超能力
 フィクションの世界だけでなく、現実にも世の中には数多くの神秘的現象があると思われています。それを起こす超能力者や、超念力者を称するものも数々です。それが本物か偽物かの議論は古代からあることですが、未だに決着が付いていません。その理由は、実際に神秘的現象が起こったのを見たという、そういう現実があるからでしょう。近年ではユリ・ゲラーや清田益章はいかさま師的に有名ですが、あるいは(何らかのトランスパーソナル的・偶然的要素がからんで)本当に成功したことがあるのではないかとも思われます。彼らは、ビギナーズラック(初心者は誰でも幸運を得るということではなく、初心者でも予想や予感が当たる、あたりが続く人がいるということです。多くの場合その人はそこに執着することになる)とどこか通じるところのあるその体験にすがりついて、インチキでその場をつなぎながら、また奇跡の起こることを期待したのでしょう。
 もっとも注目されるのはエドガー・ケイシーのような治療者です。最近の日本人ではESP研究所の石井普雄が有名です。そのほかにも一部の人の間で有名な人は少なくないようです。聴衆を集めてそういう奇跡を起こすという手段が信憑性を高めています。組織的インチキとか、サクラを使った八百長と考えることもできますが、著名な事績の多くは真実あったことなのだということを前提にして話を進めたいと思います。
 治癒的奇跡は集団催眠現象(このサイトの開催者である吉田かずおという人物が信用できるかどうかは分かりませんが、書いてあることを一応真実として受け取っておきます)として起こりうることと、催眠法を学べば理解できるのではないかと思います。催眠状態は無意識の深いところ、すなわち『意識』のトランスパーソナル帯域と深い関係があります。
 エドガー・ケイシーの経歴は(真偽のほどはともかく)この種の人物としては珍しいほど詳細に知られています。彼には治療などの超能力だけではなく、輪廻の前世を見て取ったり、未来を予知したりできたといいます。
 ここで明確にしておきたいことがあります。治療の治癒率は明らかにされていないということ、輪廻は当たっているか当たっていないかは証明不可能だということです。そして未来の予知はそのときが来れば必ず証明されるということです。未来を予知の的中確率はでたらめといっていいほどきわめて低いものだったようです。ノストラダムスの預言が有名でしたが外れでした。大本教の出口王仁三郎は様々な預言をしたようで、原爆が落とされることも預言したともいわれますが、言葉の解釈に過ぎないようです。どうも過去生のリーディングや未来の予言は信用しない方が良さそうです。
 エドガー・ケイシーもそうですが、国際的な超能力者には、どうも秘密結社神智学協会の影がちらついているようです。ヒッピー文化の象徴と言われたラム・ダスという人物の物語にも超能力奇跡が書かれていますが、この協会の影を感じてしまいます。神智学協会の源はチベット密教にあるともいわれます。

ポタラ宮の仏画観自在菩薩より



代々のダライ・ラマは観自在菩薩の生まれ変わりの連続と考えられています。

チベット密教はその「死者の書」で有名ですが、その幻想的な体系はその厳しい環境と無縁ではないかもしれません。


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   トランスパーソナル・無意識

 転生やそれに関する預言で現代でも有名なのがダライラマに関するものですが、民族的無意識と関係があるのではないかと思われます。それについてもトランスパーソナル的に理解できるでしょう。さて、以上のことを心得た上で、トランスパーソナル意識と超能力現象との関係を考察してみましょう。
 密教には厳しい修行がつきものですが、一般に超能力者とか霊能力者と目される人は肉体的精神的な極限状態を経験しているということが少なくないようです。出口王仁三郎は若い頃喧嘩で半死半生の目に遭ってから霊的能力を得たようです。刑務所を経験して新興宗教の開祖となったものもいます。こうしたことから、超能力は変成意識状態を本にしていると考えることができます。もちろん生まれつきそうした気質を持った人もいるでしょう。精神病との違いは、それが点滅し揺れ動く錯乱ではなく、固定的永続的な確信だからでしょう。
 信念とか確信、あるいは信仰、そういう精神状態が何かを引き起こす、トランスパーソナル空間を通じて、そういうこともありそうな気がします。なぜなら世界のことは『永遠』の心の中、『意識』の中ことなのですから。