塾長の人との出会いとLOGOとの関わり
(1)塾長の略歴と出会い
・塾長 氏名
近藤憲司
・みよし市福谷町根浦に生まれる(1949)
・大学3年の時インドに行き、お釈迦様に関係する遺跡を100日かけてまわる。その時、日蓮宗日本山妙法寺派を開かれた藤井日達聖人に縁を得る(1972)
・豊田市の公立学校に勤務する(1973)
・愛知県学習工学研究会の研修会でLEGOに出会う(1981頃)
・BASIC FORTRAN 簡易型COBOL マシン語を習得する
・筑波大学大学院教授 中山和彦先生に縁を得て、学習におけるコンピュータ利用について学ぶ以後、CAI(コンピュータ支援による学習)に深くかかわる(1984)
・※ この頃のHPがありました。【
X1-CAI】毎日CAIの教材を作成していました
・中山先生から研究用にLEGO Dacta(今だとLEGO EV3)を4セット贈られ、これが研究の始まりです(1991)
・豊田市立能見小学校の研究発表会で、レゴロゴで動くメリーゴーランドを披露する(1992)
・コンピュータの学習利用に関する記事、論文等を多数執筆する
・豊田市の小中学校で、教育用コンピュータ利用の研究会に多数かかわる
・不登校の問題で、西村洲衛男先生に縁を得、多くのことを学ばさせていただく(2000)
・愛知教育大学大学院で臨床心理学を学ぶ(2003)
・勤務しながら臨床心理士の資格を取得する
・教員を定年退職をする(2010)
・10年間スクールカウンセラーとして勤務する
・自宅にて 「
カウンセリングルーム せんだんの樹」を開設する(2020)
・同年 LEGOのセットを用いたプログラミング教室を開く
(2)LOGO(ロゴ)言語との出会い
昭和58年ころ 愛知県教育工学研究会で、手塚山学院大学の先生から、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)のパパート博士が教育用に開発したLOGOというプログラム言語が開発された報告と、その紹介がなされた。
内容は、タートルグラフィックで図形を描くものであった。当時、パソコンといえばBASICという言語が一般的であった時代である。
LOGOによるプログラム例
FD 50 前へ50歩進め
LT 90 右へ90度曲がれ
FD 60 前へ60歩進め
LT 90 右へ90度曲がれ
他の命令は、BK(バック) RT(左へ曲がれ) PD、PU 繰り返し命令などであった。講師から課題が出され、これらの命令で「円」を描けというものであった。ロゴという言語のすばらしさに感激した記憶がある。
LEGOマインドストームの日本での発売は、LOGOジャパンが、LEGOLOGO(LEGO Dacta)としてNEC PC9801、シャープMZ2801、富士通FM-TOWN様に発売する。
LEGOLOGOの教材セットは、それぞれのPCに専用のインターフェイスが必要であった。
LEGOLOGOは、
LEGOマインドストームという名前で、RCX、NXT、EV3と発展してきた。
(3)LOGO言語からスクラッチへ発展
パパートが開発したLEGO言語は、弟子にあたるミッチェル・レズニックにより、Scratch(スクラッチ)が開発された。
LOGOに関しては、世界的には「マイクロワールド」になり発売されている。日本語ロゴの代表としては「ロゴ坊」が開発されたが、今はサポートされていない。
その後、新たに「ドリトル」が開発され、現在に至る。(当教室で使用)
スクラッチでAruduinoを制御する「スタディーノ」が開発される。(当教室で使用)
今年、LEGO社から、「
EV3Classroom」言語が出され、NXT、EV3セットでスクラッチが利用可能となる。(当教室使用)