「四十」と「あい」について
 「あい」に使われる漢字の「相・間・合」で共通するものに、二者間関係が挙げられる。二つ以上の物事が存在して初めて成り立つ語である。しかし、その共通概念で考察しようとすると、「あいもの」が持つ意味と食い違いが生じてしまうので、意味的関連を「間」、同音による異表記または象形的関連を「相・合」として考えることにしよう。先ずは「間」であるが、「四十」が何か物事の真ん中に位置する例としては、『論語』の(為政)に
吾十有五而志干学 三十而立 四十而不惑 五十而知天命 六十而耳順 七十而従心所欲不踰矩
とあるが、この文章から「十五歳=志学」「三十歳=而立」「四十歳=不惑」「五十歳=知命」「六十歳=耳順」と各々の年齢を呼ぶことがある。「七十歳=従心」と呼ぶこともあるようだが、それを除けば「四十歳」が中心になる。
 また、「三度」の杯と「五度」の杯の中間の杯を「あいのもの」と呼ぶことがある。これは「四度」の杯のことだが、「四」という数字を死につながるものとして忌み嫌ったため三と五の中間という意味で「あい」と呼んだようである。
 しかし、「四十物」が地方都市中心に使われていたことから考えると、文化圏の狭かった鎌倉時代から各地でこの概念で使用されていたことは結びつけにくい。
 次に象形的関連について考えてみると、例えば七十七歳を「喜寿」という。これは「喜」の草書体「A」が七十七と読めることから付けられた呼び名である。「相」の文字を「木」と「目」に分けて90度左に回転させてみると、「目」と「木」になり、これを簡略化させると「四十」と読めなくもない。
 次に音韻の面から考えてみると、「四十」は「四」と「十」に分けられる。「四」は「し」と読む。「十」は「十二神」や「十二仏」を「おちふるい」と読んだり「十八番」を「おはこ」と読むように「お」と読むことができる。つまり「四十」で「しお」と読むことができるのだ。そうすると、ある時代に「あいもの」を塩魚の総称として捉えていたことと重ねると、「あいもの」→「塩物」→「四十物」というように繋げることができる。
しかしこれらも、その根拠に曖昧さがかなり残る。
 こうなると、「あいもの」という語が本来もつ意味と「四十」という数字の関連性を考えるしかないのではないか。