在位置がここ・・・・・・敵の予想進路がここか、このままでいけばざっと10分後には遭遇するな。・・・・・・・・・・・よっと、あ〜、全機聞こえるか?スカル1よりスカル小隊へ、これより10分後に作戦領域に入る、全機、機体の最終点検を行え。点検後に火器管制システムを起動させろ、警戒を怠るな!」

「了解」

命令と共に間髪入れずに返事が返ってくることで、ミラーは幾分かの安心を覚えた。どうやら彼が思っていたほど部下達は緊張していないらしい。それを確認することができたことで、ミラーは安心したのだ。

 もう一度自分の期待の点検を行う、耐水圧システム、酸素供給システム、火器管制システム、起動プログラム・・・・・・・・・・最低項目を確認し終え、ミラーは再び目をつむった。

「あとは天に祈るのみ。・・・・・・・・・・神よ、我らにご加護があらんことを。」

おそらくミラーは、いままでの人生において。最も神に祈った瞬間だったと、後から思うことだろう。

 

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